Drago di Isolamento
01. 出会いの舞台裏
その日は、晴れた空が綺麗に見えて幸先が良さそうだった。
俺は小用を済ませる為、とある町に足を運んだ。
――なんて格好よく語ってみたが、真相を明かすと「道具の補充」。
端的に言えばただの「おつかい」だ。
何故、俺なのか。
それは偏に、俺がリーダーであり――いつの間にかそういうポジションになっていた――故に、これも大切な仕事であるからだ。
いわゆる「自給自足」……といえばそれなりに格好がつくが、実際は、ただ一人で町に行って買い物をするだけの簡単な用事。
最小限の予算と買い物リストを手に、必要な物だけを買うそれは子供のお使いと同等のものだが、かといって俺は別に不平や不満などは感じない。
こういうことに、慣れているからだ。
特に、一人は――独りでいるのは、慣れている。
(城にいた頃から、もうこんな感じだったしなぁ……。)
思わず遠い目をしながら振り返るのは、過去。
あの頃は、とにかく始終一人きりだった。
比喩でもなんでもなく、正に言葉どおりの「独りきり」だった。
けれども、好きでそうしていたわけじゃない。孤独で平気な顔が出来る程、俺は強くない。
俺には元々、酷い人見知りがある。
その原因は恐らく「視線」だ。人の。
他人からの、視線。何故だか知らないが、物心ついた頃から俺は人にジロジロと見られることが多かった。
断っておくが、俺は何もしていない。
子供がよくするイタズラなども、していなかった。そもそも、そういったことを教えてくれたり、一緒に遊んでくれたりするものが居なかったのだ。
こちらから誘いかける勇気は、持てなかった。
声を掛けようと視線を向けただけで、距離を置かれたり逃げられたりしたからだ。
……再度言うが、俺は、何も、していない。
なのに人は――人の視線は、常に俺を追いかけてきた。何をしていても。何もしなくても。
それに加えて、俺は口下手だった。
頭ではセリフが浮かんでいるのだが、いざ伝えようとすると単語の順番を間違えたり、羅列がぐちゃぐちゃになって本来とはかけ離れたものになってしまったりといった具合で、とにかく自分が考えていることを上手く説明出来ないのだ。
それは自分でももどかしくあり、一生懸命誰かに訴えようとするのだが、言葉にしようとすると、途端に崩壊してしまう有様。
俺は悩んだ。
悩んで、誰かに解決法を尋ねてみようとした。心理学的な書物も読んでみたりした。
だが――どうにもならなかった。
先ず、人に物を頼もうにも言葉が出なくて声が掛けられないのだ。逃げられる。
加えて、人のほうも俺に話しかけてくれない。こちらをチラチラと見ていたりするのだが、いざ俺がありったけの勇気を振り絞って近づいていくと、これまた思い切り逃げられてしまう。
どうして、人は俺を見て逃げるのだろう。
どうして、視線は俺を追いかけてくるのだろう。
俺はたくさん本を読み、考えて、考えて――ある日、その答えに辿り着いた。
朝。
顔を洗おうと鏡の前に立った時、そこに答えがあった。
――無表情にこちらを見つめる、昏い顔の男がそこに居た。
それで俺は、ようやく理解した。
人が俺を避けていた理由を。話しかけようとしたら逃げていった人の気持ちが、嫌というほど分かった。
無愛想な顔。
何の感情も見えない、昏い表情。
冷たい目つき。氷のように怜悧な光を帯びた、眼差し。
これで「逃げるな」というほうが、おかしいだろう。
むしろ「逃げるな」といった形相で追いかけてこられたら、それこそ全力で逃げたくもなる。
俺は馬鹿だった。
人の気持ちを考えようともせず、心理を図らず、不気味に接近しようとしていたのだ。
そこから、俺の孤独な日々は続いた。
それでも俺は、何とか自分を改善しようと努め、明るい笑顔を見せる――ことは出来なかったが、せめて会話だけでもどうにかしようと頑張ってみた。
けれども、これがなかなか上手くいかない。
感情が表に出せず常に無表情でいるのと、俺の会話技術がちっとも上達しないせいでもあった。
必然的に一人ぼっち状態になった俺は、自分のことは自分でするようになった。
人に頼ることも、また頼られることも無かった。
談笑なんて、夢のまた夢。
俺の周りにあったのは「畏怖」とか「嫌悪」とかいった負の感情ばかりだったと思う。
無表情な男。
口を開いても、単語に似た言葉しか交わせない兵士。
――これのどこに、人を引き付ける魅力などある?
