Paladin Road
- 20 -
繋いだ贄と狂宴を
「うぁっ、あっ、ぐ……あっ」
「ふむ。少し苦しそうだな。」
大きく足を開かせた青年の腰を掴んで揺すりながら、デュランが呟いた。その声に特に乱れはなく、自身が貫いている人物の反応を興味深そうに見下ろしている。
「くくっ。そりゃそうだろ。アンタのは人間と違うんだぜ。」
デュランの呟きに、笑い声を返したのはテリー。苦痛の混じった嬌声を零している青年――エルドの髪を撫で、流れる涙を舌で舐めとりながら言葉を返す。
「流石の王子サマも、それに慣れるのは時間が掛かるだろ。加減してやれよ。」
「……ああ――そうだったな。」
指摘に、デュランは一瞬ばかり遠い目をして何かを懐かしむような眼差しをした。彼の顔をさっと過ぎ去ったのはまるで人のような面影。だが、それは瞬きをする間に消えた。すぐに武人然とした表情に戻ると、視線を落としてエルドを見る。
「王子。」
動かしていた腰を止めると、上体を屈めて囁くような声音で話しかけた。
「貴殿ならば少々の無茶をしても耐えられると踏んでいたのだが、どうやら此方の気遣いが足りなかったようだ。済まなかったな。」
「は、ぁ……っ、う、ぁあ」
エルドは辛そうに眉間に眉を寄せてデュランを見上げているが、焦点は合っていない。虚ろな目から時折涙を流し、苦痛に顔を歪めるだけ。それに気づいたデュランが顔を動かし、仰向けに横たえたエルド――ではなく、その側に視線を留めて声を投げた。
「おい。」
「んっ――は。……何だよ。」
呼びかけに、涙を流す青年を愛しげに見つめて軽い口付けを落としていたテリーが顔を上げる。
僅かに潜められた眉は、良いところだったのに、という不満を表していた。デュランは苦笑を浮かべると、視線をエルドに移して言葉を繋ぐ。
「レイドック王子の意識が朦朧と“しすぎている”。加減を誤ったのは、お前のほうだろう。」
「間違ってねえよ。……新しく作った“媚薬”が馴染んでないだけだろ。多分」
「調合は……人間のものではないな?」
「あー……アンタんとこの書庫にあった本に載ってたやつだから、そうかもな。」
「――。」
よく確かめもしないで与えたのか、とデュランは呆れた顔をする。恐らく名前だけを見て――“媚薬”という言葉を見た途端にそちらへ意識が向き――ろくに説明も読まないで作ったのだろう。
子供っぽいところが抜け切れていない男。それでも、しっかり媚薬の効果を落とさずに作り上げた手腕には感心するところではある。
「……まあ、毒ではないから死にはしないが。」
「コイツを死なせるような真似なんてするかよ。」
「……毒針で瀕死にさせたのは数に入れていないのか。」
「あれはあれで最適解だったから良いんだよ。」
けろりとした顔で答えるテリーに、悪びれた様子は無い。デュランが苦笑を深め、肩を竦めるような素振りを見せてからエルドに話しかける。
「……と、いう訳で、貴殿が朦朧としているのは薬のせいだレイドック王子。だが、安心して欲しい。」
「あ――うっ……!」
腰の下に腕を回して抱き起すと、己の膝上に乗せて向かい合わせになる格好をとり、そうして顔を近づけるとその耳元で囁く。
「テリーが飲ませた薬には、痛覚を鈍らせる効果もある。だから――」
「あ、ぁ――…ひっ!?」
抱き締めるようにエルドの体を拘束すると、腰を動かして杭を打ち込むように捻じ込んだ。
「――だから、こうしても痛みはそう酷くはない筈だ。だろう?」
「ひっ、あ、ぃ、う、ぁああ……っ」
腹の奥の圧迫感にエルドが目を見開き、ぼろぼろと涙を零しながらデュランにしがみつく。
