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Absolute Emperor

3. 謁見、のち帰還許可



この素敵な暴君――もとい、エイトの後に着いて里に入った瞬間、針のような視線がこちらに集中するのを感じた。
文字通り、刺すような視線だ。侵入者を刺し殺すような。
そのあまりの刺々しさに居心地悪さを覚え、俺がもぞもぞとしていれば、様子に気づいたエイトが笑いながら言った。

「ああ、気にするな。人が珍しいだけだ。他意は無い。」
そういう問題か?
それに「気にするな」と言われても気になるのだから、仕方ない。
何故なら俺に向けられている視線が、好奇な人間を見る、というよりはどう考えても敵意に近いものであるように感じるからだ。
辛うじて殺意ではないのは、俺の側にエイトが居るからだと思う。多分。

「……気にならないわけないだろ。」
憮然と呟いた俺に対し、エイトはといえば、始終、奇妙な笑みを口端に浮かべたままで、それ以上何も言うことは無かった。迷子になった子供をあやす様な視線で俺を見て、一笑に付したのみ。
……おい。何だよ、その笑いは!?
俺がそんな事を言い返そうとした丁度その時、とある家から出てきた爺さんが、俺たちを見るなり血相を変えて叫んだ。

「エイト!? なんじゃ、そ奴は!」
凄い形相で走ってきた爺さんに向かって、エイトは飄々とした顔で答えた。
「ん? 何って……人間、だろ? 門前に落ちてたから、拾ってきた。」
「……オイオイ、人を物みたく言うなよ。」
「ん、気にするな。」
エイトは俺の抗議など簡単に一蹴すると、爺さんのほうへ向いてケラケラと笑いながら、こんなことを言い放った。
「なんだか面白そうだから、竜神王に会わせてみることにした。」

「「なにーーーー!?」」
俺と爺さんの絶叫が、見事にシンクロした瞬間だった。


◇  ◇  ◇


「――王よ。起きているか? 面白いものを連れて来たぞ。」
「いや、エイトお前……相手は神様だろ? もうちょっと、その口調何とかしろよ。」
「細かいことを言うな。俺も王も、そんなことは気にしてない。」
「……。」
頭痛がし始めたので、額に手を当てて盛大に重い溜息を吐いた。
ちなみに、先程の爺さんは持病の癪を見事に再発したらしく、出てきた家の中へと憂鬱そうな足取りで戻ってしまったが、今となってはその気持ちが分からないでもない。
やれやれ、と――苦笑しかけたのも、束の間。
エイトと共に部屋らしき中へ足を踏み入れた俺は、今度は苦笑どころか度肝を抜かれた……いや、目が点になったといえばいいのか?
とにかく、思考が止まった。

俺の目に飛び込んできたのは、視界いっぱいの物体。それが”龍”だと気づくのに、そう時間は掛からなかった。
これが、エイトのいう竜神王だろう。眠りについているのか、眼を閉じていて動く気配は無い。

「……でけぇ。」
俺の唖然とした呟きを聞きつけたエイトが、隣で笑う。
「あっははは! 素直な感想だ。」
俺のとる反応の、何がそこまで可笑しいのか。エイトは一々大笑する。それも、嬉しそうに。
「そうだろう、無駄に大きいだろう? 俺も、もう少し縮んだらどうだ、と言ってみたのだがな。これはこれで、どうにもならんらしく、この様だ。」
「……無駄に大きいって……このザマって、お前……。」
竜神王に対して何という暴言を吐くのか。他人事ながら、冷や汗が落ちる。

その時、眠りから覚めたのか龍が眼を開けた。
射抜くような視線に俺は堪らず後ずさりかけたのだが、エイトが俺の腕を掴んでそれを止めた。……有り難くて、涙が出そうだった。
感謝して、という意味では勿論無い。

「エイト、か――何だと言うのだ? 我はまだ覚醒する時間では無いのだが。」
竜神王が不機嫌そうに唸るも、エイトはククッと笑って言い返した。
「白々しいことを言うな。どうせ、これが道に落ちていた時から眼を覚ましていたのだろうに。」
「……。」
エイトの言葉に竜神王が黙る。図星か。となると、進退を決めているあの時も、門の前で悩んでいるあの時も、様子を窺われていたわけか。
(”見てた”んなら、応答なりなんなりかしてくれりゃあよかったのによ。)
俺は内心で愚痴を零すが、表情には出ないように気をつけた。俺はただの聖堂騎士で、超人でもなんでない。尾のひと薙ぎだけで、あっさり死ねる身だ。
そんなことを考えている俺を竜神王は一瞥し、後は視線をエイトに留めると、ふんと鼻を鳴らした。苦笑じみた声が答える。

「全く、そなたには敵わぬな。……少し、待て。今、姿を変える――。」
相手が言い終わる前に、眩い光が空間を走った。
白光に染まる視界。あまりの眩しさに、俺は堪らず眼を閉じる。そして、次に眼を開いた時には、眼前の光景が変化していた。

