Deadly Heaven
5
城で死に損なってから、どれくらいの月日――いや年月か?――が経ったことだろう。
そんなことは、もうどうでも良い。時間の感覚など、無意味なだけだ。
あれから俺は、一人で各地を彷徨い歩いている。
求めるものは何も無い。ただ、当ても無く歩いている。各地を転々と。点々とした血の跡に沿って。
時々、戦場に身を置き、大した意味も無く剣を振るっていることもある。
死なないと約束した筈なのに、俺は死と対峙するようにそこに立つ。そこで展開される人の死や生について、興味など無いのに。
何も無く、そこに立つ。
俺は死んだら、彼らに逢いに行くことが出来るだろうか――いや、この穢れ堕ちた身では、同じ場所に逝くことなど出来はしないだろうが。
そんな、漠然としたことのみを思って前に進む。
生きている意味など無いのだから、仕方がない。
◇ ◇ ◇
時々、たまに……いや、極稀に、俺はイシュマウリの居る世界へと足を運ぶことがある。しかし、それは会いに行くのが目的ではない。生きている、という約束を果たしているかどうかの確認の為だ。
――少なくとも、俺はそう思っている。
「おかえり……エイト。」
イシュマウリは微笑して、俺を迎える。まるで家族か何かのように、優しく、暖かに。
でも、俺が表情に出すことは何も無い。ただ短く返答して、頷いてみせるだけ。
俺の家族は、あの城の中にあったもの全てだった。あれ以外のものを、俺は認めない。
イシュマウリは相変わらず穏やかな物腰で、俺に話しかけてくる。
「食事は、ちゃんと摂っているかい? 睡眠は? あまり、無理をしてはいけないよ。」
それに対し、俺は眼を伏せてひっそりと溜息を零すのみ。
俺なんかの身など、心配するだけ杞憂だ。
生きていたってどうしようもない存在なのに。
俺などに、意味なんか……価値なんか、無いのに。
「――そんな事を思ってはいけない。」
途端に、険しい表情をしたイシュマウリに咎められた。心が読めるのでは無いのだろうが、何となく俺の心情を察したのだろう。全く、いちいち敵わない奴だ。
「……俺が俺のことをどう思おうが、勝手だろう。」
入り込んでくるな、俺に――と。
視線だけで告げれば、返ってきたのは寂しげで、けれど慈愛が含まれた微笑。
そこにあるのは、柔らかな月の光。
否、それは正しく彼の人自身の光彩であるかもしれない。
「……っ。」
堪らず視線を逸らす。
仄かな光であっても、今の俺にはそれすら眩しすぎる。
(何で……そんな顔が出来るんだ。)
俺からの見返りなんか、何も無いのに。俺なんかに……望むものなど――。
「君は、君だよ。それ以上でも、以下でもない存在。だから、そう自らを嗤笑しないでほしい……月が泣くほどに、今の君は悲しすぎる。」
イシュマウリのその言葉に、俺の逸れていた視線が向く。
「月が……泣く?」
「ああ。月は陰の象徴。龍の揺り籠。君の哀しみに……痛みに、共鳴して泣いている。それは、私にも伝わってくるのだよ。……痛いくらいに、伝わってくる。君の、心が。」
「俺の……せい、か?」
「エイト。」
返す言の葉は、刃。
その切っ先を突きつけるように、酷い言葉を口にする。
「月が……お前が悲しいのは、俺のせいか? ならばいっそ、俺なんか居なくなってしまった方が良いだろう? 俺が消えてしまえば、もう誰も何も悲しくないだろうし、痛まない――違うか?」
「――。エイト……。」
俺の台詞に、イシュマウリは黙って眼を閉じ、悲痛な面持ちで首を横に振り、それっきり……沈黙した。
……俺は、ずっとこうだ。相手の慈愛も労わりも、何もかもを受け付けず拒絶し、そして突き放す。
諸刃の刃のように、俺自身にもそれは還ってくるというのに、構わずに刃を振り下ろす。深々と。
いつか、自身の心の臓に突き刺さるだろう。
死の宣告のように、慈悲など無く。
――それで良い。そしてそのまま死ねばいい。
それは酷く歪んだ切実な、渇望。望み。願い。
月が泣くというのなら、勝手に泣いていればいい。慰めるのは、俺じゃない。
「……勝手に泣いていろ。」
俺はもう、涙なんか出そうにないから。
だから――涙が出せるうちに、存分に泣けばいい。
今の俺には、それすらも羨ましいことなのだから。