Nightmare×Knight
[1] 始まりはNightmare 6
ひたすら快楽に溺れることで、自分の罪から眼を背けた。
獣はその腕に獲物を抱え込んだまま、薄闇に包まれた寝台に横になっていた。
腕の中に閉じ込めた獲物――エイトは、仰向けになって眠りについている。その姿は疲弊し、精根尽き果てたといった様子でいて、眠っているというよりは気を失ったというふうが正しいのかもしれなかった。
そんなエイトを未だ解放せず閉じ込めているのは、相手が悪夢を見てうなされでもしたら背中か頭でも一つ撫でて、慰めてやろうと思ったからだ。
――分かっている。それに意味などないことは。こんなものが、癒しになる筈がない。
ただの自己満足だ。
愚かな偽善行為だ。
それでも、相手が静かな寝息を立てて大人しくしている姿を見て、それで少しだけ安心する自分がいて――その卑劣さに、反吐が出そうになった。
「ん……」
「――っ。」
そうして自己嫌悪に陥っていたその時、意識を取り戻したのかエイトが目を覚ます気配がした。
気取られぬよう息を殺し、そっと薄目を開けて相手の様子を窺う。
エイトは、こちらが起きていることに気づいていないらしかった。
何か考えているのだろうか。
ククールの腕の中に抱かれたまま、天井を仰ぐ格好から微動だにしない。
何を思っているのだろうか。
そろそろ肩を抱き寄せているその腕を振り解いて逃れても良さそうなのに、どうしてかエイトはそうしない。
抵抗する気も起こらないでいるのか。
それとも逃げる隙でも窺っているのか。
――逃げないでくれ。
思わず強く抱き締めかけるのをギリギリのところで押し止めたその時、エイトが微かに動く気配がした。
小さな溜め息の後、不意に呟いた。
「……白状するけど、俺は……」
後に続くのは、完全に嫌気の差した告白だろうか、それともまだ何か隠していることでもあるのか。逡巡のために少しの間を置いてから次に繋げられた言葉を聞いた時、ククールは酷く後悔することになる。
「俺は、ククールが好き……だった。」
こちらが起きていることなど知らない筈なのに、エイトは誰に言うふうでもなく淡々と言った。
なぜその告白が過去形なのかは分からない。
いつから好きだったのか、と今からでも目を開けて問いかけてみたかったが、動くことが出来なかった。
動けない。聞けるわけがない。
ただ、これだけは分かる。――自分は、重大な過失をしでかしてしまったのだ、と。
嫌な汗が背筋を伝う。そんなククールの切迫した心情など知らぬエイトはというと、どこか自嘲めいた笑いを含ませ、更にそっと独白を付け加えた。
「なんて。……もう、遅いか。」
「――……!」
掴み掛けていたものが、手から零れ落ちていく残像が見えた。
やがてエイトは再び目を閉じ、眠りの海へと戻っていく。泥濘とした眠りの中で僅かに浮上した一瞬、寝惚けて口にした言葉なのかもしれなかったが、それでも今の告白には強い衝撃があった。
「……冗談だろ?」
エイトが完全に眠ったのを確かめてから眼を開けたククールの口から先ず零れ出たのは茫然自失手前の言葉。
これこそが正に悪い冗談だと思う。
気分が落ち込んでいるように見えた相手を、気遣うつもりだった。
話を聞き、悩み事があれば相談に乗るつもりで部屋を訪ねた筈だったのだ、最初は。
それなのに、一度の――たった一度の拒絶を受けただけで苛立ち、八つ当たりのように押さえつけ、そして……。
「……っに、やってんだよ俺は。」
情けなくなって、思わず天井を仰いだ。
顔を動かせば、見えたのはエイトの静かな寝顔。そこに穏やかさは無く、少しだけ眉を寄せた顔はまるで何もかもを諦めた様に見えて。
「こんな、冗談……嘘だろ……?」
酷い行為に及ぶ前にエイトが口にしていた言葉が、今はククールの口から零れ落ちる。
もしあの時きちんと話をしていたら、エイトは泣かないでこの腕の中にいたのかもしれない。
もしかしたら全ては軽い行き違いで、もう少し、ほんの少しだけ自分が冷静でいられたら――理性を保っていれば、この関係は違ったものとなっていたのか。
「……ッ。」
そう考えると、胸を掻き毟りたくなった。
大きな声で、叫びたかった。
こんな結果が欲しかったんじゃない。
――こんな形でお前を抱きたかったんじゃないのに。
眠りについた眠り姫。
幸せになれる筈だった。
それを壊したのは目覚めさせる役目を持った、王子自身だった。