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Deadly Heaven

9



舞い振る砂塵、散り逝く命。
その日々が変わらぬ現状で生きる。
人は脆い。
愚かしく、利己的で欺瞞、強者に弱く、弱者に強い。
欲の塊、その成れの果て。
戦場で思い知らされるのは、いつもそんなこと。
溜め息だけを一つ吐いて、俺は今日も、静かな檻へと戻る。


◇  ◇  ◇


「……ただいま。」
誰も居ない廃墟の城。
返る言葉も迎える人も居ない。
それでも俺は足を踏み入れる度に帰宅の挨拶を返す。
刻が止まった世界。周囲を見れば生々しい血の跡が、残像のように残っている。
何度も洗い、拭い、擦ってみたのだけど、それらの血痕はどうしてか完全に落とすことが出来なかった。

忘れないで、と。
言われた気がした。

冷えた空気だけが漂う城内は、静謐の棺と化している。
王の居ない玉座。人の気配すらない無人の城。
この場所を、俺はずっと守り続けている。
イシュマウリとの会話の後、自身の血を使って結界を敷き、この場所の存在感を消して人の目に触れさせぬようにした。
ここは何人をも立ち入ることを許さない、絶対聖域。

誰も赦さない。――許すものか。

自分が使っていた部屋は、今もそのままにしている。
埃すら散らないベッドに腰掛け、錆びた色をした天井を仰ぐ。
「……。」
そうして目を閉じれば、浮かぶのは鮮やかな過去の邂逅。
今でも色褪せない鮮明なそれに触れながら、思うのは只一つ。

逢いたい。

「……逢いたいんだ……皆……陛下……姫……――ミーティア……っ」
もう一度、笑って。
名前を呼んで。
「何で……――どうして、こんな……」
こんな世界に、置いて逝った?
俺だけを、一人遺して。

もう一度逢いたい人たちは、夢にすら出てこない。
彼らの姿、在りし日の情景は、あの日の惨劇のものでのみ夢の中で展開される。
どこもかしこも血塗れで、飛び散る肉片、動かない友。
王座の壁に「吊られた」王。
部屋にて陵辱のままに残された姫君。
誰も彼も、もう微笑んではくれない。
誰も彼も、青褪めていて――冷たくなってしまっていて。

正に悪夢。
眠るたびに訪れる。
罰として。
声を張り上げ叫んでみせても、誰も居ない。応えも無い。
いっそ、この身など砕けてしまえば良いのにと。
そんなことばかり、思う。

錆びた死の匂いだけが染み付いているこの場所は、やがては朽ちて砂塵と化すだろう。
それでもココは、自分にとって唯一の――最後の、拠り所なのだ。
灯火すら点かない冷たい部屋で、膝を抱えて肩を抱く。
零れるのは呟き。

「俺も、皆の所へ呼んでください……。こんなのは……嫌です……」
途切れ途切れに吐かれた声は、次第に震えて弱くなり――いつしか、小さな嗚咽と化した。

”エイト――愛してます”
遺された残像が想いが蘇る。
――けれど。
”貴方は、何があっても生きてくださいね。”
それらはどうにも眩しすぎて、苦しくて。

「何で俺は生きているんだ……っ」
あれからずっと、考えている。
自分の生きている意味を。
彼らが犠牲になった、必要性を。
答えは見つからなくて、見つけることすら億劫で。
夢が、言葉が、想いが、辛くて。
生きているこの毎日が悲しく、重く圧し掛かり、息をすることすら痛い。

どうして死が許されないのか。
何をしたら赦されるのか。
彼らを犠牲にしたこの命に、存在に、一体どれくらいの価値があるのか――そればかりを、考える。


捨てきれない憎悪