「いぁ……い、った……っ、嫌っ……ぁ、あっ!」
「それは痛みではなく衝撃のせいだ。なに、すぐに慣れる。」
「ふぁ、あ……っ、ひ、うぅ……っ」
重量のあるソレがぎちぎちと音を立てて侵入してくる。腰を引こうにもしっかりと抱えられているので逃げられない。
「や、めっ……やっ、ぁあっ」
デュランの首に腕を回してしがみつき、子供のように嫌々と首を振るも動きが止まることはない。
「力を抜け、王子、さすれば圧迫感も緩和する。」
「っふ、うぅっ――あっ、は、うっ……んんっ」
縋りつくエルドが流す涙がデュランの肩を濡らし、喘ぎに似た声が耳朶を打つ。
「貴殿の声は甘いな。」
その後頭部に手を伸ばして髪を梳きながら、デュランは彼の王子のかつてについて思いを馳せる。
彼は――エルドは、良き好敵手であり良き友人でもあった。
強い意思を宿した目。太陽を思わせる陽気を纏い、どんな困難にも怯むことなく立ち向かった男。
堕ちた天空城、ヘルクラウドにて言葉を交わし剣を交わし、この魔王を打ち負かしてくれた男は、それから仲間と共に真の魔王を倒し、世界に安寧たる平穏を取り戻した。
かといって、その功績は特に人々に知らしめることもなく、手柄としてひけらかすこともせず、自分の居場所へ戻っていったと聞いている。
それから暫くして、次にエルドと会ったのは何の因果か狭間の世界、牢獄の町だった。
「何をしに来た?」と問えば、「デュランこそ、ここで何をしてるんだ?」と返されたので、光満ちた世界に魔王が居たらおかしいだろうから古巣へ戻って来たんだと説明すれば、エルドは意外と素直に納得した。どうやら世界が平和になった後でも魔族に関しての情報を収集、研究していたようで、デュランの足跡もおおまか見当がついていたらしい。
「お前は本当に食えない人間だな。」
驚きと称賛とが籠もった声でそう言えば、エルドはいつもの温和な微笑――ではなく、どこか不敵な笑みを浮かべてこう言い返してきた。
「俺には守るものがあるからな。」
だからおかしな真似はしてくれるなよ、と。
魔王相手に、まるで年下を窘めるような声音で牽制したあの時、強く興味を引かれたのを覚えている。
――鮮明に思い出せるほど、強く焼き付いた。
人にしておくには惜しい程の強さを持った男。
人にしてはどこか不思議な気配と妙な雰囲気を持ったこの青年に、魔王である己が身裡をこうも掻き立てられるとは。
人の感情に添って言い表すならば、この感情の名は――。
「――明かしたところで、もうどうにもならんだろうな。」
「ふあっ……イッ、ああっ……!」
口にしかけた言葉は飲み込み、代わりに腰を突き上げて己に縋りつく男の奥へ押し込んだ。強い衝撃にぼろぼろと涙を零して声を上げるエルドの髪を撫で、その首筋に顔を埋めて吐息のような声を吐く。
「エルド。お前の運命は最早戻らないだろう。なにせ、魔王以上の男に魅入られてしまったからな。」
「あっ、う、あぁっ……ふっ、ああっ」
廃墟と化した亡国の王子。帰る場所を無くし――奪われ――冷たい男の腕に閉じ込められた。
籠の鳥。デュランはエルドの涙を指先で拭いつつも腰を動かし続け、嬌声と嗚咽を上げさせる。
この場においては、己が掛ける同情など何の役にも立たない。
この歪んだ揺り籠に繋がれた彼に必要なのは、快楽だ。感覚を麻痺させ、理性を飛ばし、狂気に侵す強い――人の身には強すぎる快楽こそが、この酷い現実から逃避させる薬となる。
人の言葉で言い表すならば、「せめてもの情け」というやつか。
