Nightmare×Knight
[3] Stun Distance 2
側に居て、傍に居て。――何も無いのに、呼びかける。
「……ん、……」
薄闇の中、エイトはベッドの上でその日、何回目かの寝返りを打った。
寝付けない。
否。
――眠れない。
それは元々、寝つきの悪いエイトにとっては今更のことだったのだが、それにしても――と考える。
毎夜のごとく隣に居た人は既に居ない。押さえつけられて無理矢理にされる行為も無くなり、精神的疲労はずっと軽くなった。
だから、もうこれで眠れると思ったのに。
なのに。
「何で……眠れないんだよ……」
また寝返りを打って、今度はそのまま小さく身を丸めた。無理やりにでも眠ろうと思い、ぎゅっと強く目を閉じる。――それが、悪かった。
浮かぶ人。
残像のように、瞼に浮かぶ。
「……っ!嫌、だ……何でだよ……何で、っ……!」
エイトは頭を振って、それを振り払おうとする。必死に振り切ろうとするそれは、いつかの拒絶。身裡に生まれた想いを認めようとしなかったあの同一の、関係を歪ませるものなった起因の一つ。
酷い毎日だった。鍵を掛けるのも拒むことも許されずに強引に抱かれ、疲れ果てていたあの日々は悪夢のようなものだったが、悲しいくらいに甘い時間でもだった。
――それこそ、恋人のような。
浮かぶ。
銀糸の長い髪が揺らめくのを。
「やめろ。」
浮かぶ。
しなやかな肢体が、自分を優しく抱き締めるのを。
「……やめろよ。」
浮かぶ。
低音で囁く言の葉は、偽りにしては甘くて。
「――…違う…違う……!」
――思い上がるな。
けれど、幻燈のように浮かぶ。
言葉が。視線が。動作が。
それらは全て、ドコかが優しくて――甘くて。
『愛してる、エイト』
「……っ!」
強制的に浮かび上がってくる光景に、堪らずエイトは両手で顔を覆った。
止めろ。
止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ。
何を考えてるんだよ。
何を夢見てるんだよ。
思うのか? 愛されているなどと。
思ったのか? 愛されていたなどと。
――錯覚するな。
何を、今更――こんな、今になって。
――浅ましい。
こんなになっても、こんなにされても縋る気でいるなんて。
「……ク、クール……ククール……っ」
意味もなく名前を呼んで、一人泣く。
どうして悲しいのか、自分でも分からない。静かな中で、独りきり。
いつの間にか、抱き締められて眠るのが癖になっていたなんて――こんなこと、笑えやしないし救えない。