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Drago di Isolamento

02. 蒼と紅の差異かい!



金貨を拾った墓石前で出会ったあの赤尽くめの男の人と、次に会ったのは小さな町の酒場。
名前は、ククールだそうだ。
もしかして、クールと何か引っ掛けてる?ってくらい態度とか科白とかが一々決まっていて、でも見せる微笑は人懐っこくて、見てて羨ましくなる人間だった。
大衆に好かれそうな感じ、というのか。
社交的で、美形でいて。

(……いいなぁ。)
羨望の眼差しでククールを見つめていると(でも目線は合わしてないけど)、相手が不意にコチラに向き直り、しかもイキナリ間近に迫ってきた!?
うわわ、俺、知らないうちに睨みつけてたりしてた!? だ、だとすると、ここは急いで謝ったほうがいいのかも――。

などと、一人で内心、大慌ての舞を踊っている俺(それくらいパニックになってるんだ)を前に、ククールは唐突に俺の手をとって――自分の填めていた指輪を俺の指にはめて――…。

”――ちゅ。”

え。えぇぇぇぇ!?
な、ななななな。なになになになに!?
ちょ、今、なに、お、俺の手の甲に、ちゅっ、て……ちゅっ、ってしたあああ!?
なんだかよく分からないまま、美男子に手の甲に「ちゅー」されたー!
これは盛大に戸惑う。冷静でいられる筈がない。(表面上は無表情だから見えないだろうけど、心の中はもう色々な!と?でごちゃごちゃだ!)

え、えっと……こういうのは、女性に対してする行為じゃなかったか。
少なくとも、俺の持てる全ての知識を総動員して確認してみたが、やはり男の手の甲にキスをするというのは特殊な感じがする。
……あ、そうか。これは正典とか儀式とか、そういう場での礼儀作法的なやつか! いやでもそんな畏まった状況下じゃなかったと思うんだけどな!?
うーん。聖堂騎士特有の作法なんだろうか?と、首を捻ってみたが……やっぱり分からない。
ククールのほうはというと、女性受けしそうな華やかな笑顔を俺に向けて、こう言った。

「じゃ、マイエラで待ってるからな――女神サマ?」
片手を挙げて立ち去った姿の、その眩しいこと。様になること。
……ふはー。やる事なす事、いちいち絵になるなぁ。
あまりにも無駄の無い格好よさに、俺は惚れ惚れしていたのだが……って。ちょっと待った。

”女神サマ”って、誰のことだ?

不意に浮かぶ疑問。
レッツ・シンキングタイム!

……。
……。
……ああ、そうか。ゼシカのことか。
何だ。ククールのやつ、ゼシカに惚れちゃったのか?
あー、でも分からないでもないな。だってゼシカはスタイルいいし、美人だしー……ちょっと気が強いけども、まあ俺は嫌いじゃないし。元気な女性は、見ていて気持ちがいいもんな。あ、でも俺は姫のしとやかでおっとりした感じも好きだけどね?
そうかー、女神サマってのはゼシカのことを言ってたんだー。くはー、気障だなぁ。
俺もそんな風に言ってみたいなー。
さっきのククールのように、こう、さりげなく?

『――待ってるぜ、女神サマ?』

……、……。
ぎゃー! だ、だだだだだだめだ恥ずかしすぎる!
っていうか、そんな爽やかで気障な俺なんか想像すら出来やしない!
無理無理無理、似合わないにも程がある。犯罪だ、犯・罪!
猥褻物陳列罪!
公共迷惑罪!
捕まる! もれなく捕まるよ不審者枠で!

……ぜいぜい、はぁはぁ。
お、落ち着け俺。おそらくそれはまず実行できないから、落ち着け。
ああ。こういうのを「分相応」っていうのかもしれないな。
日陰者は日陰者らしく、ひっそりじめじめしといた方が良いんだろうな……他の人の為にも。

そうだ、俺は……。

――俺の役目は、皆を護ること。
俺は、戦うことしか出来ないから。
そんな場面でしか、役に立たないから。

だから、こんなこと考えてちゃダメなんだ、きっと。


◇  ◇  ◇


そうして、一人うじうじと考え込んでいたのが悪いんだろう。
気づけば俺は――いや、俺たちは、聖堂の裏手にいて、そこから見える離れ小島にある屋敷に駆け込むことになっていた。なんか表から入れなかったので(警備の聖堂騎士さんたちが邪魔してました)、薄暗い地下道を抜けてきたんだけど、例の赤いマントの人が待ってたよ。
よし、じゃあ一緒に行きましょうか、と建物の裏手から出たら、妙に明るい。
え、あれ? 昼間にしては明るすぎー……って。
えっ。何で対岸に渡る橋が燃えてんの?
……。
ああ、そうか。道化師が来てるんだっけ。

……。
……って。待て待て。
道化師って、まさかドルマゲスか!? 
だとしたら、マズいよな!? いやそれどころか危険だよな!?
あわわ、ぼーっとしてる場合じゃないぞ、俺の阿呆!
とにかく走ろう!
急げ、急げ……どうか間に合ってくれ!