努力の花は咲くどころか先ず芽吹くことすら無く――結果、俺は何も変わらず、変えられず――今に至っている。
……うう。これもそれも、俺の極度の対人恐怖と口下手なのが悪いんだー!
というか、人に話しかけようとする度に「引き攣った顔をして逃げられる」ことが連続で続いたら対人恐怖症にもなるぞコンチクショウ!
判ってるさ! そもそも、俺が無表情なのが悪いんだ!
ああ、そうさ! 治そうと頑張ってるさ!
毎朝毎晩、鏡の前で出来っこない百面相に取り組んだりして頑張ってるんだ!
でも、でもな!? これがまた全部空回りしてんだよ!
太陽なんか大っっ嫌いだーーっ!
……なんて。
公に絶叫できやしない自分のこの陰鬱な性格が憎い。憎たらしい。
いいんだ。心の中で叫んだから。あと、絶叫は近所迷惑なので止めましょうってね。俺の近所、森ばっかりだったけど。自室の防音はそれなりだったけど。
……はぁ。俺って根暗だよな。
もうこの一生、日陰で生きていくしかないのかなぁ――。
◇ ◇ ◇
「あの……お、お釣を。」
不意に目の前の店員に言われ、俺はハッと我に返った。
ああ、そういや買い物してる途中だっけ。
ごめんごめん、お釣ね。うん、ありがと。いやー今ちょっと考え事しててさー。過去に没頭というか、顧みてたっていうか。あはは、悪いねー。
――なんて、軽口も表情も、声に出せる筈もなく表に出せるわけも無く。
俺はいつもの、暗く無表情なままで黙って手を差し出して。
「……ああ。」
と、何とも無愛想に短く頷くだけ。(しか出来ない。)
俺の阿呆! なんでもっと、こう! 社交的に! 友好的にっ!
……出来ないんだよなぁ。
釣銭を渡す相手(女性なんだけど)の手が、そんな俺の態度に恐怖を覚えたのか、僅かに震えていた。……ような、気がする。俺の勘違いにしておきたかったが、兵士の性分か特性か、視力は悪いほうではないのでバッチリ”震え”ているのを確認出来てしまった。
ああ、もう泣きそう。
けれど俺は、それでも無表情のままにお金を受け取るんだよな。心では泣いてるんだぞ、これでも。
――全然そうは見えないけどな!
顔で笑って、心で泣いて――とかそんな感じがピッタリだ。……はぁ。言ってて空しい。
開き直っても虚しい気持ちは消え去らないので、俺は早々に道具屋を後にした。
俺が買ったのは、薬草とかそんな細々した道具と――それと、小さな花束一つ。
花束なんて、俺には全然似合わないのは判っている。
けど、これは姫とゼシカ用に買ったものなのだ。二人とも俺のこと怖がらないし、普通に話しかけてくれるから好きなんだよなー。
――って。この二人だけじゃなくて、ヤンガスと王も、屈託無く俺に接してくれてるけど!
でも男に花を渡すのもどうかと思ったんで、女性陣には花、男性陣にはお酒を買ったわけだ。
勿論、どっちも上等ものだ!
