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Paladin Road

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剣士と武人と回顧


乾いた風に吹かれて揺らめく銀の髪。
その青年は正眼に剣を構え、真っ直ぐに相手を見つめていた。
陽炎のように立ち上る気迫。野生の獣を思わせる瞳は、一瞬たりとも相手から逸れることなく一点に留められている。
対し、剣を向けられている相手は涼しい顔で仁王立ち。
顔に微かな喜悦を浮かべているが、その眼差しは一点の曇りもなく青年の一挙一動を注視していた。
剣を構える青年――テリーは、そんな男を見て僅かに口端を吊り上げる。

(相変わらず隙がねぇな、デュランのやつ。)
かつては上司と部下、今は良い競合仲間である相手を見据え、テリーは焦燥すると同時に一握の喜びを感じていた。
強者と戦えるのは嬉しいことだ。この技を、剣を、錆びつかせずに済むから。
――自分の強さを確かめられるから。
この強さがあれば、あのとき姉さんを守ることが出来たのに――デュランと会うまでの記憶が一瞬、脳裏をよぎる――が、それは相手が放った真空刃によって切り裂かれた。
回想から我に返ったテリーは、内心で舌打ちする。

(チッ。意識が逸れていたことに対する注意か? ……目敏いな。)
苦笑を浮かべ、己の未熟さを実感し――思考を切り替え、すぐさま立ち直る。

ああ、今は余計なことを考えるな。集中しろ。
息を吸って剣を構え直せば、テリーの目の焦点があったことに気づいたデュランが笑みを浮かべた。
不意に変わる気配。……攻撃が、来る。
乾いた風が二人の間を駆け抜け――それが、合図となった。

「ふっ……!」
突き上げたデュランの手から、かまいたちが放たれる。
テリーは、ぎりぎりまでそれを引きつけてから躱すと、一足飛びに掛けて相手との距離をつめた。
そしてデュランの懐に入るなり、目にも止まらぬ速さで斬りつける。
「おお、そうきたか。だが――」
空を切る切っ先。軽いステップで攻撃を躱したデュランが、カウンターを放つ。
「脇が甘いぞ――そらっ。」
「チッ!」
テリーも相手の攻撃を読んで素早く横へと飛んだものの、人の速さでは回避しきれなかった。
「……ツッ――!」
避け損ねた攻撃が、テリーの左頬と肩口を掠めて鮮血を散らす。
だが、それほどの痛みはない。
回避したことによって攻撃が浅いもので済んだからか、それとも相手が加減してくれたせいか。――後者だとしたら、見逃せない。こちらは真剣なのに、相手は手加減が出来る余裕があるということなのだから。

(まあ、戦いの最中に“よそ見”してた俺が悪いんだけどな。)
内省しつつ頬の傷に軽く触れてみれば、ぴりりとした痛みが走って意識を明確にさせてくれる。

……“まどろみ”は覚めた。完全に。

深呼吸を、ひとつ、ふたつ。
下げていた剣先を持ち上げると、テリーは真正面に居る相手を見て不敵な笑みを浮かべた。
それを受けて、デュランも笑う。
交差する視線。
そこに、音のない言葉が乗る。

『行くぜ? デュラン。』
『ああ。今度は“よそ見”をするなよ、テリー。』

それを合図に、両者が動いた。
乾いた風が巻き上がる――……。


◇  ◇  ◇


「また腕を上げたな。」
己の二の腕に走った傷を眺めながらデュランが吐いたのは、端的ながらも確実な褒め言葉。肩と頬の傷、それから両腕に新しく出来た防御創の手当てをしていたテリーが、それを聞いて嬉しげに笑う。
「だろ? 俺も、あんたみたいに日々鍛錬してるからな。……なのに、また引き分けになったのが納得いかねえけど。」
がしがしと頭を掻いて苛立つテリーを見て、デュランが呵々と笑う。
「それでもお前は、他の人間と比べるとかなり強いほうだぞ。現に、地上でお前に敵う人間は居ないだろう?」
「……まあ、な。」
だからあんたのところに来てるんだよ、と言ってテリーは息を吐く。

