Drago di Isolamento
12. 復興! 友好への道のり
馬車の中。
荷物が並ぶその奥で、ククールの着替えの服が入っている袋を見つけるのはものの十秒もかからなかった。
ちなみに、こうして直ぐに見つけられたのには訳が有る。
それは、道具や装備品の管理を受け持っているのが――何を隠そう、この俺だからだ!えへん!
いや、まあ……別に偉ぶる事じゃないんだけど、こんなことくらいしか自慢できるものが無いから……その。
なんというか、俺はこうした雑務関係が上手いようだ。俺自身に自覚は無いのだが、「ドコに何が有るか直ぐに分かる」とか「何を置いているのか見つけやすい」と、部下や同僚の間で大変に評判が良いらしい。
口下手で無愛想で不器用な俺が解雇されないで済んでいるのは、ひとえにこのスキルのお陰なのだと、思う。
……尚、先程から「ようだ」やら「らしい」とどれもが推定形だったりするのは、城の兵士(部下や同僚たち)から報告を受けた姫や陛下から教えてもらった為であり、俺自身は知らないままでいるせいだ。
――いわゆる、伝聞の情報。
それは噂話に似ているかもしれないが、その評価が本当だったら勿論嬉しいし、嘘だとしてもそれはそれで構わない。
ただ、何で――俺に直接言ってくれないのかなぁ、とは思う。
同僚はともかくとして、俺直属の部下でも、俺を通り越して王や姫に報告されるのはちょっと悲しい。
いや、優先されるのは主君であり、仕事に関係無いことなので報告の強制は出来ないんだけども。兵士長といえど、そこまでの権力は無いのだし。
いいけどね。部下に報告して貰えない兵士長でもさ……信用できなさそうな顔、してるし?
――って。しんみりしてる場合じゃない!
俺はココに来た理由を思い出すと、袋からククールの着替えを取り出した。
そして、それを別の布で包んで肩から下げていた鞄の中へと入れて、外へ出ようとした……の、だが――……。
(ああ。この鞄、完全防水じゃないんだっけ。)
荷台から外の様子を窺えば地面に叩きつける雨が見えて、詠唱しかけた言葉が止まった。
移動魔法、ルーラ。あれは距離を移動するものであり、瞬間移動では無いのだと思い直して別の案を練ることにする。
えーと、魔法が駄目なら――。
(……よし。これしかない!)
俺は包みを抱き締めるように胸元に抱えると、豪雨の中へと飛び出した。
強い雨が肌に打ち付けてきたが、気にしている場合じゃない。
俺なんかどうなったって良い。
重要なのは俺じゃない。
『ククールの着替えを濡らさないよう、宿へ戻る』――それが、それだけが、今の俺が果たすべき任務なのだ!
◇ ◇ ◇
「……はあ。」
はあはあはあ。ぜいぜいぜい。
に、人間、やれば出来るもんだ。無我夢中で走ったのが良かったのか、豪雨の中を駆け抜けてきた俺の被害は、バンダナと上半身全部だけで済んだ。
色の変わった部分が、濡れてしまったことを示している。髪もしっかり濡れてしまった。
頬や額に張り付いて気持ちが悪かったので、試しにバンダナを外して絞ってみる。
ぎゅー。
びちゃびちゃびちゃ。
……。
拡大する被害。
俺は馬鹿か、と思った。
◇ ◇ ◇
宿の主人から雑巾を借りて雑巾掛けをした後(すいませんすいませんすいません、と謝っておいた。言葉じゃなく、目で。……伝わったよな?)、俺はようやく部屋の前まで戻ってきた。
ドアの前で立ち止まり、深呼吸をする。
落ち着けー。落ち着けー俺。これ以上ククールの機嫌を悪くしないように心がけるんだぞー。
などと自己催眠に似た何かアレなことを呟きつつ、ドアを開けた。
……。
俺は、息が止まるかと思った。
無造作に脱ぎ捨てられた服がベッドサイドに落ちている。あとで軽く手洗いしとかないとなーとか何とか意識を逸らそうとしたが、それは失敗に終わってくれた。
ベッドの上にはククールが居て、優雅に寝そべっていた。
それは、いい。
それは、いいんだ。
問題は……その、先だ。
ククールは――全裸だった。
いや、着る服が無いのは知ってるけど!濡れた服のままで居ると風邪を引くから脱いだんだよな!?いや、うん、その為に俺は急いで馬車まで走って戻ってきたんだし!
あと、ここはククールの部屋だから、自由な格好でいるのは不自然では無いんだけど!
でもこの光景は予想してなかった!
だって全裸とか! あああ心臓に悪いー!
こういうのもアレだが、この時ばかりは感情表現が下手で良かったと思う。
ククールは、美形だ。
男にこういうのもなんだけど、掛け値なしの事実なんだからしょうがない。
なんというか、「美形っ!」というラベルでも貼られているんじゃないかってくらいに綺麗な顔をしている。あーでも、ゼシカにはちょっぴり不人気みたいだ。うーん。好みの問題か?
