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Drago di Isolamento -side:K-

03B. 凍れる刃



嫌疑をかけられ、地下の尋問室へ連行されていく氷の女神サマ御一行。
そして、俺はアイツ――マルチェロ団長殿――との、”話し合い”というより一方的な”尋問”が始まるのを眺めることになる。
緊迫と、緊張。
冷たく冷えた室内に響くは、怒号。

「だからっ! 私たちは無実だって言ってるでしょ!」
「そうでやす! 犯人は、アイツ……ドルマゲスだって言ってんだろ!」
ゼシカとヤンガスの、キンキンした声が室内に響く。この部屋は特別な為、防音性が無駄に高いのでその反響効果は抜群だ。

……あー。頭痛ぇ。
あいつらは、しきりに自分たちの無実を訴えているみたいだが――ま、無駄だろうな、と思う。
何せあの団長殿は、とにかく犯人を――所在の無い苛立ちを――どうにかしたいのだ。とっとと精神を安定させたいのもあるだろうが、とにかく完全な”濡れ衣”を着せてお前たちを犯人に仕立て上げる気だぜ?
神に仕える人間の誰もが――特に、寄付や権力ばかりにしか目のいかない連中の吹き溜まりになっている所なんかに、正義などという言葉は無いに等しい。
それを分かってるのか――分かっちゃいなさそうだが――尚も、御一行様は己の無実を叫んでいる。
それが免罪符になるわけでもないってのに、ご苦労なことだ。ま、免罪どころか冤罪としての罪状を貼られかけているのに対しては同情しておくが。

団長殿は元より、ココに居る人間は誰もが頭の固い連中なんだ。
どういう反論を叫んだって、聞く耳なんか持っちゃくれねぇぜ?
何せ、神の言葉すら聞こうともしない奴らなんだからな。

そんなことを心中で呟く俺の視線はというと、この中でただ一人、表情も態度も変えずにいる人物へと向けられていた。
張り詰めた空気が漂う中でも、”アイツ”だけは表情も態度も全く崩していない。ココに入って来た時と同じ、背筋を伸ばして僅かに目を伏せている状態だ。
しかし、気落ちしているわけでないことは、その纏う雰囲気から悟ることが出来た。

冷気。氷柱のように鋭く、玲瓏とした気配。
正にその氷の美貌に似つかわしい衣を纏い、この陰惨とした地下に置かれても一人冷静でいる女神サマは、抗議が怒号に発展しても静観状態にあった。
様子を窺っていたのかは知らない。
だが、マルチェロが笑いながら「明朝、拷問にかけた後に裁く」と言った時だった。

――それは本当に一瞬だった。
室内の温度が一気に下がったのを、誰もが感じただろう。
音が響くように、殺気めいた冷気が水を零した時に起こる速さで周囲を覆った。
それは恐らく、例の女神が自分たちを拘束している相手――マルチェロに向けたものだろう。
満ちた気配は、容赦も無いほど恐ろしく冷たいものだった。

完全な殺気、とでも言えばいいのだろうか。
女神――アイツは、伏せていた目を上げ、その氷のような双眸で相手を睨みつけていた。
それは戸の外で聞き耳を立てている俺の方にも伝わってくる程に、強い殺気。
ピリピリとしたものを肌で、感覚で受けながら、俺は自然と口端に笑みを浮かべているのに気づく。
殺気の余波を受けて総毛立っているというのに、何故か心のドコかが喜んでいるのだ。
……全く。
いちいち、こっちの興味を煽ってくるやつだな。
そんなことを思って、俺は静かに笑った。
しかしながら、その冷気は他の奴らには強すぎたものだったようで、マルチェロの背後に控えていた部下なんかは、完全に怯えきっていた。震えた足元を隠そうともしていない。
無様だな、と思う。
いい気味だ、とも。

――で。
取りたてて俺のメインである団長殿はどうしている――と、窺ってみると……。

団長殿は、団長殿然としていた。
これがまた大したもので、机の上で組んだ手の上に顎を乗せて、強く相手を見返していたのだ。あの震えるような冷気を物ともせず、毅然とした態度――を、どうにか装って。
相手の気迫に押されないよう、険しい表情で睨み返しているのだが――その額に、僅かな汗が浮かび上がっているのを俺は見逃さなかった。
恐怖からなのか、それとも緊張からなのか。
そこまでは分らなかったが、動揺しているのは明らかだった。

何にせよ、あの団長殿……マルチェロを気圧せるとは恐れ入る。
しかし、当の女神は相変わらずの無表情。別に襲い掛かるふうでもなく、そのままマルチェロの視線を受け止めとめている。
言葉の無い静寂の中での睨み合い。
勝負は決まったようなものだった。
いいや、最初から決められていたのかもしれない。

ドコまでも平然としている、美丈夫。
誰も寄せ付けない、不可侵の氷の女神――エイトを見つめながら、俺は身裡の奥から湧き上がってくる例えようの無い感覚に震えていた。

戦慄が走る。
足元から這い上がるのは、恐怖に似た快感。
惹かれる。眩く引き寄せられる。
きっと俺は、こいつから――逃げられない。
そんな事を思った。

それから何の因果か、俺はその女神サマの御一行に加わることになったわけだが――やれやれ。
運命ってのは、なんでこうも数奇なんだろうな?
俺を喜ばせてどうする気だ?
……なんて、な。