事実、テリーは今の世界に退屈していた。
何故かというと、地上には――人のいる大地には――デュランのように、手合わせができる人材がいないからだ。
軽い鍛錬程度ならばいないこともないが、テリーが望むのは同等、もしくはそれ以上の相手だ。

(いつ何が起こるか分からないってのに、剣を鞘にしまったままの人間が多すぎるんだよな。)
平和ボケしてんじゃねえよ、と胸中で小さく悪態をつく。
しかし、そうして抑えた思考は顔に出ていたようで、デュランが苦笑まじりに口を開いた。
「そう苛立つなテリー。お前には仲間がいただろう? 彼らとは手合わせをしないのか?」
二名ほどいた女性を除いても、手合わせ可能な腕の立つ人間がいたことを、デュランは思い出す。
テリーよりも年下だろう眼鏡をかけた僧侶らしき少年はさておき、大柄で筋肉質の男と……もう一人。伝説の装備を身につけていた彼の青年ならば、それなりにいい勝負をすると思うのだが……?
デュランの言葉に、しかしテリーの表情はますます嫌そうに歪む。眉間に皺を寄せたテリーが、質問に答えた。

「アイツの手を借りて強くなるなんて御免だね。」
吐き捨てられた言葉は、どちらに対してのものだろう。
大柄の男か、それとも伝説の装備を身につけていた青年か。

「それに、エルドのほうは……王子サマ、は最近特にご多忙で、下々のものにお構い下さる暇がないんだよ。」
テリーが呟いた名前を聞いたデュランは、ここで前出の“アイツ”が大柄の男のほう――ハッサンであることを知る。

そういえば、テリーは例の青年……彼の王子サマである“エルド”を好いていて、“ハッサン”という人物には、やや敵対心めいたものを抱いているのだったか。
共に仲間である二人なのに、一方には友好を、もう一方には警戒をしているのはどういうことだろう?
理由が不明なままではあるが、敵愾心からではないようなので気にしないでおいたほうが無難だろう。種族が違うせいか人の機微については想像ができないし、いまいち興味が引かれないのだ。
これが武芸に関することならば、まだ耳を傾ける気にもなるのだが。

それよりも――と、デュランは思う。
彼が気になったのは、テリーが好意を抱いている筈であるほうの人物にも敵意めいた言葉を吐いたことだ。
ハッサンとはヘルクラウド城での戦闘以降会っていないのでただの顔見知り程度だが、エルドのほうならば、時々相手がこちらに顔を見せに来るので幾らかの親交があった。
彼の青年とはたまにテリーとするような手合わせもしており、ちょっとした知人から友人扱いになるくらいの関係だが、よくよく考えるとこれはどうにも奇妙なことだと思う。
デュランは大魔王の配下であり、エルドたちの敵だった。だからヘルクラウド城で戦ったのだし、それによって大魔王デスタムーア攻略への道が開かれたのだ。

それがまさか、大魔王を倒して安定した世界になってから交流するほどの仲になるとは思いもしなかったが。

もっとも、それにはエルドの性格も一役買っているのだろうと思う。
敵を許し、認める男。
まあそれでも、伝説の装備一式を剥いで地上へ放り出した時などは、再戦のために戻ってきたエルドが怖いくらいにいい笑顔を浮かべていて、妙な威圧を感じたのだが。
あの時点で彼の青年が普通の人間でないことは感じ取れた。後にテリーが、「アイツを本気で怒らせるとヤバイからな」と話してくれたが、どう「ヤバイ」のかはいまだ以って語られずじまいである。……詳細を知る気は、今のところない。

ともかく、彼の青年エルドは基本的に明るい太陽を思わせる人間であり、テリーは、そういった彼の気質、性格に惹かれたのだろう。
それなのに、エルドのことを語る今のテリーは顰め面をしている。
はて、これは?

