Nightmare×Knight
[1] 始まりはNightmare 3
捕まえて暴くのは心か、それとも――身体が先か。
「あのなぁ……お前、ちょっとは落ち着けよ。」
相手を押さえつけて見下ろしながら、ククールは口を開く。その体勢は”話し合い”にしては物騒なものでいるが、今はすっかり余裕が無くなってしまっていた。
自覚無いままにエイトの両肩を強く掴み、睨むように見据える。
「ここんとこ、俺に大して変にピリピリしてるだろ? 一体、俺の何が気に入らねぇんだよ。俺、何かしたか? 言ってみろよ、聞いてやるから。」
少しでも早くこの苛立ちを緩和したかった。早口になりすぎないよう気をつけて喋るも、質問が多すぎて気が急いてしまう。
対し、エイトはというと、ククールの強い視線を受けて怯えたように目を逸らし――「別に。ククールのことでなんて、ピリピリしてませんよ。」と言い返す。
そして唇を噛み、「自惚れないで下さい。」とまで吐き捨てた。
その態度は虚勢からきたものだったが、余裕の無い今のククールに分かるわけも無い。気色ばんだ表情をして、眉根を寄せる。
「俺が、気づかないとでも思ってるのか?」
「……っ。」
怒りを抑えた低い声は初めて聞くもので、エイトがびくりと肩を震わせた。他人に弱みを見せない優秀な兵士長だった男の脆い反応に、ククールはますます落ち着かなくなる。
「――言えよ。この際だ、吐き出しちまえ。」
「……。」
だがエイトは目を逸らしたまま、何も言わない。
ククールは僅かに眉を顰め、言葉を重ねる。
「どうした? 今は二人きりだから、誰の目も気にしなくて良いんだぜ? ……心配するな、他の奴らには喋らないからさ。」
「……っ。」
「エイト?」
気のせいか、”二人きり”と言った瞬間にエイトが息を飲んだような……?
「……何か悩みがあるんなら聞くぜ? ほら、仲間ってのは、こういう時にいるもんだろ?」
「――っ!」
その”仲間”という言葉にエイトが辛そうに眉を寄せたのだが、やはりククールは気づかなかった。目の前のことよりも、押さえつけた下でエイトがグッと手を握り締めたほうへと視線が向いてしまったからだ。
何に耐えている?
なんで、そう泣きそうな顔をして俺を見ているんだ?
「なあ。言えよ、エイト。言ったら少しは楽になるかも――」
「にも……し、ない……に」
「うん? 何だよ、聞こえな」
「――っ……うるさい! うるさいうるさいうるさいっ!」
不意に、エイトが爆発したように叫んだ。
怒鳴るというよりもそれは軋んだ悲鳴に似ていて。ようやくククールに視線を合わせたかと思うと、噛みつくような勢いで吐き捨てる。
「嫌いなんだよ、お前が! 鬱陶しいんだよ、全部、何もかもが!」
「……なんだと?」
「お前の全部が目障りなんだ! だからイライラしてるんだよ! ――ほら、解っただろ? 聞いただろ? ……これで、いいだろ!? もう出て行けよ! こうして一緒に居るのも嫌なんだ! 早く出て行け! 俺は、お前なんか――っ」
エイトの罵声は、しかしそこでふつりと途切れる。ククールに後頭部を掴まれ、強引に唇を重ねられたからだ。
「ンッ!? んっ、んーっ! ……んっ……っ!?」
予想外のことにパニックに陥ったエイトがククールの肩を押して突き放そうとするが、後頭部を押さえつける手はビクともせず、相手の舌に口内を弄られる。
「……っは。……お前、すげぇ苛つく。」
唇を離しざま、表情を歪めたククールが低い声で唸った。長いキスで僅かに肩が上下しているが、エイトほどではない。呼吸を整えないまま顔を近づけると、怒りで掠れた声で囁く。
「俺だって、お前のこと嫌いだぜ? ……そうやって、馬鹿みてぇな嘘を重ねんの見る度に、虫酸が走る。」
「な、……ち、違……う、嘘、じゃ……」
押さえつけられた肩に食い込む爪よりも、その眼差しの冷たさにぞっとする。
視線が逸らせない。
胸の奥で警鐘が鳴る。
「嘘、なんかじゃ……ない。」
「へえ、そうかよ? ――じゃあ……」
怯えた顔をしてもなお“戯言”を重ねるエイトは、何だか憐れに見えて――どうしようもなくこちらの苛立ちを煽ってくれて。
(……馬鹿なやつ。)
ククールは嘲笑を浮かべると、片手でエイトの両手を掴み上げ、その頭上で一纏めにした。もう片方の手で自分のベルトを引き抜くと、それで一気に縛りベッドの木枠に括り付けてしまう。
聖堂騎士として習った捕縛術が、まさかこんな形で“役に立つ”とは。
「イッ……痛、――」
エイトが顔を顰めて身動ぎすれば、ぎり、とベルトが手首に食い込み更に痛みを強くさせる。
「お、お前、いきなり何を……これは何の真似だ!?」
「さて、な。……当ててみろよ?」
クク-ルは低く笑いながらベッドに腰掛け直すと、エイトの服に手をかけた。
「な――っ」
チュニックの前紐が解かれ、胸元が大きく開く。手が下へ降りていき、少し動いたと思ったらベルトが抜かれ、実に滑らかに床の上に落ちた。
