Absolute Emperor
4. 帰還、またいつか
「ククール、どこ行っちゃったんだろう……。」
「さぁなぁ……買い物に出て行ったのは知ってるんだが……。」
「案外、迷子にでもなっとるんではないか?」
「王~様~……幾らなんでも、それは無いでしょ。」
「あの年で迷子はなあ……。」
地上では、ゼシカやヤンガス、そしてトロデ王がククールの失踪に戸惑っていた。
あれから二日。
彼は一体どこに消えてしまったのかと皆は心配したが、探せる場所は全て探し、そうして手段が全く無くなった今、出来ることは無事を祈るだけで。
「まさか、あやつ……逃げたのではあるまいな?」
そうトロデ王が口にすれば、ゼシカがキッと睨んで言い返した。
「ちょっと、それは言い過ぎじゃないの?! そりゃあ、あいつは、いい加減で女性関係にはだらしなくて軽薄で浮ついてるしギャンブルには眼が無くていつか絶対身を持ち崩しそうな奴だけど……そんな、勝手に途中放棄して逃げる人間なんかじゃ無いわ!」
「ゼシカの姐さん、それはそれで少し酷ぇんじゃ……。」
「酷いっつーか、過剰に言い過ぎだろ!」
空から、聞き覚えのある声がした。
全員が何事かと空を見上げるも、それより早くに声の主が皆の前へ降り立った。
「ククール!?」
まず驚いた声を上げたのは、ゼシカ。足早に相手に近づくと、勢いそのままに話しかける。
「あんた一体今まで何処に居たの!? どうしてたのよ!? もう、バカッ! ……皆、心配してたんだからねっ!」
険しい表情で一気に言い攻め寄られ、ククールは苦笑交じりの笑みを浮かべた。
「不可抗力だったんだ――つっても、どうにも説明しにくいんだが、ちょっとした面倒事に巻き込まれてな。」
「――なぁ。それよりも……お前の後ろに居るのは、誰なんだ?」
ヤンガスがそう言って、ククールの背後の人影を指差した。それを聞いたゼシカや王……馬姫も、そちらへ視線を向けた。
その先に、両腕を組んで傲然と立つものが居た。
その様はまるで凛とした花。ただ立っているだけなのに、眼が、意識が吸い寄せられた。距離があるのに、離れていても感じられる美貌に惹かれる。
皆が、そうやって呆然とする様を見て、ククールが頭を掻いた。
「あー……なんというか……事実上、いちおう俺を助けてくれた奴だ。」
ククールがそう言って”それ”に視線を合わすと、相手が艶然と微笑した。
「ふ。助けた訳ではない。ただ、責任をとったまでだ。――お前たちは、これの仲間か?」
彼の視線の先には、ゼシカが居た。
「え? ……ええ、そう……だけど。」
頬を紅潮させて、こくりと頷くゼシカ。
どうやら、目の前の人物の美に完全に当てられたようだ。それを更に増幅させるように、相手が艶やかに笑む。
「心配、したのだろう? 心を痛めさせたようだな。……すまなかった。」
綺麗で涼やかな声が、一同の心に侵食するように響いた。
相手の謝罪の言葉を受け、ゼシカが、ヤンガスが、大きく首を振って叫ぶ。
「そんな……そんな、良いのよ! だって、こいつがきっと悪かったんだろうし!」
「そうだぜ、あんたが謝る事はねぇんだ!」
「……お前らなぁ。」
見れば、トロデ王と馬姫も彼らに合わせるようにして、うんうんと頷いていた。
彼らは誰も真相を知らないというのに、エイトに加担している。
そんな薄情な仲間の姿に、ククールが「はぁ……」と額に手を当てて呻くと、隣からくつくつと笑う声がした。
見れば、エイトが目を細めて苦笑している。
「……エイト、お前なぁ。」
ククールがじろりと恨めしげに睨むと、相手は笑いながら片手を上げた。
「いや、悪い。嘲弄の笑いではない。――良い仲間を持ったな。羨ましく、思う。せいぜい、大切にすることだ。」
語るその眼には、非常に穏やかな光があった。
どきり、とククールの胸が鳴る。
「……大切、ねぇ。……ま、仲間だしな。」
思わず目を逸らしてククールが呟けば、エイトがにやりと口端を上げて言う。
「素直では無い――が、まあ良い。……さて、俺は還るとしよう。あまり遅いと、王が煩い。」
「ん、……何だ、もう帰るのか? もう少しゆっくりしてけよ。礼もしたいしさ。」
ククールの言葉に、エイトは静かに首を振る。
「すぐ戻ると言っているので、それは叶わない。……我ながら、惜しい確約をしたものだ。」
言うなり、エイトの背にばさりと大きな龍の羽が出現した。
「――そんなわけで、又の機会にしてくれ。」
「――エイト!」
ククールが名を呼ぶと、相手が肩越しに振り返り、微笑む。
「愉快な時間だった。感謝する。――では、な。」
そして今度は振り返ることなく羽ばたく音を立てて、空に消えていった。
後には、心奪われて空を茫然と見上げる仲間たちが居るだけ。
ククールも同じように龍が消えた空を見上げ、それから少し寂しげな微笑を浮かべた。
共に居た時間は短いのに、別れが非常に名残惜しかったもだ。
また逢えるといいんだがな。
掌の上に舞い落ちた柔らかな龍の羽根を見つめながら、ククールはそんなことを思った。