「エルドと何かあったのか?」
「何もねーよ。」
「……。」
ふてくされた声が、早すぎるタイミングで返答した。
こういうところは分かりやすい。
子供の頃から変わっていないな、とデュランは内心で笑う。
「そうか。何も無いか。」
それだけを言ってデュランが意味ありげに見つめれば、凝視に気づいたテリーが眉を寄せて背を向けた。
流れる沈黙。
暫くの間テリーは口を閉ざしていたが、やがて話す気になったらしい。ぽつりと呟いた。

「……俺って強くなったよな、デュラン?」
「ああ。先程も言ったが、お前は強い。たやすく勝てる人間など、そうおるまいよ。」
「頼りになるように、見えているか?」
「少なくとも、俺の目には頼りなくは見えないが。」
「……だよな。そうだよな、俺は強くなったよな!?」
小さく呟いていたテリーが声を荒げたと思ったら、唐突に振り向いてデュランを見た。
「なあデュラン。」
「おう。今度は何だ。」
「むかし教えてくれた“遊び”をもう一回教えてくれ!」
どの“遊び”だ?と首を傾げるデュランに、テリーは説明を補足した。
簡単な身振り手振りだったがきちんと伝わったようで、聞き終えたデュランが微苦笑して頷くと、テリーにそれのやり方を伝授してやる。
その遊びは失伝魔法を使ったもので扱いが少々難しく、それ故に効果時間が短いために実用向きでは無かったのだが、“面白い遊び”にはなったので、何度かテリーに教えたことがあったものだ。

――本当に、子供相手にはいい“暇潰し”になった。
デュランのところにやってきた時にはもう、子供の目をしてなかったが。

「ん、大体は思い出した。教えてくれて、ありがとな。」
説明を聞き終えるなり帰り支度を始めたテリーを、デュランは肩を竦めつつ傍観する。
テリーはしばらく黙々と荷物を纏めていたが、ふと何かを思い出したのか顔を上げると、デュランを見て口を開いた。

「……そういえば、あんたって意外と魔法に詳しいよな。」
「はは。意外、とは心外だな。俺は、これでも元魔王だぞ。忘れたか?」
「あー……、そうじゃなくてさ。あんたって武人っぽいから、魔法は全然使わないと思っててさ。」
書き止めたメモにサッと目を落とし、テリーは続ける。
「いま教えてもらったやつ……失伝魔法とか、さ。コレ、なんかすごいものなんだろ?」
「はは。失われたが故に価値がある、というものかもしれんがな。ふむ……」
質問に応じていたデュランが、そこで不思議そうな顔をして言葉を止めた。顎に手を当て、テリーに問い返す。

「そういうお前も人にしては過度に知っているようだが、どこでその知識を?」
「どこっていうか、エルドが教えてくれて――って、そうだよ! あいつのところへ行くんだった!」
会話がまだ途中だったのにも関わらず、テリーは自らが口にした名前で用事を思い出したらしい。
「悪いデュラン、話はいったん打ち切りだ。」
慌てて纏めた荷物を手にすると、「話の続きはまた今度な!」と、おざなりな挨拶をして足早にその場から走り去ってしまった。
唐突に後に残されたデュランはというと、そんなテリーを苦笑で見送りつつ、ひとり呟く。

「ふむ……悩みは吹き飛んだようだが、まだ瞳に影があったな。」
ヘルクラウド城にて、何の躊躇いも無く同種族――人であるエルドたちに剣を向けていたあの時の昏い色が今のテリーの瞳に混じっていたのを、デュランは見逃さなかった。
強さに執着していた闇の剣士。その執着を今は例の青年に向けているようだが、果たしてそれだけなのだろうか。
テリーの執着は、狂気と化していた。
ならば、あの人間に――エルドに向けるのもまた、それと同じなのではないだろうか?
背負っていた剣を思わせる、苛烈な気配。魔族でさえも目を引くあの感情を、さて人が受けきれるかどうか。
けれどもデュランは、テリーを止めることも、エルドに忠告することもしない。

自分はもう舞台から降りた存在だ、とデュランは自認している。
大魔王を打倒した人間に特に恨みは無いし、そもそもが世界征服などに興味は無かったのだ。
ただ、強い者と戦いたかった。そしてそれは叶えられた。しかも彼の強者は後に良き友人となって。
……良い友人たちではあるが、そのことと自分が世界に介入することは別だ。人の問題なのだから人の間で片付けて欲しい。自分は恋を司る精霊ではないのだ。

「ヒトの沙汰など、魔王の俺には関係ないことだ。」
独り言のような呟きを失笑と共に零すと、テリーにつけられた傷を一瞥して、俺もまだまだ鍛錬が足らんな、とひっそり笑うのだった。

Aspirat primo Fortuna labori