空に響く焦がれ唄
1
どうして、こんなことに……と。
後悔しても、戻らない。――戻れない、あの日々には。
何が惹き付けたのか。何に惹かれたのか。
考えても考えても、結論は漠然とした霧の中で、ただ一人、訳も分からず肩を抱いて蹲る。
惹かれてしまった、あの人に。
分かるのは、その事実だけ。
そして、その相手の名前だけ。
──「マルチェロに惹かれた」という、事実だけ。
◇ ◇ ◇
魔王を倒してから、ひと月あまり。
どうにか平和になった世界、落ち着いた大地、平凡な日常。
俺の身分は、相変わらず。トロデーン城の兵士に戻っただけ。
当初、魔王殲滅後の階級は上級近衛兵だったのだが、龍の里にて過去の素性が発覚し、王族に――なりかけたのだが、辞退した。
確実に厄介なこと(遺産やら相続やら)が待ち受けているだろうし、それに物心ついたころから兵士として生きてきた上に、貴族階級のどろどろとしたものを見てきたので、王族になって国を治めるのは面倒くさ――いや、抵抗がある。
幸いなことに、こちらの真の素性を知っている人間はククールだけで、しかも彼は現在、野良騎士の旅(と言うと体裁が悪いが他に見合った表現が見当たらないので、これでいいだろう?)の最中で、各地を自由気ままに飛び回っている。
その旅に誘われたが、断った。
何故か。それは、姫の婚約を壊した張本人として、まず彼女の行く末を幸せに導いておかないとどうにも落ち着かないからだ。
もっとも、結婚式を壊された当人であるミーティア姫はというと、何故か非常にご機嫌で、当分、どこにも嫁ぐ気は無いらしいが。
まあ、相手が相手だったのもあるだろう。
というか、あれでも俺の従兄弟にあたるというのが未だに信じられないし、信じたくない。
外見の美醜はともかく、あの性格は一体どうして形成されたものかと疑問に思う。
遺伝だろうか? だとすると、俺の父エルトリオと、あのアホ王子の父クラビウス王はどのような幼少時代を過ごしたのかが気になるところ。
……兄弟。
その単語で、不覚にも自分抱えている悩みの種の存在を思い出してしまい、嘆きたくなった。
何の為に、こうして城の屋上で気を紛らわせていたんだか。自分の愚かさに舌打ちしつつ、意味もなく振り仰ぐ。
空はもう、不自然に陰ることなど無い。
澄み切っていて、見事な青が広がる晴天だ。
なのにどうしてか、それらがくすんだ鈍色に見えてしまう。それはきっと、心が不安定なのだからだ、と……ここで自覚する。
――そう。不安だった。
このまま自分はどうかしてしまうんじゃないかというくらい、不安だった。
けれど、縋りたい相手がココにはいない。揺れる身体を支える為に、側にある国旗を掲げる支柱に寄りかかる。
いまの俺は、この世界に退屈していた。不謹慎だと思うが事実そうなのだから仕方ない。
道化師が──暗黒神が存在して、始終不安定で暗い世界の方が、自分には合っていたのではないかと思う。
平和になってから、剣を振るう回数が減った。
身体を動かすことと言えば、王や姫の外出時に護衛として伴うことだったり、馬に乗って各地を巡回したりと、とにかく平和なことばかり。
不穏な瘴気の元を絶ったのもあってか、モンスターやならず者に襲われる可能性も、以前と比べてぐっと少なくなった。
穏やかな世界。……俺はもう、この世界には必要無いんじゃないかと考える。戦いの中に身を置いた時間が多かったから、今のこの世界に俺は要らない。いや、似合わないのではないかと、ふとそんな思いが脳裏を過ぎる。
光を取り戻した未来に、人々が喜んでいるというのに──俺だけが暗く沈んでいる。しかも同性に恋煩い中というおまけつきで。
最悪だ、としかいいようがなかった。