この辺の出費は俺の自腹だが、痛くも痒くもない。
へへ、俺って仲間想い。
喜んでくれるかなー、みんな。
やがて、一人でニヤついていた(かもしれない)俺は、相変わらず遠巻きに見られている町の人間の視線を思い出し、慌てて気を引き締めた。
……遅かった。視線が痛い。背中がチクチクする。
弁解……は無駄だろうな。というか、きっと話しかけようとしたら逃げられるだろうし。
――はぁ。
とっとと帰ろう。仲間が無性に恋しくなってきた。だって、俺一人だと誰も近づいて来ないし話しかけてこないんだもん。今も、町の皆に怖がられて遠巻きにされてるし……。何もしてないのにコレかよ。まあ、無表情な男がその場に立ち尽くしてたら怖いから分かるけど。
でもほんと、孤独すぎ。
いいさ。もう慣れてるし――って、嘘だけど。
本当は、全然慣れてなんかいない。
寂しいものは寂しい。会話が欲しい。俺は超人じゃない。平凡な人間なんだ。
――独りはいつも、悲しくなる。
◇ ◇ ◇
そんな暗い気分のまま、教会の前を通りかかった時だった。
ふと、視界の端を何かが掠めた。
立ち止まって、その気になった方向――って、これが墓所だったんだが――に、ついと視線を移した俺は、とあるものを見つけることになる。
……あ。
思わず走り出しそうになるのをどうにか抑えて、とある墓の一つに近づいた。
その場に一旦しゃがみ込み、それから再び立ち上がる。そうした上で、そっと手のひらを上に向けて開くと――手の中に、きらりと光る金貨が一枚。
一気に俺のテンションが上がる。
勿論、心の中だけで、だけど。
金貨は少しくすんでいた。それで今まで誰にも気づかれることもなく、ここに落ちたままになっていたのだろう。
ともかく、俺は金貨を拾ってしまった。心の中でダンスを踊る。
うわー。金貨拾っちゃったよ金貨! ラッキー! 仲間思いの俺に、神様からのプレゼント!?
そんな都合の良い解釈をしつつ、心の中で盛大に浮かれたまま、俺は改めて墓石を見る。
刻まれているのは鎮魂の詩だけで、死者の名前は無かった。
まさかコレ、供えものじゃないよな?
……違うよな?
何度も確認したのは、流石に場所が場所だからだが、土の周りに足跡などは無く、どうにも供物では無さそうだ。それどころかこの墓に立ち寄る人間はいないらしく、周囲は雑草が伸び放題になっている。
うん、貰っちゃおう。
俺は、金貨を上着のポケットにそっと仕舞い込んだ。いや実に良い拾い物をしたと踵を返しかけたが、ふと、花も何も無いその墓の風体を見て、俺は足を止めた。
無名の墓石。
誰にも顧みられることの無い墓は、まるで――自分の未来を見ているような。
(ま、まだ可能性はあるから! 未来は確定してないから!)
俺は頭を振って嫌な考えを追い出すと、これも何かの縁だと思い、金貨のお礼も(勝手に)込めて、持っていた花を少し分けようと墓石に近づいた――その時だった。
「よぉ、そこのアンタ。」
背後で声がした。
それがまさか自分に掛けられたものだとは予想も付かなかった俺は、少し反応が遅れてしまった。
戸惑いつつ、肩越しに振り向いてみる。
いや、振り向いた、って言っても目線は合わせなかったが。
相手は、真っ赤な服を着た男だった。
顔は直視していないのでよく判らないが、声の調子から整った顔立ちをしてるんだろうな、と勝手に推測した。
視界の端、頭の後ろで束ねられてる相手の銀色の髪が揺れる。
「アンタ、こんな墓地の前で何してんだ?」
男の言葉に、俺は一瞬なんて答えを返せばいいのか迷ってしまった。
まさか、「墓の前で金貨拾ったんで一人で喜んでました~。」――などと、言えるわけが無い。
それ以前に、俺は対人恐怖症だ。……しかも、口下手というオマケつきである。
もたもたとまごついて言葉を返せないでいる今の俺は、きっと無視している男だと受け取られただろう。
しかし相手は、俺の沈黙にさして気を悪くした風もなく、尚も話しかけてきた。
「その墓のどれかに、知り合いがいるのか?」
いや、全然知らない人の墓石です。
そんな返事の代わりに、俺は首を横に振ってみせた。
相手が、不思議そうな顔をする。
「……? 何だ、違うのか。じゃあ、何で見知らぬ人間の墓前なんかに突っ立ってるんだ? ……お前、それ、だいぶ怪しい感じがするぜ?」
その言葉に、俺はぎくりとした。
……うぅ。怪しい? や、やっぱり。
町の人の視線の理由は、当然といおうか、それが原因だよなあ。いやでも、ここに来てから既にずっと町の人たちから怪しまれてるんだけどさ。
半分泣きそうになりながら(とは言っても表情や態度には出ないんだけど)、俺は何とか少しでも弁解するため、言葉を返すことにした。
「……花、が」
喋り慣れないながらも、ゆっくりと。無愛想にならないように気をつけながら言う。
「……花が、無いから。……寂しいだろうと、思って。」
俺の未来のような気がしたからです、という本音はどうにか飲み込んだ。
……っ! ぜはー。な、なんとか言えたぞ! ちゃんと文章で返せた!