室内一杯のそれが消えているので、クリアになる視界。目の前には、人の姿をしたものが立っていた。威厳と聡明な雰囲気を、その身に静かに湛えている。
誰だ?――訊かずとも、答えは分かっていた。
これが、竜神王だ。
エイトが、満足げに頷いた。
「ああ、その方が良い。上を見ながら話すのは、首が疲れて仕方ない。」
そう言って、からからと笑う姿は堂々としている。エイトは、態度も口調も全く変える気がないようだ。不遜、というか無礼というか……。
エイトを見ていると俺は、ひやひやして仕方がない。こいつが何か言う度に、いちいちビクリと反応してしまう。本来なら他人事で、俺には関係が無いのに、だ。

「何故、人を連れてきた?」
空間に広く響き渡る声は、静かなものながらも重みがあった。
――これが竜の声なのか。肺腑にずしりとくる威圧に、背筋が伸びる。
だが、龍の姿の時ほどの震えはない。人の姿を見たことで、無意識に親近感を覚えたせいか。
エイトはといえば、やはり臆した様子も無く平然としている。
「何故? 明確な理由は無いぞ。」
その言葉に、竜神王が眉を寄せた。僅かに怒りを滲ませた眼で見返しているのだが、当の本人はそれを受けてもケロリとしている。
「そんな顔をするな。美形が台無しだぞ?」
薄い微笑と共に返す言葉は、淡々とした軽口。ククールが額に手を当てる。
誰のせいだ、誰の!――そう言ってやりたかったが、どうにか飲み込んだ。
この二人は、どんな関係なのだろう? 親子か、親友か――それとも、恋人か。
分からないうちは、むやみに首を突っ込まないほうが無難だろう。
人の身にはきっと過ぎた秘密が彼らの間にはありそうが、その好奇心は身を滅ぼす。
それに、ククールには言いたい台詞が別にあった。

「……エイト。俺も聞きたい事があるんだが、良いか?」
全てに慣れはじめてきた頃、やっと勇気を出して口を開いてみれば、エイトが俺を見て眼を細めた。
「うん? ようやく口を利いたかと思えば、質問か。何だ?」
エイトの視線と、竜神王の視線が俺に集まる。
それらの視線を受けて引き攣りそうになりながら、俺は毅然とした態度を何とか装って言う。

「俺は、地上へ……仲間のところへ帰りたいんだが。」
「それは叶わぬ。」
「ああ、構わないぞ。」
否定と肯定の言葉が重なった。
俺が二人を交互に見ると、片方は不機嫌で、片方は機嫌が良かった。
ちなみに、否定したのが竜神王で、肯定したのがエイトだ。
「そう言うな、王よ。」
エイトが竜神王を見据えた。その表情に浮かぶのは、絶えない微笑。
「還してやれば良い。元々、あれが――レティスが、これにぶつかったんだ。そのせいで、これはココへ飛ばされてしまった。……だろう?」
「む……。」
竜神王が、唸って沈黙する。だが、俺は沈黙しなかった。
「おい、待てよ。何だよ、それ!?」
頭の中で、不可解な謎だけがぐるぐると渦を巻いていた。

レティス? 飛ばされた?

「激するな、ククール。詮無いことだ。」
声を荒げるする俺に対し、向けられたのは、やはり微笑。しかも、今度は思考を麻痺させるような妖しく綺麗なもので――それを向けられた途端、俺の怒りが何故か消失する。……何て恐ろしい効果だ、と思った。
そんな俺を、エイトはどう感じたのだろう。今度は笑みを苦笑交じりのものに変えて、言う。
「そんな顔をするな。――安心しろ、お前は俺が還してやる。」
「エイト、それは掟を破る行為だ。……認めることは出来ぬ。」
何処までも帰宅を許さない竜神王の言葉を聞いて俺が気落ちしかける前に、エイトが高らかに笑って言い返す。
「掟だと? ははっ。そんな了見の狭い判断を下すな。責任は何にあるのか、理解しているのか、王よ?」
「だが、その者は人だろう。ここは、禁断の地。人を入れ、また容易く還すなどというのは出来ぬ相談だ。それに、他の者にも示しが……。」
「――竜神王。」

びり、と空気が震えた。
エイトの顔からは笑みが消え、その瞳にあるのは底冷えのするような光。
凍て付く怒りが、竜神王を射抜く。側に居る俺にすら、それが伝わり背筋をじっとりとした汗が流れるのを感じた。
そんな空間に、悠然とした声が響く。

「責任は、何にあると言った? 示しがつかぬと言うならば、まず神鳥から殺してやろうか?」
「――エイト!」
そのあまりに物騒な台詞に竜神王が声を荒げるが、エイトは一層冷ややかな視線で相手を見ながら言葉を続けた。
「竜神王、再度言う。――これを、還してやれ。」
「……。分かった、許可しよう。特殊な例だが、仕方あるまい。レティスには、我から気をつけるよう言っておく。」
竜神王が長い沈黙の後で深い溜息を吐いてそう言うと、エイトに笑みが戻った。

「それで、良い。物分りが良いのは好ましいぞ、竜神王。」
にこりと笑ってそんな事を言うエイトに、竜神王が情けない顔をして苦笑したのが見えたが、俺はそれに気づかない振りをした。ここで竜神王の機嫌を損ねてしまっては振り出しに戻ってしまうのではないか、と思ったからだ。
何にせよ、俺は無事に帰れるらしい。
あの懐かしくも七面倒くさいものが待つ、地上――俺の、世界へ。