Drago di Isolamento
00. 孤高の竜
のどかな街道を、一台の馬車を連れた一行が通りかかった。
それは三人の男連れで、何の旅の途中なのかは分からない。けれども、どうにも普通ではない奇妙な雰囲気を纏っていた。
澄み渡る青空に響くは、その内の一人が放つ憤怒を孕んだ声。
「全く! あの町の奴らめ、わしらを化け物扱いしおって!」
そう悔しげに叫ぶのは、どう見ても外見が”化け物(モンスター)”に見える、小さな初老の男。引いている手綱を強く握り締めながら、酷く憤慨している。
「くぅぅっ! ……これもそれも、元はといえば憎きドルマゲスのやつが悪いのじゃ!」
「……。」
その初老の男の側に、赤いバンダナを頭に巻いた青年が就いているが、何も言わずに黙って歩いている。その横顔はどこかしら冷ややかで、まるで怜悧な刃物のようだった。
やがて、今度はその寡黙な青年の反対側を歩いていた、背に斧を背負った厳つい男が口を開く。
「おっさん、いい加減に忘れたらどうでやすか……」
すると、”おっさん”と呼ばれた初老の男がギッと目を剥くように睨みつけた。
「何を申すか! 気高きワシらが化け物と罵られ、あまつさえ石まで投げられたのじゃぞ! このような屈辱、そう簡単に忘れられるものか!」
「でも、もう一週間は経ってるんでやすよ? ……シツコクないですかい。」
「ぬぬぅ! しつこいとはなんじゃ! 覚えていて当たり前じゃろうが! ――のう、エイト!?」
初老の男が、今度はハッキリと、側に居る従者のような青年に話の矛先を向けた。
「……。」
それまで沈黙を保っていた青年が、俯くようにしていた顔を上げる。そして、話を振った男に視線を留めて。
「……はい。」
何の抑揚も無い声音で、返事をした。
特に制止も仲裁もせず、無表情に一言。それきり、何も言わず。
短い返事をした家臣の青年――エイトの反応に、初老の男――トロデ王の怒りは冷めた……というか、興醒めしたらしい。呆れたような表情になると、その無愛想ともとれる態度のエイトを見て溜め息を吐いた。
「……お主、本当に変わりないのう。」
「……申し訳ありません。」
何の表情も浮かべることなく、しかし規律よく整った姿勢で頭を下げるエイトに、トロデ王が手を振って溜息を吐いた。
「いや、よい……まぁ、お主のお蔭で頭が冷えた……という事にしておこうかの。……のう、ヤンガス?」
「へいへい。そうでやすね――じゃ、兄貴、行きやしょうか。」
ヤンガスという名の男が、トロデ王と同じように苦笑してエイトを見る。
「……そうだな。……行こう。」
エイトは微かに頷くと、無機質な視線を再び前方へと戻した。
――さて。
この一行を率いる、青年の名はエイトと言う。
彼は非常に無口で、話す言葉は殆ど端的かつ素っ気無いものばかり。常に無表情で、まったく人らしい感情を露わにしない。
纏う空気は冷徹というほどヒヤリと冷たく、普通の人間ならまず近づく事を、ましてや視界に入れることすらしないだろう。
――が、それは彼の外見が凡庸なものであったならば、の話。
無視するには、エイトはあまりにも存在感が有り過ぎた。
透き通る、美貌。
氷のように慄然と。
しかし水のように煌いて。
人の目と意識を惹きつけ、捕らえて――離さない。
……と。
これが大抵、他人に抱かせてしまう彼のイメージなのだが、事実はかなり違っていたりする。
以下、平然としているように見える、そんな彼の心境をそっと覗いてみると――。
◇ ◇ ◇
……っ。
ああああああ! まただ、またやっちゃったよ! 王に何て無礼な態度をとっちゃったよ俺の馬鹿ー!
うぅ。こんな俺には慣れてしまってるのか、王からのお咎めが無いのが、また辛い。
本当だったら、鞭打ちとか……斬首とか?
この無礼者め!って勢いで、バッサリ手討ちとかにされてもおかしくないのに。
ああ、やっぱりトロデ王は心の広い方だなぁ。
うん。俺は無礼な態度の分、全力で王と――そして姫とを守ろう!
……あ。も、勿論、仲間も守るけど!
……だって。
こんな、他人から嫌われまくってる俺なんかに、気軽に接してくれるから。
守るから。
だから。
……俺のこと、見放さないでね?
◇ ◇ ◇
――と、まあこれが当人の実態である。
彼は元来、とても口下手で内気な男であった。
また、自分の感情を上手く表現することがどうにも苦手なところがあり、どう対応すれば良いのか分からず、常に緊張状態に置かれて育ったせいか、顔の筋肉がかちこちになってしまったようだ。
そうして年月経て成長した結果――常に無表情でいる状態になった。
笑おうとしても頬の肉が動かず、泣こうにも涙腺は言うことを聞いてくれない。
たまに、欠伸の時に涙が滲むくらいで――これが、譲歩なのだろう。
それ以外は、本当に感情が表に出ないのだ。
エイトはそんな自分に戸惑いながら、本で原因を探ったり、また誰かに意見を尋ねようと試みたりしてきた。
だが試みは上手くいかず、ちっとも得るものがなく、時間が経つにつれて彼の美貌だけがどんどん磨きが掛かっていき――遂に、他者を圧倒してしまう程になってしまう。
無遠慮に、または恐る恐るといったふうに他人に見つめられるので、自分に何か用があるのだろうか?と近づけば、たちまちに逃げられてしまい、呆然とその場に取り残されることがエイトの日常となるのに時間は掛からなかった。
永久運動の鬼ごっこ。
そのせいで、他者の評価と、エイトの内心が擦れ違っていく。
そうしてエイトがすっかり逞しく育った頃には、周囲はエイトの人物像を遥か高みへと押し上げていたが、エイトはエイトで、それらの反応を斜め下へと受け取って育ってしまった。(もっとも、これはエイトにのみ責任があるわけではないので同情の余地はあろうが。)
何事にも動じず、冷静沈着に行動し、無駄口を叩かぬ寡黙な男。
冷たすぎる美貌を持った、非常に腕の立つ城の兵士。
それが他者から受けている評価だということを、エイトは知らない。
寡黙では無く、ただの口下手なだけ。
人と話す機会が無かったから人見知りで、小心者で。
冷静沈着に見えるのは間違いで、実は内心で思い切り混乱して慌てているから、すぐに行動に移れないだけ。
本当のエイトは、日頃心の中で面白おかしく一人会話をしている愉快な男なのだ、ということを誰も知らない。気づいても、もらえない。
その氷の美貌と怜悧な雰囲気が何もかもを隠してしまって、気づかれない。
これは「見た目で」「全てを判断」されてしまい、常に孤独を味わう、ある「平凡な」青年の、愉快で切ない物語である。