いつもは単語になっちゃうんだよな。いやー、良かった。どうにか文章になって。
……って、俺は子供か!
俺の(必死で紡いだ)台詞に、相手は首を捻ったが、どうにか意味は通じたらしい。
「そうか」と頷いてくれた。話の飲み込みが早くて助かるなぁ、この人。
ああ、そうだ、花だ花。
ちょっとお兄さん(俺より年上そうなんで)、前を失礼。
えーっと。花を供えて。……手を合わせて、と。
(これは金貨のお礼です。つまらないものですがどうぞ……っと。)
いや、つまんなくは無いけど。一番綺麗な花を選んで買ったやつだし。
昔からの俺の友達といえば、動物(主にトーポ)か自然かその辺だったから、俺の審美眼は確かなもんなんだコレが! えへん!
……なんとも切なく悲しい理由だけど――ま、いいや。
ええと。こんなもんかな。あ、服に土が。身だしなみはキチンとしておこう。
汚れを簡単に払い落とした俺は、墓石を確認するように見つめた。
花の位置を確認。……うん、いい感じ!
あ。でも勝手に人の墓に花を供えちゃっても良かったのかな?
……ま、いっか。金貨拾ったし。というか貰っちゃったし?
それに花を供えるって行為は、別に悪いことでは無いだろ。……そういうのがダメな宗派とかあったっけ?
うーん。俺、無神論者だからそういうにはちょっと疎いんだよな。
「別に供えても構わないよな」――と、ついそんな風に独り言を呟くと、側に居た男にも聞こえたのか、呼び止められかけた。
――はっ! 思わず心の声が漏れてた?
ふ、不審者に思われたか!?――と身構えた俺だが、どうも違うみたいだ。
……え、名前?
……。
ご、ごめん! 俺、もう精神が限界なんだ! 何が限界なんだというと説明するのは長くなるんですが、端折ると「会話持続」と「視線浴び中」の時間が俺の許容範囲をオーバーしてるんです!
うう。やっぱり他人は怖いよ……――って、いつもは俺の方が人を怖がらせてるわけだけど。
ああ、折角こんな俺に話しかけてくれたというのに、俺が逆に逃げる羽目になろうとは。
じゃ、じゃあ俺はこれで!と心の中で叫んで黙礼すると、俺はその男から逃げるように――というか実際問題盛大に逃げ出して、その場から立ち去った。
町の外に出て、物陰に行くなり速攻ルーラを唱えたところからして、かなり精神が参ってしまったようだ。
へろへろと空を飛びながら、俺は一人で鬱になっていた。
あーあ。
絶対、変なヤツって思われたろうなぁ……はあぁああ。
俺って、なんでこうも無愛想なんだろう。
帰ったらいつもの教本(「たのしい会話術・初級編」)でも読んで、精神を鍛えよう。