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Nightmare×Knight

[2] Bad Bedmate 2

望むのは解放、けれどその代わりに喪うものは――。



「ねえエイト。――貴方、最近、顔色悪くない?」
「そう……ですか?」
ある日、ゼシカからそんなことを問われ、エイトは一瞬ぎくりと身を強張らせる。それでも、何とか微笑を浮かべて答えた。
「……あはは、疲れてるのかもしれませんね。」
その動揺を隠せたのは、兵士長としての精神性か。それが功を奏したようで、ゼシカはさして疑いを抱いた様子も無く、エイトの答えに素直に頷いて見せる。
「そうね……ここのところ、野宿が多かったものね?モンスターも強くなっているし、戦う時間が長くなり始めたし……。」
うーん、とゼシカは考えていたが、やがて軽く両手を叩いて言った。
「――そうだ。エイト、貴方少しの間、馬車の中で休んでいたら?」
「え。そんな……大丈夫ですよ。」
エイトは穏やかに首を横に振るが、弱々しい笑みを見せられてはゼシカも引きはしない。相手の鼻先にピッと指先を突きつけて言い返す。
「ダーメ。エイトの大丈夫は、大丈夫じゃないの。」
そこまで言うと、今度は肩に触れて。

「……お願いだから、無理しないで。」
「……ゼシカ。」
彼女の表情が曇ったのを見たところで、エイトが折れた。
「じゃあ、その言葉に甘えさせてもらいましょう。」
控えめに言って笑い返せば、それでゼシカも嬉しそうに頷いてくれた。
ゼシカの気遣いが、笑顔が、今のエイトには悲しいほど嬉しかった。

――哀しいほど、辛かった。



+ + + + + + +



コトコト揺れる馬車の中。
エイトは馬車の内枠に凭れて、両足を投げ出した格好で座っていた。ゼシカの指摘したとおり、エイトの体調は良くはない。ここのところ、食欲も落ちていた。
眩暈と吐き気、それから――不眠。
実際は、それらよりも別の深いものがエイトの体を蝕んでいたのだが。

”それ”は――ククールだ。
毎夜、一方的に強いられる行為。それも、何度も――彼が飽きるまで、続けられて。
そうして、気づけば朝。
何もかも、全部が疲れたまま一日を過ごさなければならない状態が続き、正気を保つのに精一杯だった。
だから、表情も態度も半端にしか装えず、いつもならまず気づかれない自分の不調が、今は仲間に伝わるようになってしまっていた。
何もかも忘れて、ただ静かに眠りたいのに――眠れない。

「……はぁ。」
溜息をついて、虚ろに天井を仰ぐ。

揺れる、視界。
それが眩暈なのか振動なのかすら判断がつかない。

誰かに寄り添いたい。
けれど、その”誰か”の存在はもう無い。
壊れた関係、歪んだ感情。
身体を重ねる毎に、何かが音を立てて崩れていくような感覚がしていた。

離れたい、なのに――離れたくないと。
相反する二つの気持ち。
道が無く、ふらふらと間で惑う様はまるで迷子のようだと思った。
ポツリと、呟く。

「独りになるのは――嫌だ。」
でも。

「こんなのも……厭だ。」
こんな、互いに傷付けあいながら偽の快楽に身を委ねるのは間違っている。

「もう、……否だ――」
エイトは馬車の中で一人、ぎゅっと身を縮こまらせ泣くような声で呟いて、馬車の振動に身を預けながら静かに目を閉じた。
この休息で少しくらいは楽になると良いのだけれど、と願いながら。

誰も居ない中、誰かに向かって懇願する。望むのは、歪んだ楽園からの解放。けれど、喪うものの代価を考えると怯える自分が情けない。