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Drago di Isolamento

10. 遺書と一緒に散骨



門の前まで来てから、俺は自分が既に失敗していることに気づいた。

(手土産を忘れた……!)
もう初っ端からコレだ。
ここに来る途中で、うっかりうたた寝なんかしちゃったもんだから、すっかり忘れてた!
どうしようどうしようどうしよう。
今から戻って何か買いに行くにしても、この近くにあるのはドニという村だけだし、上位身分様用の手土産になるようなものなんか売ってやしない。
酒場に寄れば、持ち帰り用の酒や食べ物があることにはある、が……。

(高位格の人間に、場末の品物ってのはマズイよなぁ。)
修道院とはいえ、マイエラが組する教会は大きな権力を持っている。
オディロ院長亡き今、マルチェロが騎士団長兼、修道院長だ。
やれ規律が厳しくなっただの、寄付金の下限が上がっただのと色々な噂を耳にするが、こちらには特に関係は無いし、だからこそ安ものはまずかろうと思ったのだ。
だが、本来エイトが仕えているトロデーンも、由緒ある王家が治める城であるのだから、そう引け目を感じる必要はない。
しかしながら、道化師によって治世どころか存在ごと封じられている現状では、後ろ盾にするには何とも頼りない――どころか実は王族サマご一行なのですというには説得力が無さ過ぎた。
実際、「化け物ご一行サマ」として一回投獄された過去がある。つい最近のことだが。

エイトは考える。
手土産無し。
取って返す時間も無し。
ならば、どうするか。

(考えていてもしょうがない……中に入るか。)
俺は観念――いや、決心して伏せていた顔を上げると、足を前に踏み出し、修道院のほうへと歩いていく。
ふと、バンダナはどうしようかと思った。
確かここの修道院のカラーは青だ。――赤は悪目立ちする……よな?
ちょっと迷ったけど、外してポケットに突っ込んでおいた。
なんにせよ、人の視線を集めたくない。

さて、行くか。
背筋を伸ばし、いざ内部へ。
ちなみに、門の前を通る際にこちらをじっと見ていた警備兵の強面顔に足が止まりかけたわけだが、出来れば秘密にして欲しい。


◇  ◇  ◇


通りがかりの兵士をどうにか引き止め、マルチェロと謁見したいと申し出ることが出来たのは、入ってから三十分くらい経った頃だった。
(ちなみにこの間、エイトはずっと無言で立ち尽くしていたわけだが、兵士たちは声を掛けることなど出来るわけもなく、ただ遠巻きにエイトの美貌を鑑賞していただけである。その視線に当人が怯えていたことなど、彼らが知る良しもない。)
エイトはさり気無く(傍目には全然さり気無くなどなかったが)、さっと周囲を見回し、ほうと息を吐いた。

あー、やっぱり人と話すのは緊張するなぁ。
頭の中をぐるぐるする言葉をどうにか拾い集め、こちらの事情を説明するのに結構時間が掛かったような、そうでもないような。
そんな挙動不審な俺の会話が成功したかどうか分からなかったが、中に進むことを許されたので、とりあえずちゃんと喋れていたっぽい……かな?だ、大丈夫なんだよな?
でも俺と目を合わせてくれなかったので、やっぱりどこかおかしいところがあったのかも知れないが、泣いている場合じゃない。
ああ、判ってるよ!涙なんか出ないってことは!

一人ヤサぐれながら歩いている内に、いつの間にか辿り着いていたマルチェロの部屋の前。
そこに立ち尽くす俺。
心の中で、入室の際にする挨拶の復唱を、再度行うことにした。
し、失礼が無いようにしないと!
えーと。えーと。
……お邪魔します?
いやいや!友達の家じゃないんだし!……友達なんか居ないけど!永遠の夢だけど!
そうじゃなくて……失礼します、だっけ?
うん、まずは挨拶。
それからドアを叩いて、返事があるまで待って、「入れ」って言われたら入って、お辞儀して用件を――……。
などと、ごちゃごちゃ考えながら行動したせいだろうか。

気づけば俺は、部屋に入っていた。

ドアをノックもせずに。
――無断で。


◇  ◇  ◇


鋭い目が、俺を見据えていた。
当然ながら相手は無言である。俺の苦手な凝視。怒っているかもしれない、というか絶対怒ってるよアレ!
こ、ここはお辞儀しとくべきかな。でもなんかもう今更って気がする……手遅れ、って言うんだろうなあー……ハハハ。泣けてくる。帰りたい。

「……何の用だ。」
あ、追い返さない!?しかも用件聞いてくれた!
どうしよう、ちょっと泣きそうになった。嬉しくて。そしてしつこいようだが、俺は泣けない。

「動く石像の余興を見せに来たのか、貴様は。」
しまったーー!考えに没頭しすぎてた!一人妄想ゴッコしてる場合じゃないよ!
あああ無視してたわけじゃないんだよゴメンナサイ!
喋れ俺!
説明しろ、俺!

