空に響く焦がれ唄
3
「……うっわ。似合わねぇ光景」
奇妙なティータイムの中、無粋な声が乱入してきた。
目を向けなくとも声の感じで誰だか分かったのだが、それでも一応、エイトは振り向く。視線の先には、予想していた通りの人物が居た。
「こんにちは、ククール。」
そう言ってカップを片手に持ち上げて、にっこりして見せれば、相手は苦笑して肩を竦めた。
それにさして構わず、エイトが何事も無かったように正面に向き直って紅茶を飲み始めれば、放置されたククールがムッとした表情で側に来た。
そして肩に手を掛け、言う。
「エイト。お前、こんなとこで何してんだよ。」
「……何って。見て分かりません? お茶飲んでるんですけど。」
「……それくらいは見れば分かる。って、そうじゃなくて! 何でこいつと馴れ合ってんだ?」
「馴れ合ってなぞおらんわ!」
ククールの言葉にマルチェロが突っ込むと、エイトがカップを置いて苦笑した。
「馴れ合い、ですか。……ま、当たらずとも遠からずですけど。」
何だよ、息がピッタリじゃないか。
表情に浮かびかかる焼き餅を微笑で押し隠しつつ、エイトはククールを見上げて問い返す。
「それはそうと、どうしました? 何か用があって来たんじゃないんですか。」
彼ら兄弟の愉快になりそうなやりとりをもう少し聞いていたかったが、とりあえずククールがここに来た用件が気になったのだ。
(――まあ、大体の見当はついてるんだけど。)
内心でウンザリとするエイト。そんな彼の心境に気づくわけもなく、ククールが答える。
「ああ、そうだ……”エイトに”用件があって来た。」
わざわざ”エイトに”と強調するのは、勿論マルチェロを牽制してのこと。
牽制された当人はというと、歯牙にもかけぬといった表情で、ふんと冷笑してみせただけ。
そんなマルチェロの反応に、エイトの心がちくんと痛む。
けれど、どうにか微笑を保ったまま、傷ついた素振りも見せずに口を開いた。
「……ああ、そうですか。それで? 用件とは何でしょう。」
「お前んとこの王様と姫様が、お前が居なくて寂しがってる。」
「はぁ。……休暇届けは提出して、受理されているのですが。」
「――説明は、後だ。とにかく、お前に緊急招集がかかってんだよ。」
「緊急、ですか……それは、今すぐ?」
「そうだよ。だから、”緊急”っつってんだろーが!」
やれやれ、とエイトは苦笑して首を振った。
寂しがるなんて、子供じゃあるまいし。
第一、城には他に大勢の人間が居るのだから、寂しいなんてことは無い筈だ。
それに、折角こうして悠々と羽を伸ばしているというのに。
好きな人と(奇妙に)向かい合って、こうして(一方的に)楽しくお茶を飲んでいるのに。
――邪魔を、するのか。
俺の細やかな楽しみまでも侵食して……なおも纏わり付いてくるのか、この世界は。
「……エ、エイト?」
「――え?」
気づけば、ククールが心配そうな顔をしてこちらを覗きこんでいた。
「何です?」
「いや、……今のお前、なんつーか、元気無さそうに見えたから、さ。」
……元気が、無い?
そう……見えたのか。
まあ、そんな誤解をしているのなら、それならそれで構わない。事実は違うのだが……否、むしろそう思われていたのなら、好都合だ。
エイトは、そうして表情をいつもの微笑――おっとりして、優しい微笑(ゼシカ談)――を造ると、ククールに向かって言い返す。
「では、一度戻ることにしましょうか。」
言いながら立ち上がれば、ククールが嬉しそうに笑った。
「ああ、そうしてやれよ。俺も、久々にお前と話とかしたいしな。なあ、一緒に帰ろうぜ。んで、俺にも美味いお茶を煎れてくれ。」
その言動から、どうやらククールはエイトに逢いたいが為にトロデーン城に行き、そして彼が居ないことを知って、ここに来たらしいことが分かった。
王と姫の懇願を素直に聞き入れたのは、この為か――。
はぁ、と溜息をつきかけるのを何とか堪え、エイトは笑みを保ったまま、今度はマルチェロの方を向いて言った。
「……と、言うわけみたいなんで、一旦帰らせて頂きますね。」
だがマルチェロはそんなことはどうでもいいのか、エイトを一瞥し、無表情のままに言い返す。
「――どうとでもしろ。貴様の事情など、知ったことか。」
無関心な声。興味のない表情。
ツキン、と胸が痛んだ。
が、それでもエイトはどうにか微笑を浮かべたまま、軽く頭を下げて一礼し言葉を紡ぐ。
「では――すみませんが、お茶の時間の続きは、また今度、ということで。」
そう言ってククールと共に踵を返すと、背後から声がかかる。
「もう来るな――目障りだ。」
追い討ちの言葉は、鋭い剣閃さながらにエイトの心を薙いだ。
心が、気持ちが凍りつく。
けれど――それくらいで怯むものか。エイトは、ぐっと唇を噛み締めると、笑顔で振り返って言い返す。
「また、来ます。」
「邪魔だ。」
「……今度は、……ケーキがあると、嬉しいです。」
そんな捨て台詞を笑顔で言いのけた後は、もうそれ以上マルチェロの言葉を聞きたくなかった。
だから、逃げるように足早に部屋を後にした。
後から付いてくるククールのことなどに、意識すら向かなかった。長い廊下を、そのまま一気に駆け走りたい衝動に駆られつつ、エイトは唇を噛み締めながら早歩きで前に進んでいく。
冷たく突き放されても、貴方が俺に興味が無くとも。
それでも俺は、貴方が好きなんだ。
どうしようもなく、好きなんだ。
だから、また逢いに来る。何度でも。
この世界での、この少しだけの幸せを……喪いたくないんだ。
お願いだから、貴方の時間を俺に下さい。
少しだけでいいから、俺に……貴方と過ごせる時間を、どうか。