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Nightmare×Knight

[2] Bad Bedmate 3

向けられていた想いに気づかず、俺は――。



「――何だって?」
買出しから帰って来たククールを待ち受けていたのは、人ではなく衝撃だった。
切っ掛けは出迎えたゼシカが何となく言った言葉だったのだが、それはククールを驚かせるには十分なものでいた。

その日、ククールはゼシカに言われて一人で前の町へと買出しに出ていた。
何故一人なのかというと、エイトを連れて行こうとしたのだが見当たらないのでゼシカに所在を尋ねたところ、突っぱねられたからだ。

「一人で行ってきなさいよ、もう!いちいちエイトを頼るんじゃないの!」
しかもやたら酷く一喝されたので、この時は仕方ないなと諦めたのだが今思えばもう少し考えていたら良かったと思う。

それから少しして、仲間たちとは次の町で合流した。
その時にもやはりエイトの姿は見えなかったので、再度ゼシカに、どうしたのかと聞いてみた。すると、ゼシカはやや沈痛そうな面持ちで、こう言ったのだ。
「……エイトなら、先に宿に行かせて休ませてるわよ。」
「先に宿に?何だってまた。どっか具合でも悪いのか?」
原因が自分にあるのはおおよそ見当が付いていたが、ククールはそれでも白々しく訊き返す。
――全く、最悪な人間だな。
ここまで自分が醜くなれるものかと内心で己を侮蔑しながら、ゼシカの答えを待つ。
けれど、返ってきたのは予想外の言葉だった。

「……エイトが、吐いた……?」
確かにここのところ食が細いような気はしていたが、それでもそこまでとは思いもよらなかった。
――気づかない振りをしていたのかも知れない。
今の自分は、どうにも酷い人間すぎるから。
動揺するククールに気づかず、ゼシカが説明を続ける。
「……ほら。アンタが買出しに出たのが、昼頃だったじゃない?あの後、皆で先に昼食をとったんだけど、ね――」
そうしてゼシカは昼時のことを語り出した。


旅の道中、街道から少し離れた場所で自炊することにした。
料理を作ったのは主にエイトで、女性陣(ゼシカとミーティア)とヤンガス、トロデ王は傍観、または簡単に手伝いながらいつものように簡単な料理を作り上げた。
パンとスープ。それと少しの干し肉とチーズといった簡素なもの。
ゼシカがエイトにスープを手渡そうとしたが、彼はまだ具合が悪いのか弱く苦笑してそれを遠慮した。
その際、エイトの白い肌がいつもより白く――いや青褪めているように見えたので、心配になったゼシカはせめて何か口にしておいた方がいいと考え、小さなフルーツを渡した。これならば水分もとれて楽に食べれるだろうと思ってそうしたのだ。

エイトは、少し齧っただけだった。
たった、ひとくち。それだけだったのに、彼は小さく呻いて口を押さえると、やや離れた繁みの方へと駆けていった。
驚いて後を追ったゼシカが見たものは、草叢の影で蹲って食べ物を吐くエイトの姿。
駆け寄り、背中を擦るもエイトはしばらくその場に蹲っていた。
その背中が、姿が――酷く頼りないように見えた。


「……その時、エイトってば”まだちょっと具合が悪いみたいです”なんて、笑って言ってたんだけど。」
フルーツを渡した時、受け取ったエイトの手が微かに震えていたのを、今になって思い出す。あの時に、せめて体調の深刻さに気づくべきだったと、ゼシカは唇を噛んで俯いた。
「……それで?エイト、は?」
掠れた声でククールが訊ねる。自分は今どんな顔をしてこの話を聞けているのか。
先を促されたゼシカは、軽く目元を押さえて息を吐いた。
「私たち、急いでこの町に着いたんだけど……その時はエイト、もう凄く真っ青な顔してて……。だから、先に宿をとって休んでもらってるわ。余分に部屋が空いていたから、今回も一人にさせているんだけど……」
「熱は?薬とかは飲ませたのか?」
「熱は、少し。……でも、薬はダメ。全部、吐いちゃうようで……」
ゼシカがその時のことを思い出したのか、そこで重い溜息を吐いて首を振った。
「エイト、どうしちゃったんだろう。……何か、あったのかしら。」
事情を知らないゼシカの言葉が、かえってククールに深く突き刺さる。

