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Paladin Road

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ひとさじの蜜月


それはまるで野生の獣だった。
初めて出会ったのは、アークボルト。ちょっと顔を見て、ちょっとした言葉を交わしただけだったけれど、「何だかなあ」と思ったのが第一印象。
強い剣を手に入れるんだと話すその顔が、話す瞳が、旅の剣士というよりは新しいおもちゃを見つけた子供のように見えたせいかもしれない。
「何か放っておけなくなる奴だな」と感じたが、ハッサンは「何だアイツ。生意気そうなやつだな。」と笑っていた。

そして城での謁見を済ませ、坑道へ向かう為に門前を出たところで、再び再開した。お互いに棺桶を引き摺って。
力自慢のハッサン自らが――これくらいなら俺でも運べるから大丈夫だと言っているのにもかかわらず、強引に――柩の運び手となってくれたので手持無沙汰であったコチラを余所に、彼は悠々と柩を引き摺っていた。
「この勝負、お前なんかに勝ち目は無いぜ。」と挑発めいた言葉をぶつけられたが、コチラとしては欲しいのは剣では無く情報だったので苦笑だけを返しておいた。

そんな坑道の竜退治。勝者は言わずもがな先に出た剣士様で、あっという間に竜を斬り伏せて問題を片付けてしまう。頬についた返り血を拭い、肩越しに不敵な笑みを寄越してきた彼の剣士について仲間の反応は様々だった。
「得意げな顔しやがって。ちょっと到着するのが早かっただけじゃねえか。」とムッとした声で言ったのはハッサン。
「でも一人でやっつけちゃったのは凄くない?」と感嘆したのはバーバラ。
「……あの子――」と何か言いかけて口を噤んだミレーユが少し気になったものの、彼女はそのまま瞑目してしまったので、尋ねることは憚られた。

そんな剣士様は、手に入れたばかりの新しい剣を背に意気揚々と歩いてくると、すれ違いざまに「今回も俺の勝ちだぜ」というようなことを言った。
コチラは勝敗などどうでもよく、むしろ「相変わらず独りなんだな」と言おうとしたのだが「俺たちも先を急ごうぜ」というハッサンに肩を引かれて、結局声を掛けることは出来なかった。

「やっぱり放っておけなくなる奴だな」と再度感じたのは、去りゆく彼の背中がどことなく強がっている風に見えたせいかもしれない。


◇  ◇  ◇


それから、出会い重ねて――遂には天空に浮かぶ城の大広間で、剣閃を重ねることになる。
目の前には、あの時の剣士が一人。片膝をつき、呼吸荒くもコチラを強く睨んでいる。
決した勝敗。しかし彼はなかなか折れず。

「まだ、負けじゃ、無い……!」
血の混じった声を絶え絶えに吐いては、まだ戦おうと無茶をするので、盾になってくれていたハッサンを振り切って一気に彼に近づくと、その頬を叩いて「命を粗末にするんじゃない!」と、こんこんと説教をした……らしいのだが、この辺は記憶が曖昧なので伝聞調になってしまう。多分、なりふり構わず斬りかかってくる相手に腹が立ったのだろう。

「僕の村の神父様よりも、怖かったかもしれません。」と、畏敬の念を向けてチャモロが語った。
「父親ってこんなかんじなのかしら、と思ってしまったわ。」と、しんみりと、けれど嬉しそうに話してくれたのはミレーユ。
「なんかお兄ちゃんぽかったよ!」と叫んで、きゃっきゃと腕を組んできたのがバーバラ。
ハッサンに至っては、「父親ってより母親っぽいけどな、お前の場合」と単身で突撃したことに対してはさして咎めもせず、追加で、「無茶しやがって。……あんまり心配かけさせんな、馬鹿。」と軽く頭をこづかれた程度で済んだのは僥倖か。
そんな仲間達の奇妙な評価を背にしつつ振り返れば、そこには叩かれた頬を押さえて呆然としたままの彼がいて、動かない石像になっていた。
本当に世話が焼けるなと苦笑しつつも、動かない――どうしていいのかわからない?――彼に向かって手を差し出し、こう言ってやった。

