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Nightmare×Knight

[1] 始まりはNightmare 2

どうして俺を避ける? ――こんなにも愛しく想っているのに。



エイトの様子が、おかしい。
それも、かなり本格的に。

例えば、会話の時。
いつもそうするように肩に手を回し囁くように声をかけると、過剰な反応をするようになった。前は、鬱陶しそうに眉を顰めるか、呆れたように溜息をつくか……そんな、冷めた反応だったのに。
例えば、戦闘の後。
大概は怪我が無いかとか薬草などは足りているかとか、それこそお前はドコの母親だとばかりに口煩く世話を焼いてきていたのが、最近では袋の大きさから中身を確認でもしているのか、ちらりと見て、何も言わずに立ち去ることが多くなっている。
一体これは何なんだ?
ククールは、先程あった出来事を思い出す。

町の様子と酒場を軽く見回って退屈を紛らわせた後、宿に向かうエイトの姿を見つけた。それなりに人通りのある中で、エイトを直ぐに見つけることが出来たのは、最近どうにも沈んだ表情をしていたので気になっていたせいもある。
まあ、あの頭に巻いている赤いバンダナが目印になっているのもあるだろうが。
なので足早に近づき、「よう、体調はどうだ?」と肩に手を置いた――ここまでは、いつもどおりだった。
けれど、そこから先が違っていた。
肩に触れた瞬間、エイトが、ぎくりと身体を強張らせたのが見えた。
驚いたのか?――と思っていたら、勢いよく振り返り、肩に置いた手を思い切り払うとそのまま向こうへ走っていってしまったのだ。

「え。な、……エイト?」
痛みを感じる暇も、呼び止める隙も無かった。あまりにも一瞬のことだったので、人目に留まらなかったのがせめてもの救いか。
「……何だよ、これ。」
嫌われたわけではない……と、思いたい。
エイトの性格を考えると、ハッキリと口にする筈だ。……と、思っておきたい。
「なんなんだろうな?」
払われた手を擦りながら、一先ずエイトの居る部屋へと向かうことにする。

(なぁ、エイト。俺、何かしたか?)
(気に入らないことがあるなら、言ってくれ。気をつけるから。)
(それとも、具合でも悪いのか? 熱は? 痛いところは?)
(何か心配事でもあるのか? 俺でよかったら、相談に乗るぜ?)
階段を上がりながら、頭の中で質問する事柄を並べていく。

(いや、そりゃ……今まで色々してきたけど。……夜這いとか、不意をついて口付けたりとか。)
さすがに思い当たる節が多すぎた。小さなことから、それこそ軽い冗談では済まされないような余計なことまで。ククールはここで、少しばかり青褪める。

「まさか、本気で嫌いになった……とかじゃねぇよな。」
……そんな、今更。
今になってようやく芽生えた不安と懸念を誤魔化しつつ、辿り付いたエイトの部屋の前に立つ。
気休めに深呼吸をしてから、ゆっくりと――控えめに、戸を叩いた。
コン、コン。
……返事は無い。
なので、もう一度、戸を叩く。
コン、コン、コン。
……やはり反応はない。
中は静まり返ったようになっていて、物音すらも聞こえず。

「……居ないのか? おい、エイト――?」
ドアノブに手をかけると、キイと小さな音を立ててドアが開いた。
鍵が掛かってない。無用心だな、と苦笑しながら、それでもこの幸運に預かって中に入るくらいにはククールはちゃっかりしていた。

部屋の奥のベッドに、人影。こちらに背中を向けて横になっているので顔は見えないが、どうやら寝ているらしいことが分かる。起きていたなら、ノックをした時点で何らかの反応があった筈だ。
「エイト? ……寝てるのか?」
一応、鍵をかけてから――誰に対する用心だろう?――特に返事を期待しないで、側に寄った。
ベッドの空いている端にそろりと腰掛けて、顔を覗き込む。
ぎし、と僅かにベッドが軋んだ音を立てたが、エイトが目覚める気配は無い。
「エイト?」
なにげなく前髪に手を伸ばし、そっと掻き揚げると寝顔がよく見えた。
どこか辛そうに見えるのは、気のせいか?
ふと、さっき町で声を掛けた時、様子がおかしかったのを思い出す。
「熱は……無いな。じゃあ、ただの疲れか――?」
「ん、……」
そんなことを考えていた時、エイトが眉を一層寄せて呻くのが聞こえた。
「……エイト?」
「……う、……ひ、と……」
「――?」
小さな声は掠れて。
聞き取ろうと顔を寄せ、口元に耳を近づけた時に音を拾う。

「一人、に、……しない、で……、……っ」
迷子になった、子供のような声だった。短い呟きだったが、そのあまりにも頼りない不安な声音はククールの胸を強く締め付けた。
……初めて聞く、声だった。いつも強気で凛とした兵士のそれではなく、聞いていて辛くなるような、縋りつくような子供の呼び掛けに似ていて。
「エイト……。」
ククールが手を伸ばし、その背を慰めるように優しく撫でると、不安そうにしていたエイトの表情がやや軽くなった。
「……ん、うん……、……あ――?」
そうしている内に、エイトが目を開けた。それが慰めた為か、触れたせいなのかは分からない。何回か瞬きをしてから人の気配に気づいたようで、ゆっくりと目線を上げた。

「……。」
「……。」
二人とも、無言だった。
互いにじっと見つめ合ったまま、時間が過ぎていく。

「……よお。お早うさん」
先に言葉を発したのは、ククールだった。極力、普段通りを装って――先程のことなどまるで気にしていない感じで声をかけたつもりだった。
「……ク、ク……ル?」
エイトは確かめるように名を呟いて、少しの間ぼんやりしていたが、やがて相手の正体を完全に確認して――ざあっと一気に顔色を変えた。

「な、にっ……――勝手に部屋に入って来るなっ!」
覚醒した途端、エイトは機敏な動作で飛び起きるなりククールを両手で突き飛ばした。
「いって、っ……――お前なぁっ……!」
ベッドから落ちる寸前のところを何とか耐えたククールは、エイトの怒りに触発されて激昂する。
せっかく慰めてやったのに、その態度は無いだろう、という気持ちも拍車を掛けた。こちらも騎士らしくサッと体勢を立て直すと、相手を突き飛ばしてそのままベッドに押さえつけた。

「……。」
「……。」
そしてまた、互いに無言になる。
今度は獣のように睨み合って。
静かな空気が一転して張り詰めた薄暗い室内、鍵のかかった檻の中。
睨み合うのは臆病な獣と戸惑う獣。


話を、したかった。心を、聞きたかった。――支えになりたかった。ただ、それだけなのに。