「……地図、を。」
「?」
マルチェロの背後の壁に貼られている世界地図を指差し、俺は頑張って凝視に耐えながら言葉を繋げる。
さあ言うんだ!
譲って下さいって!お金は払いますからって!
売買がダメなら、写させてくださいって!
新しい地図。
みんなが喜ぶ。
あの地図があれば、ククールだって。
ダメリーダーの返上だ!
地図を持って帰れば!
地図があれば、俺は!


――地図……!


「……あの地図を――寄越せ。」


バカに付ける薬は無い。
酷く驚いた顔をするマルチェロを見つめながら、俺は遺書の文面は何にしようかと考えた。
もう口下手ってレベルじゃないだろコレ。
うわあああああ!鉄の処女行きですか俺!

凍りついたように静まり返る室内の空気が、重苦しいというか非常に居心地が悪い。
喋ろうにも、あまりのことに舌がすっかり凍り付いてしまっていて動けない俺は、最後の手段として目で訴える作戦に出た。
確か地下の尋問室の時に成功した気がする。
よし!マルチェロ、気づいてください俺の意思!

ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ!
謝るから地図を下さい譲ってくださいお願いします!

もしかしたら俺は、睨んでいたのかもしれない。
なぜならば、マルチェロが先に目を逸らしたからだ。

もうどうしよう。
最悪。
心の中で首を吊る用意をしている俺の目の前で、マルチェロは何やら考え込んでいたようだが(きっと、俺をどう処刑しようか決めているんだ……うぅ。)
――って、アレ?
マルチェロは立ち上がると、さっと後ろへ上体を捻り、パパッと地図を外したかと思うとそれを俺に突き出して。

「……持っていけ。」

え。
ええ。

「何だ?一枚で足りるんだろう?そら――」
咄嗟に反応できない俺に、マルチェロは地図を無理やりに握らせてくると、くるりと背を向けて言った。
「用事はこれだけだな?さ、とっとと出て行くんだ。」
「……。」
拷問は?
処刑は?
遺書は書かなくてもいいの?

混乱しながらも、俺は地図に視線を落とした。
紙質もよく印刷も綺麗で新品で、それは紛れも無い高級品だった。
ふわー高そうだなー……って。
そうだ、代金!
地図を片手に、腰に吊るした袋を探る。
幾らだろう。千……いや、もっとするよな?……二千――ああ面倒だ!

「おい?後ろで何をゴソゴソと――」
マルチェロが振り返ったのと、慌てすぎた俺が袋の中の貨幣を机上にぶちまけてしまったタイミングは同時だった。

……運が悪いのはこれで何回目だろう。

やかましい金属音。机の上をころころと転がって落ちる銀貨を視界の端に留めながら、今度こそ遺書が必要になるな、とぼんやり考えた。

みんな、王と姫と世界と、その後のことはヨロシクね……。
門の前まで来てから、俺は自分が既に失敗していることに気づいた。

(手土産を忘れた……!)

もう初っ端からコレだ。
ここに来る途中で、うっかりうたた寝なんかしちゃったもんだから、すっかり忘れてた!
どうしようどうしようどうしよう。
今から戻って何か買いに行くにしても、この近くにあるのはドニという村だけだし、上位身分様用の手土産になるようなものなんか売ってやしない。
酒場に寄れば、酒や食べ物があることにはある、が……。

(高位格の人間に、場末の品物ってのはマズイよなぁ……。)
修道院とはいえ、マイエラが組する教会は大きな権力を持っている。
オディロ院長亡き今、マルチェロが騎士団長兼、修道院長だ。規律が厳しくなった云々の噂をよく聞くが、そのような場所こそ、安酒はまずかろう。

尤も、エイトが仕えるトロデーンとて由緒ある王家の治める城である。
が、道化師によって治世どころか存在ごと封じられている現在においては、後ろ盾にするには何とも頼りない――どころか王族サマご一行というには説得力が無さ過ぎた。
実際、「化け物ご一行サマ」として一回投獄された過去がある。つい最近のことだが。

手土産無し。
取って返す時間も無し。

ならば、どうするか。

(考えていてもしょうがない……中に入るか。)
俺は観念――いや、決心して伏せていた顔を上げると、足を前に踏み出し、修道院のほうへと歩いていく。
ふと、バンダナはどうしようかと思った。
確かここの修道院のカラーは青だ。――赤は悪目立ちする……よな?
ちょっと迷ったけど、外してポケットに突っ込んでおいた。
なんにせよ、人の視線を集めたくない。

――さて、行くか。

背筋を伸ばし、いざ内部へ。
ちなみに、門の前を通る際こちらをじっと見ていた警備兵の強面顔に足が止まりかけたわけだが、出来れば秘密にして欲しい。


◇  ◇  ◇


通りがかりの兵士をどうにか引き止め、マルチェロと謁見したいと申し出ることが出来たのは、入ってから三十分くらい経った頃だった。
(ちなみにこの間、エイトはずっと無言で立ち尽くしていたわけだが、兵士たちは声を掛けることなど出来るわけもなく、ただ遠巻きにエイトの美貌を鑑賞していただけである。その視線に当人が怯えていたことなど、彼らが知る良しもない。)
エイトはさり気無く(傍目には全然さり気無くなどなかったが)、さっと周囲を見回し、ほうと息を吐いた。

あー、やっぱり人と話すのは緊張するなぁ。
頭の中をぐるぐるする言葉をどうにか拾い集め、こちらの事情を説明するのに結構時間が掛かったような、そうでもないような。
そんな挙動不審な俺の会話が成功したかどうか分からなかったが、中に進むことを許されたので、とりあえずちゃんと喋れていたっぽい……かな?だ、大丈夫なんだよな?
でも俺と目を合わせてくれなかったので、やっぱりどこかおかしいところがあったのかも知れないが、泣いている場合じゃない。
ああ、判ってるよ!涙なんか出ないってことは!

