Drago di Isolamento -side:K-
01B. それは怜悧な氷の彫像
それは、まるで全てを威圧するかのように立っていた。
ただ静かに……そう、ただ何もせず無表情でその場所に立っているだけなのに、全ての者の目と意識を惹き寄せる雰囲気を持っていた。
(……何だ、あいつは?)
それは他愛の無いある日のこと。
ククールは、何気なくふらりと立ち寄った町でその人物と遭遇した。
彼の視線を引き付けたのは、背筋を伸ばし、正面を見据えて教会側の墓地に立ち尽くす一人の青年である。頭部に巻かれた、遠めにも鮮やかな赤いバンダナが目立っている。
だが目を引き付けられたのはククールだけではないらしい。
青年は、ククールだけでなく、他の――それこそこの町全員の視線を集めていた。
正に、注目の的。
だが当の本人はさして気にする風でもなく、凛とした姿勢で墓前に立っていた。
素っ気無くとも無関心ともとれるその反応から察するに、浴びるほどの衆目を受けるのは、慣れているらしい。
ククールは、「面白ぇ」と小さく呟いた。
今まで、あまたの人間を見てきたが、男に関心を向けたのは初めてのことなのだ。
内心、そんな自分に驚きながら、しかし愉快に思いながら、その青年に話しかけてみることにした。
◇ ◇ ◇
「よぉ、そこのアンタ」
背後から声を掛けると、青年は僅かに肩越しに振り返り、首を傾げてみせた。
警戒して――いるようには見えない。ただ黙ってククールを見つめ返している。
そのまま何も言おうとしてこないので、ククールは自分のほうから言葉を繋げた。
「アンタ、こんな墓地の前で何してんだ?」
「……。」
ククールの質問に、青年は視線を伏せて何も言わない。
「その墓のどれかに、知り合いがいるのか?」
そんな問い掛けをすれば、ようやく相手が身体ごとククールの方に向き直った。綺麗な姿勢を全く崩すことなく、流れるような動作で。
青年は、静かに首を横に振って否定の動作をした。
相変わらず喋ろうとはしない。しかも、依然として目を伏せたままでいる。
無礼一歩手前の態度。常人ならばここで会話を打ち切って立ち去るところだが、立ち去るには青年の美貌は強すぎた。
ククールは怯むどころか、ますます興味を掻き立てられて質問を続ける。
「何だ、違うのか。じゃあ、何で見知らぬ人間なんかの墓前に突っ立ってるんだ?……お前それ、だいぶ怪しい感じがするぜ?」
そう言って、からかってみせると、相手は背後の墓石に視線を投げて――唇を、動かした。
「……花、が」
「ん?」
「……花が、無いから。……寂しいだろうと、思って。」
美しい外見とは反して、低い声だった。また驚くほど抑揚が無いので、人外の者と話しているような錯覚すらした。
「あ? ……花?」
言われた意味が理解出来ず、ククールが改めて青年を見ると、相手が手に小さな草花を持っているのが目に付いた。
「……お前、その花……?」
ククールの言葉に、青年が小さく頷いた。
「……ああ。供えて、やろうかと……」
言いながら、青年は無駄の無い仕草で墓前に屈み込むと、その場に片膝をついて墓石の前に花を置いた。
両手を合わせて、祈りの格好をとる。それは有り触れた一連の祈りの形だったが、実に敬虔な祈りのように見えた。
――まるで、女神のような。
それから、青年は立ち上がると何処か遠い目をしながら呟いた。
「……別に、供えてやっても……構わないよな――」
まるで独り言のように、どこか謎めいた呟きを口にすると、ククールに軽く黙礼をしてその前を通り過ぎて行こうとした。
「あっ、オイ――!」
慌てて正気に返ったククールは、思わず青年を呼び止める。
「なあ、お前、名前は?」
「……。」
だが相手は何も答えず、眼差しだけを寄越し、それから黙礼するとその場から立ち去っていってしまった。
静かにその場に取り残されたククールは、他の人間と同じように、遠ざかっていくその背を見送る。
否、そうすることしか出来なかった。
何もかもが、謎めいていた。
纏う空気も、仕草も、容貌も。
まるで人外の者のような感覚を覚えた。
まるきり掴めない、霧のような――霞のような儚い美しさで。
「何だったんだ、あれは――」
小さな花の添えられた墓石を見ながら呟くのは、純粋な疑問。
見知らぬ人間の墓だというのに、寂しいだろうからと、そんな理由で花を供え祈りまで捧げていた青年。
名前が知りたかったが、聞き出せなかったことが心残りだ。
また逢えるだろうか?
見知らぬ青年、小さな花。
霞のような儚さと、氷のような透明感。
そうしたものが強烈に心に焼きついた。全てが謎だらけの出会いとして。