「俺達と一緒に行こう、テリー。」
そう声を掛けた時に見た彼の、テリーの顔は忘れないと思う。
親とはぐれた子供のような、明かりを見つけた迷子のような、そんな顔をしていたのだから。

獣は、ただ寂しかっただけ。
昔に、守りたいものがあっただけ。

孤独だった獣はそうして居場所を得て、それから――。


◇  ◇  ◇


「……ふう。」
柔らかな光が差す窓際。
本を読んでいたエルドは、そこで視線を自分の下方へ移した。
膝上には、猫が一匹。いや、孤高の剣士が一人。
――孤高だったのも過去のこと。今はすっかり警戒心のない顔をしていて、エルドの膝を枕に、まどろみの中に落ちかけていた。
あの雷鳴を思わせる獣は、もういない。いるのは、温もりが大好きな甘える猫に似た青年が一人だけ。

ある日のこと。レイドック城の中庭に近い書斎でいつものように静かに読書を楽しんでいたところに、突然テリーがやってきたのだ。テリーはエルドを見るなり目を吊り上げ、足早に近づいてくるなり叫んだ。
「お前っ……どこ行ってたんだよ!」
「え。何で怒ってるんだ? 小休憩を兼ねて本を読んでくるって、昼食後に言っ」
「探したんだぞ! 勝手にいなくなるなよ!」
「勝手も何も……おい? ちょっ、と――」
穏やかに説明するエルドを余所に、テリーが何だか泣きそうな顔をしたので王子様は慌てて本を閉じる。
「テリー? どうした?」
「ウルサイ! ……来いっ!」
「ちょっと、――わっ!」
話しかけるエルドを遮ったテリーは、そのままエルドの腕を引っ張って書斎から連れ出した。

連れ出された先は、書斎を出たところにある中庭。
日当りのいい一角にエルドを座らせると、懐に潜り込むようにして膝の上に自分の頭を載せ、ぼそりと一言。

「……また置いて行かれたと思っただろ。」
「……ごめん。」
テリーの起こした唐突な行動を諌めようとしたエルドだったが、そんなことを言われてはそれ以上何も言い返せなくなってしまった。
謝罪の言葉を口にしてテリーに膝上の権利を許すと、髪に触れながら尋ねる。
「その分だと、結構走り回ったみたいだな。」
「……ああ。」
「ハッサンか誰かに聞かなかったのか?」
「…………あいつには借りを作りたくない。」
その言葉を聞いて、エルドは苦笑い。髪を梳く手が気持ちいいのか、走り回って疲れたのか、テリーは、うとうととまどろみ始めている。

「お前のせいで疲れた。」
「うん、良いよ。そのまま寝ちゃって構わないから。」
「ん……俺、重く……ない?」
答えるテリーは睡魔に負けつつあるせいか、甘えるようにエルドの膝にそうっと手を置いて言う。
「お前は、母さんだ、って……あいつは言ってたけど……俺は、そんなの……認めない」
「うん?」
「だって、それじゃ……キスとか……、で……きな……」
「テリー?」
「……。」
唐突に始まった会話は、唐突に途切れる。
気紛れな猫。エルドはクスクス笑うと、上体を屈めて囁いてやる。

「お休みのキスくらいならしてやれるけどな?」
それこそ、いますぐにでもこうして。
前髪を掻き上げた額に口づけて軽く頭を撫でてやれば、気持ちがいいのかテリーが少し身じろいでエルドに擦り寄る。
ああ、ますます猫っぽい。

「さて、と。テリーが目を覚ますまでは本の続きでも読んでおこうかな」
そう独りごちて、手にしていた本を開くも……不意に、パタンを閉じた。
ふっと息を吐いて、笑う。
「テリーの昼寝に付き合うのもいいか。」
気持ちよさそうな顔をしている相手につられたのもあってか、エルドは欠伸を一つすると、ゆっくりと目を閉じた。

しかし、次に目を覚まして驚くことになる。
何故かテリーとハッサンが喧嘩していて、仲裁に入ろうとフランコが右往左往しているという光景を目にする羽目になったので。

Amantes amentes