(魔王が人に、か。……魔界の愚書にすら乗らぬ戯曲、いや愚曲だな。)
脳裏に浮かんだ考えに失笑し、エルドの頭を抱えるようにして己の肩に凭れさせながら髪を梳く。
「まだ痛むか、王子。」
「んくっ……っふぁ、はぁ、あ、ぅ」
「声は届かぬ、か。……ああ、理性など飛んでいた方がマシだろうな。」
「はっ、あぅ――ひ、っく」
腰を動かして揺さぶれば、その度に耳元で短い嗚咽が聞こえ、更にはらはらと涙が落ちて肩口を濡らしていく。
かつての敵を、かつての友を、まさかこうして抱くことになろうとは。
「ふっ……運命とは数奇なものだ。実に……面白い。」
酷く静かな声で囁いて、デュランはエルドの頬を伝う涙を舐める。
そうして憐れな生贄と共に歪んだ悦楽を愉しんでいれば、ぎしりとベッドの端が軋んだ音を立てた。
「俺は面白くない。」
「うん?」
声のした方を見遣れば、不機嫌さを滲ませた顔をしたテリーがいて、デュランとエルドを睨み付けていた。
「なにげに世界を作ってんじゃねえよ。」
「おう。飽きて一人で遊んでいたんじゃないのか。」
「飽きてなんかねえよ。……ったく。なんでデュランには素直に甘えるんだかなあ、俺の王子サマは。」
「これが甘えているように見えるなら、お前は相当だぞテリー。」
苦笑交じりにそう言えばテリーはますます不機嫌そうに顔を顰め、ベッドの上を這うようにして近づいてきた。
「見えるからそう言ってるんだろうが。なんだよ、俺の時には自分から抱き着いてなんかくれないくせに。」
不満を零しながらエルドの背後に回り、圧し掛かる。
「……なあ。お前は“俺の”なんだぜ。分かってるのか?」
「はっ、はぁっ、あ、うぁ、あっ」
艶やかな声音で囁きかけてみるも、エルドからまともな返事は無い。デュランに突き上げられ、揺さぶられて生じる快楽に溺れ、更には人間用ではない媚薬の効果も相乗して理性が飛んでしまっている。
「聞こえてない、か。……やっぱ分量間違ったな。」
「だから俺がそう言っただろう。」
「ふん。次から気をつけるから良いんだよ。」
そう言うとエルドの肩越しからその顔を覗き込み、話しかける。
「悪かったな、王子サマ。……でも、いつもより気持ち良くなれてんだろ?」
「ふっ、うぁっ、あっ、いっ、あぁっ」
問いかけに、エルドはただ泣いて首を振るばかり。いい、とも悪い、とも答えない。
――何も言っていないのに、テリーは不意に目を細めて口端を吊り上げた。
「……なあデュラン。これ、痛覚を鈍らせるんだよな?」
「自分で作ったのだから、効能くらいは知っている筈だろう。」
「確認だよ、確認。……よお、王子サマ。デュランのだけじゃ、物足りないだろ?」
「う、……あ?」
その囁きに何かを感じ取ったのか、エルドが肩越しにテリーを見返す。
涙で潤んだ双眸。揺らめく瞳に自分だけが映されていることにテリーは暗い歓びを覚えつつ、顔を近づけて笑う。
「薬の効果を試すついで、ってわけじゃないが――どっちが良いか、比べてみないか。」
「ぁ――っ、い、嫌……っ」
ぼうっとしていたエルドは、その言葉の意味を理解して意識が覚醒する。恐怖で肌が泡立ち、ぶわりと総毛立つ。蒼褪め、慌てて逃げようとするが――「無駄な足掻きだ、レイドック王子。」「ヒッ……ッ!」デュランに容易く引き戻され、元の位置に固定され……「いくぜ? 大人しくしてろよ、王子サマ。」
耳元で囁かれた次の瞬間、想像もつかない衝撃がエルドの体を貫いた。
「――ッ……!?」
その目を大きく見開いて、はくはくと口を動かすがそこから声は零れない。エルドはただ掠れた呼吸らしき音を吐く。
