TOPMENU

Drago di Isolamento

11. 目障り、手触り、お触り禁止?



(マルチェロって実は良い人かも!)
仲間の元へ戻る道中、俺は地図を片手にしみじみと感慨に耽っていた。
だって、タダで地図をくれた上に俺が突き飛ばしちゃってもあまり怒らなかったし、それどころか「礼儀に気をつけろ」と注意してくれたし。
怒りもせず、目を逸らさず。
ちゃんと俺の顔を見てそんな事を言ってくれた人は、これまで居なかった。
あ、姫と陛下は別で。

(……優しかったよなぁ。)
それも、マルチェロだけではなかった。院の人たちに至っては、なんと帰り際に高そうな菓子折りセットまで付けてくれたのだ。でも、コッチの人たちはマルチェロと違ってがっつり俺から目を逸らしてたけど。
そういや顔が赤かったなー。勤務時間中に来たから無駄に手間を取らせちゃったか? うーん。次回来る時は、お土産を持って行こう。うん、そうしよう。
そんなこともあってか、俺の中でマイエラの株が上がった。急上昇だ。
だが、皆はこれくらいじゃマイエラを好きにはならないだろう。
なにせ初訪問時からして最悪だったから。
尋問、投獄、拷問寸前という初心者にはキツイ歓迎コースのせいで、皆はマイエラが嫌いになってしまっている。これ以上最悪な第一印象はそうそう無いだろう。

……でも、今思うとマルチェロの気持ちは分からなくもないかな、と考える。
あの時のマルチェロが怖かったのは、ドルマゲスの不法侵入でイライラしてのもあるんじゃないかな。
くう~っ。分かる、分かるぞ! あいつは何度殴っても殴り足りないくらいに腹立たしいやつなんだ!
なのに、逃がしちゃってごめん。
今度は仕留めるから!


◇  ◇  ◇


――さて。
決意も新たにした俺は仲間の居る場所へ戻ると、早速にも新しい地図を入手したことの報告をした。
菓子折りと地図をそれぞれ手に、少し時間が掛かったが――全く成長しない会話術の壊滅的な下手さを実感しつつ――それでも、どうにか仲間に事の経緯を説明することが出来た。
すっかり心拍数が上がってくらくらするが、頑張ってみたのが功を奏したのか。
俺の説明が終わった後に、彼らはこんなことを言った。

「さっすが兄貴! 頼りになりやすっ!」
「凄いじゃないエイト! ほんと気が利くのね。ありがとう!」
「むう、しかも最新版ではないか。流石は儂の部下! いい仕事をするのう!」
「あら、これ貴族御用達の洋菓子じゃない!凄い、コレ美味しいのよ!」
「俺は甘いものは苦手だから、そっちはゼシカに任せるぜ。」
「ふむ、儂も少し貰おうかのう。ミーティアにも分けてあげたいんでな。」
わいわいと、上がる歓声。
それだけで俺は胸が熱くなった。
苦労が報われた、というのはこのことを差すのだろう。これだけでもう充分に嬉しくて、泣きそうになったのはいうまでもない。……何回も言うが、俺は泣けない訳だが。
ああ、この仏頂面が憎い。

――あれ?
俺を取り囲んで褒めてくれる仲間の輪の中、数が足りない。
銀の髪と太陽のような笑みを持つ、たった一人が――いま一番褒めてもらいたかった人間の姿がどこにも無かった。

「……ゼシカ。」
ククールは?と仲間に聞いてみたが――「放っときなさいよ、あんなやつ。」とそんな答えが返ってきた。
なんでも、俺が出掛けた後、急に――慌てたように?どこかへ走っていってしまったらしい。
「暇が出来たんで、カジノにでも行ってやがんでしょう。夜には帰ってきやすよ。」とはヤンガス談。
ちなみに陛下は「男には色々とあるモンなんじゃよ、察してやれ。」とのこと。

「そうか……」
色々って何だろう。放っておいて大丈夫なものなのか?――俺はそんなことを尋ねようとしたが、人間関係が下手なので、自信を持って言われたりすると「そういうものなのか」と頷くしかない。
確かに、ここのところククールとは気まずい状態だった。なので、気分転換にカジノか酒場にでも行ったんだろうと言われても、不思議は無い。
ちなみに、俺の場合の”気分転換”といえば空を眺めてぼーっとするか、本を読む振りをしてぼーっとするかくらいしかしないから、仮定すら出来ないんだけどな!ははは、ほんと根暗で嫌になる。

まあ、ククールなら一人で出掛けても大丈夫だよな、と思う。
聖堂騎士だから強いし。イカサマとか出来て頭良いし。俺より大人だし。……それと、あの男前だ。きっと、トラブルがあっても上手く切り抜けられるだろう。不器用な俺と違って。

だから、カジノで遊んでても酒場で飲んでても良い。
むしろ、存分に気分晴らしをしてくれれば良いと思う。
俺は口を出さない。……出す権利が無いけれど、これだけは願いたい。

……帰ってきて、くれるよな?