ゆっくりと身ぐるみを剥がされていく光景を前に、エイトは暫し呆然としてそれを見ていたが、パンツに手が掛かり、ひやりとした空気を下肢に感じたところで我に返る。
「お前っ――阿呆! ふざけるな、止めろ!」
脱着を阻止しようと足をばたつかせようとするも、足の間に体を割り入れられて阻止された。軽く見えるのは雰囲気だけで、そう言えばこの男はそれなりに腕の立つ聖堂騎士なのだと、エイトは今更ながらに実感する。――体験する。その身を以って。
「……本気で怒るぞ。」
「本気、か。……ははっ。」
凄んでみせるも、ククールは手を休めない。それどころかエイトの剣幕を鼻で笑うと、首筋に顔を寄せて低く囁いた。
「いつまで虚勢を張るつもりだ? 止めろよ、もうバレてんだぜ。」
「ど、どこが、虚勢……だと……っ」
言い返したエイトの声は、完全に怯えが隠せていなかった。
けれども、追い詰められたのは一人だけじゃないと“彼が”気づくのはいつだろう。
ククールはというと、色を失った相手の頬をするりと撫でて笑う。
「震えてんぜ、身体。……それとも、コレは嬉しくて震えてんのか? くっくっ……。」
「……っ、……ク、ククール?」
妙に高揚した昏い声に、エイトは息を飲む。
いつもなら、大抵この辺りでククールが身を引く筈なのだ。少し間をおいてから笑みを浮かべると、軽くおどけて「反省したか?」とか、「ちょっとジョークが過ぎたな」とか言って離してくれる――離れてくれる、はずなのに。
なのに、ククールはどこまでも冷ややかなままで、更に酷い行為を――酷くなるであろう行為を続けてくる。
エイトは、ざわざわと鳥肌が立つのを感じた。
頭の中、止まらない警鐘。……嫌な予感がする。
「な、なあ。冗談、だろ? ……冗談、だよな? ……なぁ、ククール?」
恐怖で、泣きそうな声になる。汚い言葉を吐いた後に縋りつこうとするのは虫の良すぎる話だろうが、それでもエイトは相手が笑い出すのを待った。
ククールは、そんなエイトを見つめて目を細める。
暗く、それでいて歪んだ笑みを浮かべて告げるのは、甘言ではなく突き落とす言葉。
「冗談じゃねぇぜ?」
「えっ」
エイトは蒼褪め、ククールは笑う。
「お前が嘘ばかり吐くから、身体に訊くことにしたんだよ。」
目の前が、ぐらりと揺れたような気がした。
「また、そんな……そんな、馬鹿なこと……」
馬鹿な冗談だ。きっとそうだ。
「か、からかってるんだよ……な? 俺が、言い過ぎた、から……?」
下穿きが全部脱がされてもまだ、エイトはこれが悪ふざけの一環だと思って――思い込んでいた。
しかし足首を掴まれたところで、いま起きていることが悪夢の現実だと思い知る。こくりと息を飲むと、震える唇を動かした。
「そのっ……悪かった!」
ぎゅっと目を瞑りながら恐怖に震えつつ、どうにか声を絞り出して告げたのは謝罪の言葉。
ククールの手が、止まる。
「……ご、ごめん、な、さい。少し、……いや、かなり、言い過ぎた……酷いこと、言って、わ、悪かった。……だから」
冗談のままで終わってくれ。
冗談のままにしておいてくれ。
「……だから、こんな事は止めてくれ――頼むからっ……!」
最後の方はほとんど泣き声で掠れてしまったが、聞こえない距離では無い。
エイトの叫びに、ククールが僅かに俯く。
いつものククールなら、ここで本当に許してくれる! ――エイトは目を閉じながらそう願い、相手の反応を待った。
『やっと謝ったな。……ったく。変に意地張らなきゃいいんだよ。ま、今日のところはこの辺で勘弁してやるよ。』
そう言って、からかうように笑って……解放してくれて……それでまた、いつものように馬鹿みたいな葛藤する日常に戻ることが出来る――。
「――ふ。」
含み笑う声がした。
「……? ク、ククール?」
いま、笑った?
エイトが期待に眼を開ける。
しかしそこに望んだものは無く、それどころか冷たい微笑があって――言い知れない恐怖を感じ、身体が凍りつくことになる。
「まだ冗談だと思ってんのか?」
凄むように、囁かれる。
「――甘いんだよ、お前。」
怒りを含んだ低い声に、戦慄が走った。
エイトは、眼を逸らすことも閉じることも出来ない。
皮膚の下、心臓に爪を突き立てられた気がした。
「本気、……なのか?」
完全に逃げられないことを知り、がたがたと震えながらも問いかければ、ククールが昏い笑みを深めて――酷く優しい声で、言った。
「言っただろ? ――冗談じゃねぇ、って。」
裾を割って忍び込んできたククールの手が、エイトの素肌に触れた。
「ひっ!? ……いや、だ――いやだ、嫌だ嫌だ嫌だ! 止めてくれ、ククール!」
獣が、牙を剥いた。
もう懇願しても、許されない。
獣と獣。
片方は獲物に変わり果て、もう片方が鋭い爪を立てた。
救済を求める悲鳴は口付けで遮られ、そのまま暗い陥穽の中へと落ちていく。