Paladin Road
- 19 -
檻の鳥に快楽を
「ふっ……ぐっ……」
視界閉ざされた世界で、エルドは自分の口から零れる嬌声を噛み殺している。両手は後ろ手に縛られており、背後から抱き込まれるような形で男の膝の上にいた。
揺れる――揺さぶられる感覚の中、耳の後ろから囁かれる。
「っは、随分と、行儀がいいな、この王子サマ、は――っ!」
「――ひぐっ……!」
不意に、体の奥を大きく突き上げられる。走った鈍痛と衝撃に、噤んでいた唇から短い声が上がった。それは悲鳴に似て、泣き声にも似て。……けれど、行為が中断されることは無く。
「あ、あっ、イッ、やだっ、やめ……っ!」
抱かれてから、どれくらいの時間が過ぎたのか。
気を失い、気がつき、を繰り返しているので、もう時間の概念が希薄になっている。
気を失うように眠りに落ちても夢は見ず、そうして目を覚ませば悪夢のようなことが待っている。
……ああ、これが夢ならいいのに。
妹の死、魔王、眠りに落ちた両親、幻の世界、幻だった妹、それから――。
――暗闇でも鮮やかな、この現実。
これこそが全部、幻であれば良かったのに。
「急に大人しくなったけど、また何を考えているんだ?」
なあ、俺にも教えてくれよ?と耳を食まれながら、彼は恋人のような囁きを聞く。
けれど、振り向いてもその姿を見ることはない。この目隠しが邪魔をしていて……いや、隠してくれているから。
彼の顔をまともに見なくて済むのは、ありがたい。今はもう、何をしても、しなくても辛いことしか返ってこないから。
ただ、少しだけ首を横に振ってみたが、気づいてくれただろうか。
「段々と反応が薄くなってるな。……俺とじゃ、退屈か?」
「……。」
その声には寂しげな子供を思わせる響きがあったが、王子様は――エルドは、揺さぶられる振動だけを感じていて心ここに非ず、といった状態になっていたので何を言われたのか気づかなかった。
彼がただ考えているのは、「早く”コレ”が終わってくれないかな」ということだけ。
無感動になりつつある心を、いつものように終わりが来るまでどこかへ漂わせていた時だった。
「それじゃあ――そろそろ新しい遊びでも試してみるか。」
「……っ!?」
悲哀を帯びた声音が、一転して、はしゃぐ寸前の子供へと変化するのをエルドは聞いた。それはさり気なくぽつりと吐かれた言葉だったが、我に返ったのはテリーが抱きしめてきたからではない。
「な、……」
広げられた両足、その爪先に触れるものがあった。
それは一度、エルドの太股辺りをさらりと撫でただけで直ぐに離れたが、彼の体を強張らせるには十分だった。
テリーの両手は、この体を抱き込む形で巻き付いている。
ならば、たったいま足に触れたのは、誰の――テリーの他に、誰かが居る!?
そう考えた瞬間、エルドは閉じていた感覚を澄まして周囲を探る。すれば側に何かの気配があるのを感じてしまい、背筋が寒くなった。
◇ ◇ ◇
「う、ぁ……」
だれかがいるだれがそこにいるおれのあしにぼくのからだにふれたなにかがそこに――……!