心配というか不安というか、どうにも落ち着かないのは多分ククールと全然話していなかったせいだ。

なので、俺は着いた街の宿で皆がそれぞれの部屋に戻って行くのを見送ると、ククールの部屋の前に立ってその帰りを待つことにした。


◇  ◇  ◇


夜になると、雨が降り始めた。
ククールは大丈夫かな~。濡れてないかな~。と廊下の窓に張り付いて外を眺めていれば、暗闇の中に色を見つけた。
赤。この夜の中、遠目からでも目立つその色。

(ククールだ!)
更にベタッと窓に張り付いて、それが人違いでないか確認する。――やっぱりククールだ!
手を振りたい。声を掛けたい。でも、そんな行動に出られる程に俺は積極的じゃない。なので、ククールが宿の中に入るのを静かに見守るしかなかった。

ククールは何故か正面からではなく、裏手から入ってきた。
階段は玄関口にあるから、部屋に戻るには正面からの方が近いのだが……?
(そういえばククール、濡れてたよな。)
部屋に戻ってタオルでも持って来ようかな、と踵を返しかけた俺の背後で、足音。

――間に合わなかった!
階段を上ってくる、赤い色に身を包んだ人影。駆け寄って出迎えたいが、俺の足はそこに止まったままだ。

また、拒絶されたら……。

あの凍りついた瞬間を、俺は忘れない。弾かれた手の痛みも覚えている。
怖い。だが、忘れちゃいけないのだ。
同じ事を繰り返さない為にも、俺は――……。

階段を上がってきたククールが顔を上げ、そして部屋の前で待つ俺を見つけるなり、ぎょっとした顔をした。
見間違いじゃない。 ククールの眉間に、皺が寄るのが見えた。
…ばっちり見えてしまった。苛立たしげな色が瞳に混じるのも解かってしまった。
ああもうこの視力の良さが憎らしい。

えーと、えーと。
き、機嫌が悪いのは雨に降られたせいだよな?と思いつつ、そう思い込みつつ、俺はククールにどこへ行っていたのか訊ねてみる。
……ククールの表情が、ますます険悪なものになってしまった。
どうも火に油を注いでしまったようだ。
こういう時、会話が下手だと本当に辛い。
そうこうしている内に、ククールが此方に向かって歩いてきたので、俺は再チャレンジ!とばかりにククールに言った。

「酷い格好だ。」

雨に降られて大変だったなー、と。
……軽口っぽく言おうとしたものが、何をどうしたらこうなった!

案の定、顔を顰めたククールに「尋問みたいなことを言うな」と諌められた。両手を広げて肩を竦めるというリアクションのおまけまでついてきたので、思いっきり呆れたんだろう。……ご、ごめん。
気を取り直し、ククールを見る。外はかなりの大雨だったので、上から下まで全身ずぶ濡れだ。
あー、そういやここって防犯の為か、深夜になると火気禁止なんだっけ。
予約を取る際、宿の主人に説明を受けていた俺はそのことを仲間には伝えておいたが、ククールには言っていなかったことを思い出した。

なので、「風呂はもう入れないんだよーごめんなー」という感じで教えた……つもりなのだが、これまた俺はものの見事に失敗する。
吐く言葉のどれもが省略しすぎてたり繋げ間違っていたりで、ククールの不機嫌さをどんどん追加していったのだ。
ククールが、ぎり、と唇を噛むのを見た。
うう……そりゃあ怒るよな。
どうしよう。もう会話は打ち切って、俺は戻ったほうが良いんだろうか。
水に濡れた服は体温を奪う。ククールがめちゃくちゃ寒そうだ。というか、見ていて寒い。

「つーか、何なんだ?俺に何か用なのかよ?」
考えに没頭していたので、話しかけられるまで俺はずっとそこに突っ立っていた。――ククールの部屋のドアの、真ん前に。
あ、俺のせいで中に入れないんだよな!?あああ、ごめんごめん、ほんとごめんなさい!
俺は土下座する勢いでその場から退こうとした――が、このまま引き下がったら俺は何の為にククールを待っていたんだろう?という考えが脳裏を過ぎった。

止まる足。
ククールは、苛々した様子で睨んでいる。
うう、怖い……怖い、けど――でも。
窓の外の天候に変化は無い。恐らく、今夜いっぱい降り続けるのだろう。
なら、尚更に今のククールは放っておくことなど出来ないわけで。

「話が、ある。」
勇気を振り絞ってみた。ククールがまた眉を顰めるのが見えたけれど、俺はリーダーなんだ。
――仲間の体調を気遣ってやれなくてどうする!
廊下は声が響いて他の客に迷惑になると思ったので、俺は部屋の中で話をしよう、と切り出した。頑張れ俺の勇気!
俺はドアを開けると、少し身を引いてククールが入りやすいようにした。
うん、レディーファーストって大事だよな!いやククールは女性じゃないけど!
そして俺は、にこにこしながら(勿論、心の中で、だ)ククールに先を譲る。