強張る四肢。背中が、悪寒からの汗で濡れている。
動きどころか息すらも止めて完全に硬直したその体を、不意にテリーが抱き寄せた。
「どうした。王子サマにはちょっとばかり刺激的過ぎたか?」
「ア、 ぐっ……っふ、……ッ」
歯を食いしばるも、歯列の間から激痛の声が漏れるのは止められない。
エルドはこれまでに数多くの戦いを経験し、死線を切り抜けてきた。けれども、外部からの傷と内部のそれは全くに違うものだと実感する。――思い知らされていた。
「イッ……う、ぁ、ああ――……あ、ぐっ!?」
デュランの胸に両手をつき、頭を下げて痛みに耐えていれば背後から伸びてきた手に顎を掴噛み上げられる。軽く仰け反るエルドの耳元で、甘く囁くのは堕ちた騎士。
「なあ。俺とデュラン、どっちが悦い?」
「ふ、ぁっ……ぁ、うぅっ」
掛けられたのは甘い、けれどどうにも無慈悲な言葉。エルドは両目からぶわりと涙を溢れさせ、唇を噛んで嗚咽する。
「も、」
「ん?」
「も、う……嫌、だぁ……っ」
「……。久し振りに喋ったかと思えば、それかよ。」
「――イッ……!」
拒絶の言葉をぶつけられ、テリーの声と眼差しに昏いものが混じった。エルドの髪を掴んで強引に引き寄せると、上向かせたそこへ顔を近づける。
「返す言葉が違うぜ、王子サマ。俺は、どっちが悦いかって聞いてるんだ――ぜっ!」
「ぎっ、うあっ……あぁっ!」
馬の手綱を引くようにしてエルドの髪を引っ張りながら、テリーが腰を動かし始めた。媚薬でも打ち消せない痛みに動けず喘いでいたエルドは、それで顔を歪ませ、涙を流し、押し殺せない悲鳴を上げる。
「いっ、あっ、痛っ、やめっ、あああっ……っ!」
「ふん。じゃあ、痛みがなくなるまでじっくり馴染ませてやるよ。……それこそ、嫌だって言えなくしてやる。」
「ひっ、ぐっ……うぁ、あ、あぁーっ!」
「……やれやれ。加減をしろと言ったあの発言を、自分で取り消すとはな。」
己の体の上で、獣じみた男が捕まえた鳥に爪を立てて貪るのを眺めながらデュランは傍観者の溜め息を吐く。呆れた声に苦笑を混じらせて。
「うあっ、あっ、や、ひっ、ああっ、うぁ、あああ――……!」
魔王を倒し、友とし、太陽を思わせる陽気を纏った男が、子供のように泣いている。
もう彼が自分の名を口にすることはないだろう。
友として剣を交わすことも無いだろう。
人にしては不思議な気配を持ち――自由な風を思わせる雰囲気があり――青い空の下で笑う姿が様になっていた彼は今や昏い檻に閉じ込められ、笑うどころか言葉すらも忘れかけている。
友を失った代わりに手に入れた、贄の鳥。悲しみよりも歓喜の方が強いのは、遠いように思えた存在が近くにいるせいだ。
――手を伸ばして触れられる距離に、落ちてきた。太陽が。
「光を食らう闇、か。……正しく我らの宿命だな。」
くつくつと沈痛笑いを浮かべて呟き、痛みと快楽を同時に与えられて苦しんでいるエルドを見上げる。
腕を伸ばして頬を伝う涙を拭ってやりつつ、デュランは独白を零す。
「遠い昔に俺は堕ちたが、お前も遂に堕ちてきた。……我らが世界へようこそ、エルド。歓迎しよう。」
小さな声でそう告げて、デュランもまた供宴の中へと戻っていく。
それから長い間、誰も居ない廊下の奥に悲鳴が響いて吸い込まれていたが、やがてエルドの声が嗄れ、精も果て、気を失ったところでようやく幕を下ろす。
しかしそれはあくまでも「一時的な閉幕」でしかなく、エルドが目を覚ませばまた宴の始まりとなるのだった。
Noli manere in memoria.