視界を隠された状態では感覚に頼るほかなく、それが更にエルドの不安を掻き立てた。
「いま、……だれ、が……っ」
堪らず軋んだ声をあげれば、背後で含み笑う声がした。
「ふっ、くくっ……。どうした。急に反応が良くなったじゃないか、王子サマ。」
「テ、リー……!」
抱擁から逃れようと身を捩るエルドを更に強く抱きしめて制しながら、くすくす笑ってテリーが答える。
「やっぱり、お前も刺激が欲しかったんだな。……なら、もっと触ってもらうか?」
「なに……――っ!?」
テリーがそう言ったのに合わせて、再び何かに足を撫でられた。
第三者の確実な存在に、エルドの肌が一気に泡立つ。
だれかいただれかがいる、だれ、が……っ。
「あ、ぁああ」
震えが止まらない。何故なら、今の自分は足を広げた最奥に背後の男自身が埋め込まれたままで、何とも不恰好な――恐らくは、あられもない姿を晒しているのだから。
「や、イヤ、だあっ……!」
頭を振って拒絶の意思を示すも、テリーの抱擁は外れず、体から楔を抜くことも無く。かつての騎士は震える王子様の顎を掴んで固定させると、耳元で静かに囁いた。
「そう嫌がるなよ。知らない仲でもないんだし、さ。」
「え――」
エルドが息を飲む。安心からではなく、緊張で。
「お、れの……しって、る……?」
「ああ。感触で分からないのか? ――ほら。」
テリーが合図でもしたのか、その手がエルドの足に沿って伝い上がってきた。
「あっ、うぁっ――」
それは腹に触れ、まるで筋肉を確かめるように円を描いて撫でまわしてから、足の間に下りてきた。
「あっ……なに、をっ……や、そこ、触っ……っく――んんっ!」
ぞわぞわするそれは悪寒のような、快感のような。
けれども、見えない相手に自分の見っとも無い声を聞かせたくはない。歯を食いしばって息をつめていれば、苦笑じみた声が聞こえた。
「おや。これではお気に召さないか?」
「……っ!」
聞き覚えのある声に、エルドの喉がひゅっと鳴る。
その声の主の態度は尊大だが悪意はなく、どこか鷹揚としていて余裕すら窺えるもので、平和になった後の世界では実に良き試合相手となっていた。
魔王でありながら、武人然とした男。
天空城が堕ちる前の城主。
エルドを抱き込んでいる彼の聖騎士の、かつての――“上司”。
「ま、さ、か――」
まさかまさかまさか。
目隠しで覆われた視界が一層暗くなる。
後ずさったわけではないが、思わず身を引いたエルドは自分からテリーに体を押しつける形になってしまったことに気づかない。
「なんだよ、急に甘えて……そうか。気に入ってくれたんだな?」
テリーが嬉しげに目を細め、すっかり言葉を失ったエルドに機嫌よく答えを教えてやる。
「そう、お前が考えたやつで正解だぜ。じゃあ――褒美をくれてやらないとな?」
しゅるりと聞こえた布擦れの音と共に、視界がひらける。
その布が外されることを願っていた。
――願わなければよかった。自分の願うものは歪んだ形で実現するのだと、この身で思い知ったばかりだったのに。
「あ、あ、あ、あ、あ、――……っ」
言葉にならない言葉を零して震える王子様に、背後の騎士と、正面の魔王が――デュランが、笑う。
「久しぶりだな、エルド。いや、レイドック王子、とお呼びしたほうが宜しいのかな?」
「ははっ。わざとらしい冗談だなデュラン。そんなのコイツは気にしたりしねえよ。なあ?」
デュランから視線を外せないエルドの首筋に顔を埋めて、テリーが言う。
「本当は、俺だけとしててくれた方が良いんだけどさ。でもな、どうにも王子サマが退屈そうにしてるから……」
ちゅ、とわざとらしく音を立ててあちこちにキスを落としながら、テリーは続ける。
「――だからデュランに”教えて”もらおうと思って、わざわざ呼んだんだぜ。喜べよ、王子サマ?」
「ち、ちが、う……っ、た、たい、くつ、なん、て」
教えてもらうって、何を?――その質問はしなかった。この先の答えは明確な形となってエルドの脳裏に浮かんでいるのだが、それを直視したくなかったのだ。
ああ、認めたくない。この先に待つものを。
ああ、知りたくない。ここから先に起こることを。
「い、や……だっ」
デュランが距離を詰めてくる。
しかしエルドに逃げ場はない。
……逃れる術はない。何もかも取り上げられた自分にあるものといえば、この身ひとつだけ。目を閉じて身を竦めていれば、背後のテリーが甘い声で話しかける。
「そう怯えなくてもいいぜ、王子サマ。……ただ、最初は少し刺激が強すぎるかもしれないけどな。」
テリーがそう言ってエルドの首筋にキスを落とせば、それを聞いたデュランが言葉を返す。
「はは。加減はしよう。俺も、この人間は――エルドは気に入っているからな。」
伸びてきた腕がエルドの顎を軽く掴んで、持ち上げる。視線の先に見えるは一対の赤い瞳。
「さあ、我らと共に遊ぼうか――レイドック王子?」
「ひ、ぁ――」
滲む視界。
このまま気を失えたらいいのにと思うも、その願いはやはりどうにも叶ってくれないらしい。
ぼくは何を間違ったんだろう。
俺は何を間違ってしまったんだろう。
ああ。
ああ。
かみさま。
Abyssus abyssum invocat.