これで少しでもククールの機嫌が直ってくれたら良いな、と思ったのだけれど。


◇  ◇  ◇


うわあー……。
ククールの部屋に入った俺は、心の中で思い切り落胆の声を零した。
先ず、カビ臭い。埃が辛うじて無いのが救いか。相殺出来ていない気がするが。
それと、壁の隅の小さなシミやカーテンの質は、ともかくとして……――ベッドのシーツ!
皺が寄ってるし!枕もナナメだし!
ああもう!
なってない!掃除や整頓がなってない!

「雑、だな……。」
俺は、ちょっとばかり憤慨の言葉を零してみた。嫌味じゃない。
ここは町だ。町の宿なのだ。贅沢を言うわけじゃないが、これはちょっと酷いんじゃないか?と感じるくらい、ククールの部屋は難があった。
ちなみに、仲間たちの部屋は確認済みで、他の部屋は普通だったので俺は今になって気付いたわけだ。

掃除、忘れてたのかなぁ。
もう。しょうがない。俺がしよう。
近づき、シーツをばさりと広げて整え始める。
自慢じゃないが、俺はこういう雑務が大得意なのだ。
先ず人の役に立てるし、相手によっては褒めて貰えるから(話し掛けてくれるのは姫と陛下だけだったけど……)こういうことが大好きなのだ。

そしてこの間、ククールが着替えてくれたら一石二鳥というもの。
鼻歌を歌いそうな勢いで、俺はメイキングを始める。
ピッとシーツを張り、毛布の乱れを直し、最後に枕の角度を整えて――終了!

ククール、ベッド綺麗になったぞ~!

――と意気揚々と振り向いた俺は、ククールが笑っている姿を見ることになった。

ご褒美、だろうか。
久し振りに見る、優しい笑顔だった。
機嫌が直ったのかな、と喜びかけたのも束の間。

ククールは、可笑しそうに言った。
「シーツなんて直してもどうせ乱れるんだから意味が無いんだぜ」というような事を。

……。褒めてもらえるかと思ったのになー……。
俺は、ちょっぴり……いや盛大に残念な気分になった。
出過ぎた真似だったかと落ち込みかけたが、ふと、ククールがいつまでも濡れた服のままなのに気付いて顔を上げる。

あれ。何で着替えて無いんだ?

――俺の場合、心で思い浮かべた言葉を実際口に出すと、とんでもなく改変されて出てくるのを忘れていた。慇懃無礼、の「無礼」だけを見事に表現する形の言い方をしてしまったようで、ククールが再び険悪な表情になる。……まずい。
引き攣った笑いを浮かべると、ククールは言った。

「着替えたくても、替えの服とか道具の一切はお前に預けてあっただろうが。違うか?リーダーさんよ。」

それを聞いた俺が、一気に青褪めたのは言うまでも無い。
初めて”リーダー”って呼ばれたのがコレか……。うぅ……やっぱり俺ってリーダーって器じゃないと思うんだ……。
――などと、いじけるのは後にして。
俺は視線を走らせる。
外は真っ暗。
窓ガラスに叩き付ける雨が、天候の悪化を教えてくれている。馬車を置いたのは、えぇと……。

「馬車は、外だ。」
いや外なのは当たり前だ。中に置いたら怒られるっての。
同じ事を思ったのか、ククールが重い溜息を吐いた。
「宿の裏手だろ? 言わなくても知ってるっつーの。」
うん、そう。裏手だよ。裏手って言いたかったんだよ。
夜の闇に視線を向けて、最短時間と最速距離を計算する。足元に気をつければ、十分くらいでどうにかなるか?
ともかく、このままグダグダしているとククールが風邪を引いてしまうかもしれない。
――よし!

「着替えを持ってくる。」
言うが早いか、俺は部屋を飛び出した。
ドアの開閉音と足音に気をつけて廊下に出ると、勢いそのままに階段を駆け下りる。
後ろは振り向かなかった。ちょっとの時間でも惜しい。
とにかく走った。
走って、走って、走って――息が切れる前に、どうにか馬車へと辿り付けた。
結構あちこち濡れてしまっていたが、こんなものは何でもない。この程度じゃ風邪は引かない。ククールくらいに濡れなければ。
それか、ここはいっそ俺もしっかり風邪を引いてしまって、それで失態やら何やらを帳消しにしてもらおうかなー……。
いやいやいや。
ダメだよ。誰が看病するんだ。荷物になりすぎだろ。
謝罪どころか追加で迷惑掛けてどうするんだって話だよ。
……はーあぁ。
ククールと仲直りできる方法、何か無いかなぁ。