Trouble Traveler
2
「掘り出し物最高ーっ! ん~、今日はついてたな~。」
などと言いながら、ほくほく顔で帰路を歩いている時だった。
背後に気配。
続いて唸り声。
――モンスターだ。
(……前言撤回。)
エイトは背を向けたまま、うんざりとした顔をして溜め息を吐いた。
相手が山賊や野盗――例えば人であったなら、まだ会話の一つでもして切り抜けることが出来ただろう(確率は低い)が、モンスターとなると話は別である。
平和になったのだから、世界各地のモンスターも三角谷の移住者たちのように気性穏やかであってくれたなら楽なのだけど。
こういう時、エイトはいつも思う。
世の中、全てが丸く収まるわけではないのだな、と。
それはともかく、今現在のエイトは危機的状況なのである。唸り声からすると、敵はケモノ系か。
念のために敵影を確認しておこう、と肩越しに振り向いて――盛大に眉を顰める羽目になった。
◇ ◇ ◇
素早い動きを持つシャドウパンサーが、いた。
それも、運の悪いことに三体もいる。
八方塞がり一歩手前、というべきか。取り囲まれ一斉に襲い掛かってでもこられたりしたら、さすがのエイトでも危うい。
めくらましの魔法であるマヌーサでもあれば、その隙にルーラでも唱えて離脱が可能なのであるが……悲しいことに、ああいった補助魔法は聖堂騎士である知人が習得しており、いち兵士であるエイトは習得していない。
「……マズいな。」
買ったばかりの紅茶葉が詰められた大きな布袋を両手で抱えなおしながら、エイトは顰め面をして呟いた。
何でまた、このように両手が塞がってしまっている時に、ばっちりがっつり出くわすのだろうと思う。
足の運動~などとふざけて、ルーラも使わずに街道を歩いていたせいか。トヘロスでも唱えておけば良かったと後悔するが、今更そうしたところで意味は無い。
「ついてた、のは気のせいか。」
呟きを肯定するかのように、ぐるるる、と三方向から不吉な唸り声が近づいてきた。
逃げ道は?――と、周囲に素早く視線を走らせれば、一方向に空白地帯を発見する。
「あっちに逃げ込んで……上手く撒けるか!?」
エイトはそう呟くと、考えを纏めるより早く一気に駆け出した。どうにも無謀すぎる賭けだったが他に手段が見つからなかったのだ。
とりあえず、この先が袋小路でないことだけを切実に祈るばかりである。
◇ ◇ ◇
「はは……行き止まり、じゃなかったけど――」
茫然とした声が吐き出す続きは選択肢の答え。
「――崖かぁ……。」
こうきたか、といった顔をしてエイトは乾いた声で笑った。行き止まりではないが、先に道が無いのだから結果はそう変わらない。
ルーラで飛べるだろうか。――いや、駄目だ。持ち物が重い上、奥行きが短いから助走が付けられない。
不安定な体勢で飛べば、さてどうなるか。……多分、勢いよく落下して別の意味で空を飛べるであろうこと請け合いだ。こんなことで両親に顔を合わせにいっては彼らも浮かばれまい。
さて、どうする?
エイトが考えている間にも、時間は経過している。背後から草を蹴散らして駆けて来るパンサーどもの唸る声と足音が聞こえて来た。
他に道は無いか?と。
そこでろくに足元も見ず、急転換したのが悪かった。
じゃり、と砂利を踏んだ音と――続いて、急激に滑る感覚がした。
「――あっ!?」
滑落!という単語が頭に浮かんだものの、対応には間に合わず。
エイトの身体は宙に浮き、真っ逆さまに崖下へと落ちていく。
(あれか!? 紅茶葉を一人で買い占めたから、その天罰なのか――っ!?)
幸運と不運の落差が激しすぎるだろう!と叫ぶ頃には、落下のショックで意識を手離すところだった。
それはともかく、茶葉ごときでいちいち天罰を下していては神様も大変だ。
その場に誰かが居合わせていたなら、きっとそう思っただろうが――そのように悠長なことを言う暇があったら、エイトはとっくに助かっていたわけで。