ククールに視線を戻せば、相手はすらりと長い足を伸ばし、腰元にシーツを巻きつけてコチラの出方を待っているようだった。その姿もサマになっている。凄い。
髪を乾かしているのか、普段束ねているリボンは解かれていた。ベッドシーツの上を流れる銀色が、これまた本当に綺麗で、部屋に入ってドアを閉めた俺は、そのままぼうっと見蕩れてしまう。
ふと、ククールがじっとこちらを見ていることに気づいた。
「――俺の服は?」
機嫌の悪い声が、俺に現状を把握させる。
というか、キレイさっぱり忘れてたー!
俺は慌ててククールに近づくと、抱えていた鞄から取り出した服を渡そうとした。
ごめんな! 寒かったよな!? これでも全力で走って来たんだけど、下でバンダナを絞ったら水がボタボターって! 床が、びちゃびちゃになっちゃって!
で、雑巾借りて掃除してたら何時の間にかこんなに時間が……いや、こんなことはククールには関係ないよな、ごめん!
――などと、余計なことをごちゃごちゃ考えながら行動したのが悪かった。
俺は、きちんと考えてから行動するべき人間なのだ。
持っていた服を普通に手渡そうとした――のだが、なんと俺の手は俺の意思に反して、ククールの服をベッドサイドに放り投げるような真似をしてしまったのだ!
そして、止めを差してくれたのは俺の意思であった。
「――早く、着ろ。」
乱暴な動作の次に、思い切り上から目線で命令とか!
もうほんと俺の馬鹿!
いや俺は最初っから馬鹿なんだけど!
案の定、ククールが呆れた顔でこっちを見てきたが、ごめんなさい間違えましたと取り繕えるほどに器用じゃない俺は、ちょっとだけ背を向けて視線から逃げることしか出来なかった。
本当にごめんなさい!と、俺は百回ほど土下座する。
心の中で、だが。
◇ ◇ ◇
「……お前さ。いつまでそうしてるんだよ。」
その時、俺は濡れたククールの髪に気を取られていた。
鈍い銀色を見つめながら、「雨水って後で傷まないかなー」とか「保湿剤か何か塗ってあげたいなー」とか、そんなことを考えていたのだ。
端的に言うと、またもや”ぼけーっとしていた”のである。だからか、急に声を掛けられた俺はちょっとしたパニックに陥る羽目になった。兵士でない時の俺は、かなり油断気味なのだ。
(な、何だろう。俺、何をしでかしてるんだろう……!?)
おろおろと、頭の中に疑問符と感嘆符を交互に並べた状態でククールを見つめ返せば、はーっと溜息を吐かれてしまった。うう……理解力無くてごめんなさい……。自分の情けなさに目を伏せ、必死に答えを探していればククールが言葉を続けた。
「ぼさっと突っ立ってないで、お前も着替えろ。」
……へ?
顔を上げて、キョトンとする。ククールと比べるとそんなに濡れなかった(ように思う)ので気にしていなかったのだが、言われて自分の姿を見るとかなり濡れていることに気づいた。
基本的に俺は、自分に関してとことん無頓着だ。
けれど、困った。いま着ているこれが寝間着だから、俺の着替えなど無いのだ。
いや、あるにはあるのだが――不要な荷物として、馬車の中に置いているわけで。
窓の外を見る。見事なまでに豪雨のままだ。
今度はきっと、盛大に水浸しになれる自信が有った。仲間の為じゃないと、どうも本気になれないのだ。
というか、自分の為に何かするというのが面倒くさい。
濡れた服の裾を軽く引っ張りながら、俺は思案する。
服は冷たいけど、馬鹿は風邪引かないって言うから大丈夫なんじゃないかなー。それか、雑巾のように絞って水気だけ切っとけばまだまだ着れるだろうとも考えた。
――よし、そうしよう。
考えが纏まったのでククールに伝えようと顔を上げた俺だったが、相手は渡した袋の中を探っていて、微妙に話しかけづらくなっていた。
(……何してるんだろう?)
足りないものは無い筈なんだけどなー。あ。伏せ目がちにしてるあの顔も格好良いなぁー……などと眺めていれば、ククールが、ふうと二度目の溜息を吐き、別の服を取り出したのが見えた。
ククールの目と同じ色の、アイスブルーの服。
あれ?そっちに着替えるのか?俺としては、今着てるワインレッドの方が似合ってると思うんだけど――と勝手な感想を心で展開させたところで、ククールが俺に向き直った。
「ほら。これ着とけ。」
そうして、俺に放り投げられたアイスブルー。
え、あれ。何で。だって――。
「……これは、お前の服だろう。」
俺は内心で慌てふためいた。綺麗な色の服はシワ一つ無く、新品同様に見える。というか、こんなの俺なんかが着たら申し訳ないって言うか……布地に失礼というか!
