Nightmare×Knight
[3] Stun Distance 1
望まない。臨まない。残さない。――跡も痕も灰にして。
全てが破綻してから、一月。
エイトとククールの関係は、完全に距離を置いたものに成り代っていた。
空は抜けるような青天。
透き通った蒼が白亜の雲を浮かび上がらせているその下では、かつての関係が展開されていた。
歪む前の、壊れる前の、あの関係が。
けれど、それは”元に戻った”ものでは無かった。
――元にあったものを。
――基にあったものを。
ただ置いただけに過ぎなかった。
◇ ◇ ◇
「エイト、悪い。それ、とってくんねぇか?」
「……ああ。――はい。どうぞ。」
用件だけを伝える、会話ですら無い短い言葉のやりとり。合わせているように見えても、それらの視線はドコか違うものを見ているような、曖昧さがあった。
自然の中の、不自然。
そんなものが、そこにあった。
触れない指先。
触れようとしない肌。
――避けるように、接触を拒む。
――何かに怯えたように、触れ合うのを拒絶する。
「あ……薬草、きれてますね。買いに行かないと。」
「――俺が行こうか?」
「……、いや。自分で行きますから。気にしないで下さい。」
「……そっか。」
合わせない視線。
交わそうとしない視線。
何も無かったかのように、振舞う。
不自然な自然さを装って。焦点を彷徨わせて。
あれからずっと誤魔化し続けていた。
開いた傷も、吹き零れた血も、お互いに見えているのに見えない振りをしている。
「……。」
「……。」
そんな二人は唐突に空白が生じれば途端に余所余所しくなり、視線をそれぞれに逸らして何か無いかと探しあうのだ。
「あー……。そういえば、いい天気だな。」
「そうですね。本当に、いい天気……。」
見つけた青い”空”と”白”い雲で気まずさを埋めて、曖昧に、空疎に笑いあう。
まるで、道化を演じる自身を嘲るように。
憐れむように――哀れむように、哂う。
意味も無く形だけの作り笑顔を浮かべて見上げる青天は、ドコまでも青く冷めている。
綺麗に儚く、眩しいほどの透明感が二人に注ぐ。
――けれど。
「……ゼシカたち、遅いな。」
「……買出しに、手間取っているのかも知れませんね。」
温かい日差し。柔らかな光の下で、二人きり。
けれど今は二人ともがその透明さが直視できず、直ぐに視線を余所へ向けてしまった。どんなに目を背けていても、意識を逸らしていても、その根底にある傷痕が露呈されていく気がしたのだ。
白日の下、隠れる場所は無い。
だからもう二人は空を見上げるのを止めてしまうと、地面に視線を落とし、仲間たちが戻ってくるのを黙って待つことにした。
元に戻ることも、それ以上進もうともしない。
そんな二人が生んだのは、空虚ばかりが漂う冷たい結末だった。まるで、そうなることが当たり前だったかのように。
ピースの欠けた跡に填めこまれたのは、不自然な小片。それが、音も無く詰め込まれた。
空いた隙間を嫌うように。
開いた空間を厭うように。
無理矢理、埋めた。――痕が、見えなくなるように。
そんなことをしても、真に埋まる事など無いというのに。
形が合っていないピースは歪み、いつまでもそこにあり続ける。
そしてまた、少しずつ歪んでしまうのだ。
取り返しがつかなくなってしまうほどに大きく歪んだが、最後――その時こそがきっと、本当の別れ。