空に響く焦がれ唄
2
「……。」
「……。」
灯火があるのに何故か暗く見えるその部屋で。
エイトは戸口にもたれ掛かったまま、何もせずに正面の相手を眺めていた。
相手はというと、エイトの存在などまるで感じないかのような態度で、字の如く、黙々と書類に目を通したり、それに何かを書き込んだりしている。
常人なら退屈するだろう会話の無い空間の中で、エイトは飽きもせずに相手を眺めていた。相手に倣って、黙々と。
根負けしたのは相手側。深い溜息を吐いて手を止めると、眉を顰めた顔を向けて言う。
「……何をしに来た。」
「別に。特に用はありませんけど。」
エイトが微かに笑ってそう言うと、相手の片眉がピクリと持ち上がった。
「ならば、帰れ。」
「用事がなくては来てはいけない、なんてことは無いでしょう。」
「邪魔だ。」
「そうならないように、あえて何もしてません。」
「……それでも、貴様は視界の隅に映る。集中できん。」
「意外と神経質なんですねぇ。」
エイトがさも愉快気にクスクスと笑えば、ついに相手が声を荒げて怒鳴った。
「帰れ!」
「お断りします。」
にっこり笑った表情なのに、どこか有無を言わさない様子を見て、相手はそこで何かを諦めたのか不機嫌そうに目を伏せるとウンザリと息を吐いた。
「……勝手にするがいい。」
「そうします。」
エイトが満足そうに笑うのを見て、相手は――マルチェロは再び顔を顰める。
この部屋に自分ひとりだったなら、そのまま机に突っ伏していたかも知れなかった。
◇ ◇ ◇
それから一時間半と少し後。
根負けどころか気疲れしたマルチェロは、執務室の中から外へと続くテラスに出た。
無論、一人ではない。――というか、強制的に一人ばかりついて来た。背後から。にこにこと。
外は相変わらずの晴天で、綺麗な青空が広がっていた。
白いテーブル。その上に簡単な、けれど豪華なティーセットを並べた上で、二人の男は向かい合わせに白いチェアに座った。
そうして静かに、それぞれカップを手にして紅茶を飲む。
やはり、黙々と。淡々と。
奇妙なティータイムだった。
晴天の下でのそれは、天気の良さに関係なく、実に奇妙な光景だった。
幾許かの沈黙が続いた後、かちゃりとカップが皿の上に置かれた音がした。
それを切っ掛けにしたかのように口を開いたのは、これまた会話の空白に痺れを切らしたマルチェロだった。
「……で? お前は何しにここへ来たのだ。」
マルチェロの鋭い視線に怯むことも無く、エイトが笑って答える。
「いや、ですから。別に、取り立てて用事がある訳では無いんですよ。……って、最初にそう言った筈ですけどね?」
記憶力の低下ですか? 老化にしては早いですね。――そんな意味合いを込めた視線で見返せば、マルチェロはますます憮然とする。
「……何故だか分からないが、貴様は不愉快だ。」
「私は愉快ですけど。主観の相違ってやつでしょう。」
エイトが苦笑し、マルチェロが酷く顔を顰めた。
そんなマルチェロの頭痛を余所に、エイトは空になったカップに紅茶を注いだ。
どうやら、この奇妙なティータイムはまだ続くらしい。