心の中で騒いでいる(とはいってもやっぱり顔は無表情なままな)俺に、ククールは苛立たしそうな顔をして前髪を掻き揚げた。
「いいから、とっととそれに着替えろって。――部屋が汚れるだろうが。」
言われて、ハッとする。
ここはククールの部屋なのだ。
(そ、そうだよな、自分の部屋が汚れるのは嫌だよな!)
もしかしたら俺のことを心配してくれたんじゃないかって、思ってしまった。
……馬鹿だよな俺。
ごめん、ありがとう――と言いたかったが、俺はただの頷きしか返せないまま、ククールから服を受け取った。
お礼すら言えないってほんと、最低だよな。せめて返す時は、丹念に洗ったものにしよう。
熱湯消毒もしといたほうがいいかな……などと色々考えながら、俺は胸元の紐を解いて着替えはじめる。
――と、ここまでの流れはいい。
唐突だが、人前で服を脱ぐという行為は一種の拷問では無いかと俺は思う。
例えば今。背を向けて気にしない振りをしていたが、ククールがじっとこちらを見つめているのがどうしても感じられて、泣きそうになったくらいだ。
人の視線は苦手だ。昔も、今も。
誰も俺に話しかけてくれないくせに、そのくせ見つめてくるから。
俺から話し掛けようと近づいたらそれはそれで逃げられるし。
いっそ、罵倒でも良いから言葉が欲しいとすら思う俺は、おかしいだろうか。
(はぁ……緊張するなぁ。)
どうでもいいことを考えながら、ボタンを留める手が震えてないかと何気なく手元を確認しようとして、うっかり肩越しを見てしまったのが運のツキ。
見事にククールと目が合った。
うっ……めちゃくちゃ眉間に皺が寄ってるんですけど。あああアレか、とろとろ着替えてんじゃねえよってことか!?
(は、早く着替えるから!が、頑張ってるよ俺!?)
そういう言葉を目に込めて、にっこり――笑えたかどうかは、分からない。
ただ、ククールが目を丸くし、それからパッと顔を背けたので多分また失敗したんだろうということだけは分かった。
俺は後、何回自分に馬鹿といえば良いんだろう……。
(わー。裾が長いー。)
そうして着替え終わると、そんな感想が出た。心の中でだが。
ククールとの身長差があるのは分かっていたが、こうして差異を浮き彫りにされると地味に辛いなと思う。腕や背丈はともかく、足とか。足とか。足とか……!
ともかく、このままでは引き摺り歩く格好になるだろう。それは危ないので腕と足の裾を二回程くりくりと折り返していたら、側で笑う声。
顔を上げれば……ククールが、また柔らかく笑ってくれていた。
「ちょっと大きかったみたいだな……つーか、お前。それ、凄ぇガキっぽく見えるんだけど。」
多分、裾を折り返したことを言ってるんだろう。
いやでも、こうしないと躓くし! それとも、こういうことをしては駄目なんだろうか?ククールの言葉を受け、俺は改めて爪先から指先まで視線を走らせてみる。
言われて見れば、裾が長いせいで足が短く見えるし、体に合ってないせいでぶかぶかしてるから不格好ではあった。
ククールの服なのに、俺が着るとちっとも似合わない。その事実は結構、いやかなり俺を打ちのめしてくれた。
この色がとても俺好みな分だけに泣けてくる。俺なんかは、端切れで作った服でも着ていれば良いんじゃないかなぁ……そうすれば装備代とかも浮いて仲間に回せるし……いや、いっそ木の皮を剥いで……。
──うん。思考の矛先を変えようか。
なんというか、これ以上の比較は自殺行為になる気がする。
なので、俺はククールに視線を戻した……ら、またもや目が合った瞬間、思い切り逸らされたけど、き、気づかない振りで!
あ。そういえば、俺ってククールの部屋にずかずかと入り込んじゃってるんだよな?
今更ながらに、そのことに気づく。
うん? あれ……なんか忘れてるような……ああ、そういえば人を訪ねる時は手土産の一つでも持参して、って言うのが――。
……んん? 何か疑視感が……。
と、ここまで考えたところで俺はザアッと青褪める。
マルチェロの時と同じ失敗してるー!
俺は、ハッとしてククールを見た。
さっきから苛々してるのは俺のせいだろうなとは思っていたが、そうか!そういうことか!俺は初歩的なミスをやらかしてたのか!
ああ思い当たる! 思い切り思い当たるぞ、この状況は!
手土産――っていっても、もう店は閉まっちゃってるし……何か軽く食べるもの……いや遅い時間に食べるのは健康的にあまり良くないか……うーん……。
――閃いた。
「……飲むものを、持ってくる。」
「は? 急に何だ──」
ククールが喋っている最中だったが――心の中で土下座しておいて――俺は部屋から飛び出した。
そして、物音に細心の注意を払いながら、ズボンの裾を踏みつけて転んでしまわないかとひやひやしつつ、階下へ降りていく。
ククールの為に……!と考えた途端に動きが軽やかになった俺は、傍から見れば馬鹿なのかも知れなかったが――それも悪くないな、と考えた。