何か”あった”じゃない。
何かを”した”んだ。俺が。

「……部屋、ドコだ?――この美形のククール様が見舞ってやるよ。あいつも、俺の顔見たら元気になるだろ。」
こんな時まで馬鹿げた嘘を吐く。そのあまりの卑劣さに、吐き気がした。
声が硬くなり、表情が強張る。が、それをゼシカに悟られないよう何とか笑みを浮かべながらそう言っておどけてみせると、彼女は何の疑いも無く頷いてみせた。
「そうね。ククールなら、エイトも元気になるかもしれないわね。」
「……ああ。」
エイトの泊まっている部屋を素直に告げると、沈んだ気分を紛らわせたいのかククールの冗談めいた口調をマネて返してきた。
「言っとくけど、部屋では静かにしなさいよ?あんまり騒ぐんじゃないのよ。」
「おいおい。子供じゃねえっての。」
肩を竦めるククールに、ゼシカが微苦笑する。ここまではククールもまだ道化らしく振舞えていた。
――ゼシカが、次に呟くまでは。

「あんたならエイトも幸せになれるような気がするから、許してあげる。」
ククールが、硬直した。
「……な、にっ……。幸せって、何だよ、それ?」
「もう。何よ、その態度。これでも認めてんのよ、あんたのこと。」
ゼシカは相手に軽く肩をぶつけると、両腕を組んで言った。

「これでも私、エイトのこと凄く好きなの。……ずっと、好きだったんだから。」
ゼシカが、やや俯きながら控えめな声で告白する。
「でも、私じゃ違うのよね。なんていうか、あんたと一緒に居るエイトを見てたら、敵わないなぁ、っていうか……、――って、なに言わせんのよ!」
「いや、別に言わせたわけじゃ……俺と一緒に居るエイトが、何だって?」
「そこまで言わせる気?エイト、あんたと居ると幸せそうな顔してたのよ。……まさか、気づいてなかったの?」
「あ――いや、そういう訳じゃ」
ゼシカが険しい表情をするのを見て、ククールは視線を逸らす。
気まずいどころの話ではない。
「エイト、あんたと居る時、幸せそうに微笑っていたのよ。いつも浮かべてる微笑とは全然違うの。本当に綺麗に笑ってたんだから。私はエイトのことずっと見てきたから判るの。……判っちゃったのよね、その微笑の意味が。」
ククールは足元がぐらりと傾いた感覚の中で、彼女の告白を聞く。
「最近は具合が悪そうで、ちょっと笑った顔見てないけど、でも――ククールだって、その事は気づいてたでしょ?だからあんなに絡んでたんでしょ?」

……気づいて、なかった。
あれは――あの笑みは、皆に向けられているものとばかり思っていたから。
”仲間”に向けているのと同等だとばかり――そのせいで、余計に苛立ちがあって。

歯痒かった。
”仲間”程度にしか想われていない、自分が。
悔しかった。
仲間だとしか見てくれていない、エイトが。

――なのに。

想われて、いた……?

「何てこった……。」
呆然とした声の呟きは生憎と小さくて、ゼシカの耳には聞こえなかった。彼女はククールが照れていると思ったようで、その肩をポンと叩くと「しっかりやりなさいよ」と笑ってその場を後にした。
一人残されたククールは、喘ぐようにして声を吐き出す。

「俺は、あいつの何を見ていたんだ?」
ゼシカが気づいていた事を。
俺は、気づいてやらなかった。
俺が、気づかなかった。

気づきもせずに側に居て、纏わりついて。
分かろうともせず自分勝手に相手を弄んで。
その上、あろうことか俺は。

「……俺は……。」
ククールはふらりとよろめき、両手で顔を覆う。
足元から、何かがガラガラと崩れていく音がした。

心が欲しいと、ずっと想っていた。なのに向けられていた思いに、愚かにも気づかずに。勝手に暴走して――欲しかったものを壊してしまった。