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Nightmare×Knight

[2] Bad Bedmate 6

壊れていく、心が。崩れ落ちていく、魂が。



酷く心地の悪い、眠りとは名ばかりの空白の時間。
そして、現実に目を覚ましたその先に待ち構えていたのは、狂気の瞳をした銀色の獣。

寝ても覚めても、待っていたのは終わらない悪夢。


◇  ◇  ◇


「う、……――!?」
微かに息苦しさを覚えて目を開けたエイトが初めに見たのは、天井。
それと、ククールの顔。
「な、」
もうこれ以上は驚くようなことなど無いと思っていたのだが、自分の置かれている状況を理解した時には、さすがに息を呑んだ。

身体の上に、馬乗りに圧し掛かられていた。これは現状の関係に置いてはもうさほど珍しくも無い。
だが、ココから先は――…。
「ぐ……、っふ」
首に、ククールの両手が巻きついていた。しかもそれは冗談でもなんでもなく、緩慢に、しかし確実に気道を締め上げている。

「……っ、ぁ、う…っ……」
瞬きをして、呻く。首を締め上げるククールの手を振り払おうとするが、疲れた身体と力の差によって、ビクともしない。そうしている間にも、銀の獣からの紅い枷がきつくなる。
「……な、ん、で……ぇ」
息苦しい。身体が重い。視界が揺れる。頭がガンガンする。
エイトは酸素を求めて必死に喘ぐが苦しさは消えず、それどころか意識が朦朧とし始めた。

「う……ぁ」
いつもの悪夢よりも、これが一番堪えた。……胸が、痛い。
「ク、……ク……ル、離、……し、て――っ」
潰れた様な声しか出ないが、それでも気力を振り絞って請う。
けれどククールは何も言わず、答えもしない。ただ焦点の合っていない凍りついた表情でエイトを見つめ、首を締め付けてくる。
錯乱しているのか――と続けたいが、それ以上はもう声が出せなかった。
「こ、んな……の、って……」
視界が眩む中、エイトはこの恐ろしい現実に涙ぐむ。

――何のマネなんだ。
それともこれは、いつもの狂った饗宴の一端なのか。
――俺が、何をした?
気に障るようなことは、していないだろう?……もう、していない、つもりなのに。
心の中で、そんな言葉にならない叫びを上げる。
届きはしない叫びを。

ぎしり、とベッドが軋んだ。
それに併せるように、首に掛けられた手に力が篭る。いっそ一息に骨を折ってくれたらいいのに、とすら考えてしまうほどにソレは最早緩慢な拷問だった。
一層、絞まる首。
更に暗くなる視界。
「……っ! っは……ぐ、――っ!」
エイトはゆるゆると頭を振り、弱々しくククールの腕を掴んで抵抗しながら必死に声にならない悲鳴を上げ続ける。
届きそうも無い祈りと共に。

息苦しい。
痛い。
止めてくれ、ククール。
もう、こんな。

――こんな狂言はたくさんだ!
そう叫んで振り払いたいのに、エイトが出来ることは只一つ。

「め、て……クク……」
声を、微かに出すことだけ。
微かな抵抗。それしか、敵わなくて――叶わなくて。
「……っ、あ――」
ぎり、と肉を絞める音がした。息苦しさと困惑で、意識が飛びかける。視界は涙で滲み、もう形を認識できないほどに歪んでいた。
悲しくて悲しくて、胸が痛い。
どうしようもなく傷む。傷の奥を痛めつけられる。
同時に銀の獣の心をも悼みながら、エイトは。

何だよ……俺が何をしたっていうんだ。
これ以上の何を望む?
俺にはもう、何も残ってなんか無いのに。
残滓すら、無いのに。

俺の命が望みなのか?
その心情に応えるかのように、また首が絞められる。
「は……っ……は、は……っ。」
それを受けて、エイトは涙を流しながら微かな笑みを口端に浮かべた。首の枷を外そうとしていた手から力を抜くと、観念したように目を閉じる。

もう、いい。
何かに耐えるのも、何かを考えるのにも疲れた。
眠りたいんだ。……眠りたかったんだ。
だからこのまま、深い眠りに落としてくれ。

お前のその手で、永遠に覚めない眠りに堕としてくれ。
最後に願ったのは、そんなどうしようもない――切実な、願い。


狂気を受けて虐げられる獣。けれどもう抗わず、それを受け入れた。青の中、透明な涙が音も立てずに流れ落ちる。