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Paladin Road

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罪と罰と終幕と


伝説として語られる勇者と魔王の物語は、いつも光が打ち勝って終わりを告げる。
支配の終わり。闇の敗北。魔王の最後。――終焉に至る条件だ。
スポットライトの光が、舞台の主役に向けられていた。光に導かれ剣を持ち、天空を経て闇を打倒しに来た勇者たちを照らし、輝かせている。

『そうして魔王は最後に勇者に倒され、光を取り戻した世界で人々は平和に暮らしたのでした。めでたし、めでたし。』 ――そのようにして寝物語として子供たちに語られ、受け継がれる光の功績が新たに誕生した瞬間でもあった。
けれど、まだ幕は下りていないことに勇者たちは気づいていない。
物語が終わる条件は全て揃っているわけではなかった。

足りないのは、たった一つ。
それは終焉の幕を引く紐。
魔王がまだ人であった頃、とある人物を繋ぎ止める為にあつらえた銀色の鎖のような――。


◇  ◇  ◇


灼熱の溶岩流れる洞窟の最奥にて魔王を倒したのは、伝説の装備を身につけた勇者率いる一行だった。
勇者はまだ幼い少年で、優しい目をした男と同じ瞳でエルドを見つめている。
どこか悲しそうな顔をしているのは、傷ついたエルドの格好のせいか、背から覗く抜け落ちてボロボロになっている羽のせいか。
少年――フェル、と呼ばれていた――は、父親と思われる男の手を握ると、意を決したようにエルドに話しかけてきた。

「どうして貴方は悲しそうなんですか? ……ボクが、魔王を倒したから?」
泣きそうな声だった。
エルドは寂しげに微笑み、首を振る。
「ん、……けほっ……君の、せいじゃ、ない……君たちは、為すべき、こと、を……しただけ、なんだ、から。」
軽く咳き込みながら引き攣る声帯で言葉を綴れば、フェルがくしゃりと顔を歪める。
「でもボクのした行いのせいで、貴方は――っ」
「――フェル。そこまでにしなさい。」
「……父さん。」
何かを言いかけた少年の言葉は、柔らかい声で制された。声の主は息子であるフェルの頭を撫でて慰めておいてから、会話の続きをさらう。
「エルド王子。この場所は魔王の魔力により生じた世界だ。その根源を倒した今、ココは直に崩壊するだろう。」
話しながらフェルから手を離し、娘のステラに預けていた杖を受け取ると、背後に居た仲間であるスライムナイトに指示を投げた。
「ピエール、アーサー。子供たちを向うへ。急いでくれ、時間が無い。」
そう話す間も地面は揺れており、上から石片がぱらぱらと落ちてきている。
「プックル、君も一緒に行って皆を守ってくれ。良いね?」
「クォン。」
「私は――僕は後から行くから、心配するな。……さあ、行け。」
「……ガウ。」
最後までその場に残ってアレクを見つめていたキラーパンサーだったが、優しく頭を撫でられて命令されたところで渋々頷き、細い道を駆けて馬車の後を追いかけた。
「……さて、と。」
アレクはそうやって先に仲間たちを安全な向こう側へと渡すと、エルドに向き直って手を差し出す。

「最後になって済まない、エルド王子。さあ、急いでココから離れよう。ほら、私に掴まって。肩を貸そう。」
「……。」
しかし、エルドは差し出された手を取らなかった。礼を言うようにアレクの肩をとんと叩くと、その横を通り過ぎて何処かへ行こうとする。
「あ、オイ! そっちには魔王が……まだ完全には死んでいないんだ、危ないぞ!」
「はぁ、はぁ……っ……。」
アレクの制止に、しかしエルドは振り向かない。震える足を動かし、再び這いずるように地面を進みはじめていた。
けれど――。
「……っ。」
「王子っ!」
此処に来るまでの間になけなしの力を使っていた体は、もう限界がきていたようだった。途中で足がもつれ、驚いたアレクが近づきその体を支える。
「――っと。無理をするな。君は長い間、幽閉されていたんだろう? それで体力が落ちているんだ。」
そう声を掛けてアレクが体を支えた青年の体は、想像以上に軽かった。
ここまで来るのに、さぞ体力を使ったことだろう。むしろ、歩けるのが不思議なくらいに彼の状態は酷かった。
亡国の王子。その首に填められた銀の輪がアクセサリーでは無いことは、何かの呪いがかけられている細い銀の鎖から見てとれる。しかし薄物の服は上等なもので、くすんだ赤い染みが幾つか散っている他は清潔そうだった。魔王にも幾らかの衛生観念があったのか。
それでも安堵するのはその点だけで、素足に近い下肢に巻かれた包帯と彼の背のボロボロの羽根は、監禁によって受けた惨状を浮き彫りにしていた。

「惨いことを……。」
拷問、もしくはそれ以上の酷い目に遭わされたのか。目を覆いたくなる状態にアレクが眉を寄せたその時、肩に寄りかかっていた青年がぽつりと呟いた。
「い、かない、と」
「どこへ?」
「……あいつ、の、とこ、ろ」
「君の言う、あいつとは誰だ? まさか、他にもまだ幽閉されている仲間が――?」
「……。」
アレクの質問に、エルドは答えない。ただ前だけを見つめていて、もがく様に動く。その度に彼の背中から、はらり、はらりと羽根が抜け落ちるのでアレクは肩を掴んで押しとめる。
「待ちなさい。君は何をしようとしているんだ。」
「……。」
「何も答えないなら、私は君が向こうへ――魔王が居る方へは行かせられないよ、王子。」
「っ……行かせ、て、くれ。」
「止めを刺そうというのか? 魔王は復活しないよ。伝説の剣で魔力ごと心臓を砕いたからね。」
「……っ、……。」
アレクがそう説明すれば、肩に凭れかかるようにしていたエルドの唇から、はっと息が零れた。
安心したのか? それとも……?
暴れるように身じろいでいたエルドの動きが止まる。
落ち着いたか、とアレクが安堵してその顔を覗き込もうとした時、足元に拳大の大きさをした石が落ちてきた。

「崩壊が始まったか。」
そろそろ本当にこの場から離れないと、生き埋めになってしまう。
アレクは肩越しに振り返ると、一本道の向こうで待機していた馬車に向かって叫んだ。

「君たちは先に脱出しなさい!」
「父さん! でも!」
「お父さんは!?」
子供たちが叫ぶなかで、アレクは力強い声で答える――「私はエルド王子を連れていく。無理に動かせないから少し時間が掛かるけれど、必ず戻るから先に行きなさい!」
「無事に帰って来なかったら許さないわよ、アレク!」――子供たちを両腕に抱きしめて叫んだのは、最愛の妻。誰よりも彼の身を心配しているというのに、子供たちの手前、明るく振る舞って言い返してきた。
気丈なところは相変わらずだ、とアレクが苦笑を浮かべて頷けば、彼女は仲間と子供たちを連れて馬車に乗り込み、来た道の向うへと馬を走らせた。

「さあ。私たちも急ごう、王子。」
「……。」
くたりとした体を支えるようにしながら、アレクが歩き出す。エルドはやはり何も答えず、アレクの肩を借りながら左右に広がる溶岩の海の上に架かる細道を、ゆっくりと進んだ。
微かに残っていた羽根が、熱気に煽られて幾つか炎の中へ落ちていく。

はらり、はらりと。
まるで落涙のように。

Nemo fortunam jure accusat.