Nightmare×Knight
[2] Bad Bedmate 5
落ちていく、ドコまでも。――深い中へと、堕ちていく。
部屋に入ったククールは無意識にそっと鍵を掛けると、エイトの眠るベッドへ歩み寄った。
その眠りを邪魔しないように、と足音と気配を消して静かに側へ、と気遣ってした行為だったのだが、けれどもそれはまるで獲物に近づく肉食の獣のようにしか見えない。
「まあ、草食じゃないよな。」
そんなことに考えが及んだ自分が滑稽で、悲しいほどまでに深く嘲る。
分かっている。
この歪な好意で、エイトが不安定になっている事を。
判っていた。
この歪んだ行為で、エイトの心が壊れかけていることを。
……そう。そんな事は分っているのに。
それでもまだ、一番大事なことを――愚かにも全く解っていなかった。
他人に指摘されてようやく気づいた頃には、もう何もかもが遅すぎて。
築かれたのは、偽りの楽園。
間に引かれた、曖昧な境界線。
歪んだ関係。
傷だらけの心と、軋んだ身体。
痕に残ったのは、それだけ。
――それしか、残らなかった。……これしか、残らなくて。
謝って済む問題じゃない。
けれど他にどうしたらいいのか分からない。
「……エイト。」
――もう崩壊寸前だった。
◇ ◇ ◇
エイトの直ぐ側、ベッドの脇に椅子を置いてそこに腰を下ろす。
僅かに木の軋む音がしたので瞬間ぎくりとして眠っているエイトを窺ったが、目を覚ます気配が無いので安心した。
エイトは眠りについている。大人しく、静か過ぎるくらいに。昏々と。
窓の外を見れば、いつの間にか夜の帳が落ちていた。
月明かりを受けて、白い肌が覗く。光源のせいか、青褪めてさえ見えるほどに、それは痛々しく蒼白でいた。
――そうしたのは誰だ?
慙愧の念が、ククールの胸を締め付ける。
エイトをこんな風にした自分自身に、深い殺意が湧いた。
炎々とした、暗い憎悪が身裡を焦がす。
――思うだけで人が殺せるなら――、と。
そう考えたところで、不意にその対象が変わった。
自分から、あろうことか目の前の――エイトに。
「思いで人が殺せるなら、俺はとっくにエイトに殺されている筈だ。」
”想われて”いたのなら。
けれど、俺は生きている。
どうして?
「俺はそこまで想われていなかったんだな。」
ククールは無言でエイトの寝顔を見つめ、呟く。馬鹿馬鹿しい勝手な思い込みを、暴走し始めた昏い考えを、意識の無いエイトに向けていくのを止めることなく。
分かっているのだ。これが理不尽な考えだということは。
そう頭では理解出来ているのだが、感情に規制が利かない。昏い、どす黒く歪んだ感情が、心を支配する。
そうして、こう囁くのだ。
――もう壊しちまえよ、と。
何かが身裡で告げる。
笑いながら、哂いながら。
静かに、けれど明瞭に聞こえるのは悪魔以上の囁き。
――それで楽になれるんだぜ。俺も、こいつもさ。
それはやけにはっきりと聞こえた気がした。勿論幻聴だが、ククールの手は知らず知らずの内にエイトの白い首筋に伸びはじめる。
滑らかな肌、青褪めた寝顔。
何度も触れたことがあるその首筋に、ククールは手をかける。
僅かな温もりを、微かな生の鼓動を手のひらに感じながら――その手に力を篭めていく。