一人ヤサぐれながら歩いている内に、いつの間にか辿り着いていたマルチェロの部屋の前。
そこに立ち尽くす俺。
心の中で、入室の際にする挨拶の復唱を、再度行うことにした。
し、失礼が無いようにしないと!
……お邪魔します?
いやいや!友達の家じゃないんだし!……友達なんか居ないけど!永遠の夢だけど!
そうじゃなくて……失礼します、だっけ?
うん、まずは挨拶。
それからドアを叩いて、返事があるまで待って、「入れ」って言われたら入って、お辞儀して用件を――……。
などと、ごちゃごちゃ考えながら行動したせいだろうか。

気づけば俺は、部屋に入っていた。

ドアをノックもせずに。
――無断で。


◇  ◇  ◇


鋭い目が、俺を見据えていた。
当然ながら相手は無言である。俺の苦手な凝視。怒っているかもしれない、というか絶対怒ってるよアレ!
こ、ここはお辞儀しとくべきかな。でもなんかもう今更って気がする……手遅れ、って言うんだろうなあー……ハハハ。泣けてくる。帰りたい。

「……何の用だ。」
あ、追い返さない!? しかも用件聞いてくれた!
どうしよう、ちょっと泣きそうになった。嬉しくて。そしてしつこいようだが、俺は泣けない。

「動く石像の余興を見せに来たのか、貴様は。」
しまったー! 考えに没頭しすぎてた!
一人妄想ゴッコしてる場合じゃないよ!
あああ無視してたわけじゃないんだよゴメンナサイ!
喋れ俺!
説明しろ、俺!

「……地図、を。」
「うん?」
マルチェロの背後の壁に貼られている世界地図を指差し、俺は頑張って凝視に耐えながら言葉を繋げる。
さあ言うんだ!
譲って下さいって! お金は払いますからって!
売買がダメなら、写させてくださいって!
新しい地図。
みんなが喜ぶ。
あの地図があれば、ククールだって。
ダメリーダーの返上だ!
地図を持って帰れば!
地図があれば、俺は!
――地図……!

「……あの地図を――寄越せ。」
バカに付ける薬は無い。
酷く驚いた顔をするマルチェロを見つめながら、俺は遺書の文面は何にしようかと考えた。
もう口下手ってレベルじゃないだろコレ。
うわあああああ! 鉄の処女行きですか俺!
凍りついたように静まり返る室内の空気が、重苦しいというか非常に居心地が悪い。
喋ろうにも、あまりのことに舌がすっかり凍り付いてしまっていて動けない俺は、最後の手段として目で訴える作戦に出た。
確か地下の尋問室の時に成功した気がする。
よし。マルチェロ、気づいてください俺の意思!

ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ!
謝るから地図を下さい譲ってくださいお願いします!

もしかしたら俺は、睨んでいたのかもしれない。
なぜならば、マルチェロが先に目を逸らしたからだ。
もうどうしよう。
最悪。
心の中で首を吊る用意をしている俺の目の前で、マルチェロは何やら考え込んでいたようだが(きっと、俺をどう処刑しようか決めているんだ……うぅ。)と、思いきや。
マルチェロは立ち上がると、さっと後ろへ上体を捻り、パパッと地図を外したかと思うとそれを俺に突き出して。

「……持っていけ。」
え。
ええ。

「何だ? 一枚で足りるんだろう? そら――」
咄嗟に反応できない俺に、マルチェロは地図を無理やりに握らせてくると、くるりと背を向けて言った。
「用事はこれだけだな?さ、とっとと出て行くんだ。」
「……。」
拷問は?
処刑は?
遺書は書かなくてもいいの?

混乱しながらも、俺は地図に視線を落とした。
紙質もよく印刷も綺麗で新品で、それは紛れも無い高級品だった。
ふわー高そうだなー……って。
そうだ、代金!
地図を片手に、腰に吊るした袋を探る。
幾らだろう。千……いや、もっとするよな?
ええと二千、にせんひゃく――ああ面倒だ!

「おい? 後ろで何をゴソゴソと――」
マルチェロが振り返ったのと、慌てすぎた俺が袋の中の貨幣を机上にぶちまけてしまったタイミングは同時だった。

……運が悪いのはこれで何回目だろう。
やかましい金属音。マルチェロを押し倒してその上に乗っかっている俺。
机の上をころころと転がって落ちる銀貨を視界の端に留めながら、今度こそ遺書が必要になるな、とぼんやり考えた。

みんな。王と姫と世界と、その後のことはヨロシクね……。