TOPMENU

Drago di Isolamento -side:K-

10B. 侵食範囲外の孤独



見覚えのある屋根の一角が見えた瞬間、嫌味な男の顔が浮かんだ。
女神の同行が目的とはいえ、嫌々育ったこの生まれ故郷――もとい、育ち修道院に足を運ぶことになろうとは。
真正面から入るつもりは、当然ながら無い。抜け道があることは当の昔に知っているので――ああ、何度も活用させてもらった――そちらから、中へ入ることにした。
今回は、ドルマゲス襲撃の際のあの抜け道……ではなく、それとは別にあるものを使用した。こちらのほうがそこそこ整地されており、また瘴気も無いため格段に通りやすいからだ。
ゼシカかヤンガスがいたら「最初からこっちを教えてよ(教えやがれ)!」と責めてくるところだが、今ククールの頭にあるのはエイト、その一択のみである。
元同僚の目をかいくぐり、エイトが向かったであろう方向を探す。
時間が掛かりそうだなと思ったが、そうでもなかった。
ククールは人目を忍ぶことが出来るが、あの女神――エイトは、忍べない。何もしなくても目立つからだ。

「恐ろしく綺麗な男がマルチェロ団長に会いに来た」――廊下を少し歩いただけで、何回その情報を耳にしたことだろう。その行き先も、何度も聞く羽目になった。
情報が筒抜けにも程があるが、あの美貌を目にして口を閉じていろと言うほうが至難の業であると思う。あの美は、何者をも魅了する。
耳にした情報をし衿(する必要もないが、一応)したところ、どうやらエイトは真っ直ぐマルチェロの執務室に向かったらしかった。

「……マジかよ。」
苦虫どころか毒虫でも噛み潰したような顔になる。
執務室がある二階に上がれば、他に身を隠せる場所はない。近くの部屋に逃げ込む、という方法もあるにはあるが、無人である確率は低いだろう。
ちなみに、空き部屋には通常、鍵が掛けられている。
これは侵入者が身を潜める手段を無くすためにマルチェロが義務付けている、セキュリティ対策である。
(あんのクソ兄上サマは、いったいどこまで俺に嫌がらせ(?)をすれば気が済むんだ!?)
そんな被害妄想めいたグチを零しながらククールが向かった先は、建物の傍にある樹木の側だった。
ここからならば、その高みから二階にある執務室の様子が窺えるんじゃないか……と、そう考えたのだ。
結果は――ビンゴ。

(おー。見える見える。)
日差し除けとして植えられているだけあって、幹の高さも幅も茂る葉っぱも充分だった。
(ふふん。セキュリティ対策の落とし穴だぜ、マルチェロ~)
裏をかけた気がして、ちょっと誇らしくなる。
しかし、上機嫌もそこまでだった。

(な……っ……!)
床に散乱した貨幣。
その上に倒れ込むようにして、エイトとマルチェロがいた。

何を。
なに、してんだよ。
マルチェロに押し倒されているならまだしも、その逆の姿勢だったものだから、混乱はますます酷くなった。

誰も動かない。
いや、動けないのか。
床の上のマルチェロも、その上に圧し掛かっている格好をしたエイトも、そして――木の上からその光景を覗く羽目になった、ククールも。
金縛りにでもあったかのように、固まったまま。
声が詰まる。
息が止まる。

「……何だよ……」
なんなんだよ!?
勝手に出て行ったのは、こういう訳か?
アイツと密会するために?

『ククールじゃ、俺の相手にまるでならない……その点、お前なら……』
『ふっ。大胆な奴だな。』
幻聴か妄想か、そんな会話すら聞こえた気がして、ククールはますます冷静でいられない。
避けられている状況も、拍車を掛けて。

いつだよ。
いつからだよ。

いつの間にそうなってたんだよ!

(俺の次はマルチェロか? ……クソッ!)
既に捨てられたような気持ちになっているのが、そう感じている自分が、嫌だった。
拳を握り締め、唇を噛み、俯くククールの目はもう何も見ていない。
(突き放したのは確かに俺だけど……だけどよ……)
木の横腹に押し付けた拳が、ざりりと耳障りな音を立てて樹皮を削いだ。
(何も、こんな早くに見切りをつけなくたっていいだろが!?)
エイトの乗換えの早さに、頭が真っ白になる。
冷静な顔をして、冷酷な行動をとる。
正に、氷の佳人。

胸がむかつく。
世界が暗い。
足元が、意識が揺れて。

……グラグラした。

(――勝手にしろっ!)
もうそれ以上、先の光景を見ていられなくなったのか、心の中で悪態をつきながら、女神……何が女神だチクショウ……エイト、を置いて、ククールはその場を後にする。
そこへ、まるで止めのように雨が降ってきたが構いやしなかった。
銀の髪を、赤いマントを、俯いて走る男の顔を、雨が強く打ち付ける。