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Drago di Isolamento; Ex

02. トロデーン城の姫君



あら、こんにちわ。
見慣れない方ですけど、どう致しました?
ああ、申し遅れましたが私はミーティアと申します。初めまして。
それで――貴方は?
ああ、そうですか。
エイトに御用事があって参られたのですね。
遠方からですか? うふふ、ご苦労様です。
エイトにどんな御用事があるのか、立ち入ったことはお尋ねしませんが……悪いことではないようですね。安心致しました。
生憎と、エイトは今しがた別の方に連れられて、出掛けたばかりでして……ごめんなさいね。
私も一緒に同行させて頂きたかったのですが、貴女はここに居てください、って言われて……。

もう、エイトってば。私は小さな子供では無いのに、心配性なんだから。

こんな時は、殿方を羨ましく思いますね。だって、エイトと肩を並べて歩くことが出来るんですもの。ククールさんや、ヤンガスさんのように。
私なんか、城にいる時だってそんなこと……。
エイトも、もう少し私に気軽にしてくれればいいのに。
なのに、主従関係がどうこうって。
私は、エイトを家臣としてではなく、もっと深く……。
……。
あ。いいえ、今のは、な、何でもないのです。聞かなかったことにしてください!
……ええと、何の話をしていたのでしょう?
ああ、エイトについてでしたね、ごめんなさい。
他愛ない話ですけれど、聞いて下さいますか? 私と、エイトのことを。

エイトは、私のいるトロデーン城の前に居たと聞いています。門の前に置かれた籠の中で眠っていたのを、当番をしていたものが見つけたのです。
そんな境遇のせいでしょうか、親に捨てられていた――なんて口さがない者がおりますが、私は、そうではないと思うのです。
きっと、何か事情があってのことだと思います。でなければ、何か事故とかで。

エイトは、あまり自分から話すことはありませんでした。
皆が居る輪の中にも入らず、一人で佇んでいることが多かったように思えます。
城の者は皆、私も含めて、エイトに近づきたくて、話しかけたくてそわそわしていたのですが……けれど何と言うか……その、気後れしてしまって。
上手く接することが出来なかったのです。話しかけることすら出来ませんでした。

いいえ。嫌いだから、とかそういう理由からではないのです。
どう言ったらいいのでしょう……。
そう、誰かの言葉を借りて言わせて頂くとしたら、「孤高の存在」――そう、申せばいいのでしょうか?
エイトは、泣くことも、怒ることも、そして――笑うことも、ありませんでした。
ああ、でも、私には時々……気のせいかも知れないのですが、笑ってくれたことがありました。

あれは、ある日の夜のことです。
エイトが城の屋上にいました。一人で。
星でも見ているのか、上を向いていましたので、私は気になって、声を掛けて傍にいきました。
「エイト、こんな夜更けに何をしているのですか?」
そう問えば、エイトは姿勢を正すと、こちらを向いて答えました。
「……姫。……、俺は、今夜は朝まで見回りですので、ここに居るのです。」
そういえば、エイトは兵士なのでした。
私は舞い上がっていて、その事をすっかり忘れていたのでした。今思えば、恥ずかしい限りですが。
「……姫は……どうして、ここに?」
静かな声でエイトが訊きます。抑揚のない声は、どこか冷たく響くような……。
「私は、少し星が見たくなって……。」
嘘を付いたのは、もしかしたらそれが初めてだったのかもしれません。
本当は、エイトが一人で居るのが見えたから……そう言えたら、どんな良かったか。
けれど、私にはその勇気がありませんでした。
エイトは私の言葉に、軽く頷きました。
「星、ですか……。」
「はい。」
「……。」
「……。」
話は、そこで途切れてしまいます。
エイトは、どう思ったのでしょう。
不意に私から距離を置くと、くるりと背を向けたのです。
「エイト?」
怒ったのか、それとも気を悪くしたのか。
不安で、呆然と立ち尽くしていると。
「……。」
エイトが急に振り返り、そして――……。

ふわり、と。
何か温かいものが私の肩を覆いました。
それは、大きな毛布でした。

「あ、あの……エイト、これは?」
両肩に掛かるそれが落ちないよう、手で支えながらエイトを見ると、エイトは静かな口調で答えました。
「夜は、空気が冷えています……俺のもので失礼ですが……宜しければ。」
「これは、エイトの毛布なのですか?」
「……はい。申し訳ありません。……不快でしたら、どうぞ、そのまま……払い落として――」
「――そんなことはありません!」
「……姫。」
思わず大きな声を上げた私に、エイトが僅かに驚いたような顔をしました。
ですが構いません。
「不快、だなんて……そんなこと、言わないで下さい。」
「……。……申し訳、ありません。」
私が、怒っていると思ったのでしょう。
エイトが深く頭を下げるので、私は慌てて言い直しました。
「いいえ、いいえ。咎めているのではないのです、エイト。違うのです。どうぞ、頭を上げてください!」
「……姫?」
私の懇願に顔を上げるエイトの、その手を取って。
「貴方の心遣いを、私は嬉しく思います。……ありがとう、エイト。」
そう言って微笑んでみせれば。
「……良かった。」
私は、この先ずっと忘れないでしょう。
エイトがそう言って、小さく微笑した光景を。
本当に、それは女性である私でも見蕩れるような、美しいものでした。
エイトはあまり感情を露にすることはないので、知らない方々は彼のことを”冷たい人間”だと思うかも知れません。

ですが、違うのです。
エイトは、心温かな方だと思います。
大切な私の幼馴染なのです。
……ああ。私ったら、長々とお話をしてしまいましたね。ごめんなさい。
それにしても、エイトは遅いですね。もうそろそろ帰ってくる頃合なのですが……。

――あら。向こうの方が賑やかになりましたね。エイトかもしれませんよ。
ねえ、貴方も行ってみましょう?

とある姫君の思い出話