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Pandoratic Balance

3



一人で行きたくなかった。
討伐が……人を傷付けるのが、嫌だからというのもあるけれど。

本当は、一人が嫌なのだと。
そんな事を言ってみせても、あの人の印象を益々下げてしまうだけだから、結局は何も言えず。
命令に従い、今日もまた一人で一つの罪を重ねていく。
願った慕情は欠片すらも募らず、罪だけが形として残っていく。

殴られた箇所が、今も熱い。
そこだけが唯一の温もり、なんて……。

――兄様。俺は……。


◇  ◇  ◇


「お前ら馬鹿か!?」
パルミド南東にある森の中で、一喝するような素っ頓狂な声が一つ上がった。
喝を受けた相手は子どものように項垂れ、力無く言い返す。
「……仕方なかったんだよ。他に、方法が――」
棘の付いた兜を被った男がまだ喋っている途中であったのだが、目の前に立った青年はその言葉を遮るように矢継ぎ早に言った。
「仕方ない、じゃねぇだろ! そりゃ、事情は分からなくも無いが……でもな!
だからって、こんなことするのは大馬鹿野郎なんだよ!」
「じゃあ、どうすりゃ良かったんだよ俺たちは! そのまま諦めて、死ねとでも!?」
「待て、誰もそこまで言って無いだろ? ……とりあえず、俺が出来る限りのことはするから。」
「……そう、か。すまねぇな……。」
何とか男をなだめたところで、一喝していた青年は――ククールは自分も落ち着くために深く溜息を吐き、頭を掻いた。

――時は、少し前に遡る。

たまたまパルミドに個人的な用事があったので、ククールはその日、その町を訪れた。
そして寄ったついでとばかりにカジノで簡単に、けれどもしっかり楽しんだ後、まだ外が明るい内に帰ろう、と戻る矢先に襲われたのだ。
この説教相手の男連中――いわゆる、”野盗共”に。

開口一番が、「金目の物を出せ」だった。
しかし、金を出せと言われて素直にハイそうですかと渡す程にククールは優しくは無く、また一応、兵士であったので見逃す筈も無く。
手加減しつつ、それでも悪行は悪行なのできちんと痛めつけ返したらば、意外や意外、野盗共は何とパルミドの住人であった。
これがパルミドの流儀なのだろうかと思ったが、念の為に話をよくよく窺ってみれば、何とも切ない事情に出くわすことになった。

何でも彼らは、ここ最近の収入が少なく、また税金が増額されたのもあって、上に税金軽減の申し立てを行っていたらしい。
だが、願いは上に届かないのか握り潰されているのか、厳しい税金徴収は相変わらずで、このままだと皆、飢え死にしてしまう事態にまで追い詰められた。

その結果、彼らは徒党を組み、仕方なくここを通りかかる人間を襲っていたらしい。
ただし、狙うのは貴族階級や商人などの羽振りの良い輩のみで、奪うのも金品だけと決めているとの事。
とは言っても、標的に選ばれた方は堪ったもんじゃないのだが……まあ、殺生だけはしないと固く誓い合っているらしいので、マシ……なのだろうか?
いやいや、結果が結果だけにどうにも判断がつかないが――「悪いこと」であるのは確かだ。
ククールは溜め息を吐き、額を押さえる。

「……はぁ。しかしな、お前ら。これが物騒な奴らの耳にでも入ったら、大事になるんだぞ?」
こめかみを揉みながら言えば、兜の男――名はヤンガスと言った――が、少し驚いたような顔をして、それから直ぐに笑った。
「オイオイ、驚かすなよ……。なんだよ、その、ブッソウな奴らってぇのは?」
「……蒼灯の騎士サマ率いる、”討伐部隊”だよ。」
「げっ! あの、”掃討”部隊か!?」
ククールの言葉に、その場に居た全員の顔色が蒼白と化した。

『蒼穹幻灯部隊』
通称、蒼灯部隊。だが、いつの間にか付いた名は”掃討”部隊。
その通り名の示すとおり、彼らは慈悲も無く処分対象を無言に制圧するという、最強かつ最凶悪夢の部隊である。
彼らを前にして生き残れる確率はゼロに等しく、また逃れられたものは居ないと言われているが、真偽の程は証言者が”残っていない”ので確認できずにいる。
だが――その存在と結果は”事実”。

別の男が、青褪めた顔をして呟いた。
「ま、まさか……こんな、ちっぽけな俺たちになんかに、あんな大層なところが動くわけ――」
「――無い、と本気で思ってるか? ……だとしたら、それは甘いぜ。」
名前が出ただけだというのに完全に怯えている男を見据え、ククールは凍りつく説明を続ける。
「忘れたか? あいつらの通り名は、何だった。」
「そう、とう……、……ああ、そんな、まさか――!」
遂には他の男達までもが恐怖で怯え、頭を抱え出した。
それを見て、ヤンガスが不安げに眉根を寄せる。
「俺たちは、どうすれば良い? ……今からでも遅くない。逃げた方がいいのか?」
「いや……逃げ切れるんなら、な。」
「何?」
「後ろ。……来たぜ。」
「ひぃっ!?」
ククールの視線に、皆が一斉にそちらを振り向いた。
すると――森の陰から生まれ出るように、人影が出現した。音も無く。
相手は、何か長い布のようなもので顔を覆い隠すようにしているので、正体が窺えなかったが、けれども纏う気が尋常じゃないということだけは嫌でも分かった。
それは鍛錬を積んだものでなくとも容易く判別が出来る程に、深い恐怖の色を漂わせていた。
否応にも感じられるその気配は、まるで死の切っ先を向けられているような錯覚にすら陥る。
冷たく底の知れない殺気。
錯覚が現実であるという証拠に、底冷えのするような声が放たれる。

「――乱す者よ、汝らに永遠の静寂を授けよう。」
静まり返る森の中に響いたのは、肺腑を凍りつかせるような宣告。
男達が立ち竦む中、ククールだけがどうにか理性を保ち、応戦する為に腰元に下げていたレイピアに手を伸ばした。


◇  ◇  ◇