Drago di Isolamento -side:K-
02B. 赤と青の再会
全く愛想の無い表情と、感情の欠片すら見えない口調。
触れることすら叶わない、不可侵食の女神。
厳粛に、そして高潔に。
規律正しい姿勢で、その彫像は今、俺の隣に居る。
それは正に――「運命の出逢い」と呼べる代物だった。
◇ ◇ ◇
初めて逢ったのは、ある町の教会の墓所、名も無い墓石の前。
冷たく静かに佇む姿、ただそれだけで目を奪われた。意識ごと。
二度目の出逢いは、ある小さな村の酒場。
出逢い方も雰囲気も、あまりいいものでは無かったが、それでも。
この時ようやく、名前を知ることが出来た。
「エイト、か。」
惹かれるように名を呼び、相手に近づいた。
それから、自分の指にはめていた指輪を外すと、その指に指輪を通そうと相手の手をとった。
それから、不意に――いや不意を突いて、その手の甲に口付けを落としてみた。
あの氷のように冷たく整った表情が、別の顔に変わるのが見てみたくなったものだから、そうしたイタズラを仕掛けたのだが……。
見事に、不発に終わった。
凛とした氷は燐とした氷のまま、溶けることなく、ひやりと冷気を保っていた。
それどころか、言葉の代わりに向けられたのは何とも冷ややかな視線だった。
『――くだらないことをする。』
そんな含みを持たせた黒瞳に怜悧な蒼い光を宿しての一瞥は、剣閃に似ていた。
恐怖を抱かせる視線は、しかしどうにも美しく――俺は見事に絡め捕られてしまう。
動揺させる為に仕掛けた罠に、自分で嵌ったのだ。
それどころか、逆に深く惹きこまれてしまった。氷の刃然とした眼差し、冷ややかな態度に怯む前に、心を焦がされたその時に、運命は傾いたのだ。
イタズラによって口付けを落とした女神の手の甲、その肌は、相手が纏う雰囲気と同等に、ひんやりとしていた。
冷たく、拒絶に似た氷。その感覚を思い出した俺は、何故か酩酊感の様な眩暈を覚えた。
それから、あいつ――エイトは、相変わらずの無表情をしながら修道院にやって来て、ご丁寧にも俺の指輪を返しに来たのだが、ここでかなり厄介な事が起きた。
変な格好をした道化師が、よりにもよって院長の部屋に侵入して騒ぎを起こしたのだ。
そこから先のことは――悲劇はどうにも、茶化して語る気は無い。
ただ俺の親代わりだった人が命を落とし、後には狂った哄笑と血が流れ、それは後に降った雨によって流された。……清められたかは分からないが、そうであってほしい。
けれど――流されたのは、悲しみだけではなかった。
不運なことに、この氷の女神率いる御一行様に、災難が流れて辿り着いたようだった。
ま、要約すると”巻き込まれちまった”のだ。
俺より数段もエライ兄上サマが、同じように顰め面をした部下の男たちを引き連れて、女神サマ御一行を連行していった。
連行された先は地下の尋問室で、俺はそこに少しだけ同情した。
けれども――「これで接点が出来た」と。
不謹慎にもこの事態を一瞬だけ喜んでしまったので、そんな自分に少しばかり嫌気が差した。
けれどもその感情は、もしかしたら現実逃避であるかもしれない。
……認めたくなかったんだ。オディロ院長の死を。