Nightmare×Knight
[4] Whiteout Road 5
風が啼く、雪が軋る。身を寄せたのは静かな空間。
繋いだ手、離さないまま――離せないまま、洞窟の中へ身を寄せる。
風の吹き込んでこない奥に行き、そして地面に座り込む。
不自然に、少しばかりの間隔を空けて。
互いに視線を交わし、逸らし、また交わしては、逸らして。
それの繰り返し。
後は、沈黙。
聞こえるのは、雪の軋る音。
雪が雪に溶け込む音。
それと、互いの息遣い。
◇ ◇ ◇
(……寒い、な。)
エイトは地面に目を落としながら、寒さから身を守るように二の腕辺りを擦った。
けれどいくらそうしても、自分の体温はなかなか上昇しなくて冷えたまま。
ふぅ、と溜息をつき、膝を抱えて目を閉じる。
視界を閉じると、隣の気配がより明確に伝わってくるのが分かってくる。
この洞窟に近づくにつれ、会話は減り、言葉を交わすことも無くなり、気づけばこうして二人とも沈黙したままになってしまった。
言いたい事はある筈なのに、なぜかタイミングが計れない。
前はどうやって会話をしていたんだろう――と考えるが、それもよく思い出せない。
(思い出すような事じゃないのに、な……。)
エイトがそこで顔を歪め、苦笑する。
前は、何も考えずに接して、会話して、触れ合っていた。
思ったまま――想ったまま、行動していた。
(……想い、か。)
今も未だ、残ってる。
あの時に生じた気持ちは、今もなお……残している。
もうこの気持ちは、思いは、抱いていても行き場がないというのに。
そうだ。きっと、行き場が無い。無くしたのは、自分のせい。
言葉を間違えてしまった、自分の罰。
けれどどうしても捨て切れなくて、ずっと燻り続けている。
(俺って、未練がましいのかな……。)
外から吹き込んだ風が肩を掠めた。
それを受け、周囲の空気が更に冷えた気がして、更に小さく身を竦ませる。
エイトは膝を抱き、両肩を抱いて、息を吐く。
静かな空間の中、目を閉じたままで居ると瞼の裏、浮かぶのは何故か唯一人。
他に浮かぶべき者が、その人以外、浮かばない。
――今は、他のことに考えが行かなくて……側に、行けなくて。
◇ ◇ ◇
身体が震えるのは、きっと寒いからだ。
手を伸ばせば届く距離に温もりがあるのに、気づかない振りをして一人、身を竦ませる。
けれどそうしている間にも、体温の上昇は間に合わず、ゆっくりと低下している。
「――エイト。」
不意に名を呼ばれた。
目を開けて隣を見ると、ククールがこちらを見ているのに気づいた。
ドコか怒ったような、何かを咎めるような表情。
不安を感じたエイトが、僅かに身を引く。
「な、なに……?」
昏い夜が続いた日が、脳裏を過ぎる。
思い出すだけで、体温が下がる程のあの期間。
もうククールを責め立てる感情は無いのに、反射的に怯えてしまう。
……怖いんだ。恐怖とともに刻み込まれた、あの快楽が。
よっぽど酷い顔をしていたのだろう。様子を察したククールが、溜息混じりに苦笑して口を開いた。
「……そんな顔、すんなよ。もう、何もしないから……さ。」
視線を合わせ、四つ這いで距離を詰めながら言葉を続ける。
「お前さ、寒さに弱かっただろ? ……だから、せめてさ。」
そしてエイトの直ぐ隣まで寄ると、マントを広げて。
エイトごと、包むように抱きしめてきた。
「……っ!」
突然腕の中に引き込まれたエイトが、反射的に息を飲んだ。
けれど、それは一瞬で。
次第に浸透してくる温もりが心地良くて、強張った身体がゆるゆると弛緩していく。
(……温かい。)
じわじわと、何かが溶けていくような感覚に、エイトは目を閉じてククールに寄りかかる。
「……嫌でも、少しだけ我慢してくれよ。お前が凍えてる姿を見るのは、忍びなくてさ。」
頭上の優しい声を聞いて、エイトは小さく首を横に振る。無意識に。
(……嫌じゃ、ない。)
そう思い浮かべるのは簡単なのに、伝える段になると気持ちが怯む。
また、間違ってしまうかもしれない、という思いが歯止めをかける。
怯えが増幅し、それから先の邪魔をする。
勇気の出ない自身が情けなく。
踏み切れない自分が歯痒くて。
エイトは自分でも知らぬ内に、ククールに強くしがみ付いていた。
浅ましいと感じながらも、他にどうすればいいか分からなかったから。