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空に響く焦がれ唄

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ククールと共に城に戻った俺を待ち受けていたのは、賑やかなパーティー会場と化した城だった。
飾られたそれらはどれも無駄にケバケバしく奇妙で、色合いも趣味が悪く。
「こんな趣味の酷い奴が城に居たか?」
と、思わず首を捻ったほどだった。

「――”エイトお帰りなさいパーティー”だってよ。」
そう言って、唖然としている俺の隣でククールが笑った。
「嘘をつけ、嘘を。……本当は、何なんだ?」
周囲にはククールしか居ないので、俺は素の口調と態度になる。その豹変振りにククールは大袈裟に溜息を吐いたが、直ぐに苦笑を浮かべると肩を竦めて言う。
「お前ってば、表裏の差がありすぎ。」
「……質問に答えろ。」
「はーいはい。……お前、サザンの馬鹿覚えてるか?」

――サザンの馬鹿?
と言われて、思い当たるのは一人しか居ない。
サザンビークきっての別名物、どこかで遺伝子が誤作動を起こしたとしか思えない、当王家きっての至上稀なる馬鹿王子――チャゴスだ。
名詞が必然的に長くなるが、間違いとも思っていないので気にしないし、訂正すらしない。

彼の素性・事情が知りたければ、王家の試練を参照にしてくれ。
――って、俺は誰に何を言ってるんだか。

「ああ。居たな、そんなのが。」
「居たな……って。お前、一応従兄弟だろ?」
「認知外だ。」
「いや、認知外って……」
「――で? その馬鹿がなんだって?」
「あ? ああ……いや、何かな……運の悪いことに今日、来やがったんだよ」
「……だから、何しに。」
話が中々先に進まないので声に苛立ちを混ぜて尋ねれば、ククールは不意に俺に顔を寄せて来ると、耳元で低く囁いた。

「ミーティア姫に、婚約の申し込みをしに来たんだとさ。」
「――……成、程。」

何となく、話が見えた――というか、合点がいった。
どうりで城が趣味悪く飾られているはずだ。あんなセンスの持ち主は、この城には居ない。
それに、きちんと休暇届を提出したにも関わらず、王と姫が寂しいから、といった理由で俺を喚び戻す筈が無い。
トロデ王は旅の間、えらく高慢で高飛車でとんでもなかったが、非常識な非常識ではなかった。

(……そうか。あいつを追っ払いたいが為に、俺を探していたのか。)
良く考えれば、俺は、あの馬鹿王子とミーティア姫の、最悪に理不尽な結婚式をぶち壊した犯人の主犯格だ。
何せ、直接式に乱入して姫の手を捕って逃げたのは、俺だ。
それ故に、当然ながら俺が対峙しなくてはならないわけで。

(……面倒だな。)
はぁ、と重い溜息を吐くと、それでククールがこちらの心情をそれなりに理解したのか労わる様に俺の肩を叩いた。
「……宮仕えも大変だな。」
「……まぁ、な。」
「だから、俺が一緒に旅に出ようって誘ってやったのに。」
「――言うな。」
俺は中途半端は嫌いなんだよ。
ミーティア姫の未来を安定させるまでは、辞められないんだ。

「……で? 俺は何をしたらいいんだ?」
うんざりするほどカビ……いや、華美に装飾された城内に向かって歩きながら、俺は訊いた。
「とりあえず、あのチャゴス王子の説得だろ。」
「説得……ね。その前に、あの馬鹿に言葉が通じるのかね。」
「……お前、ほんっっと、敵と見なした奴にはキツイよな。」
「――半端な情けなんか掛けたら後始末が面倒だ。」
「後始末って……何をする気だ、お前は。」
だが、それに対する答えは返してやらなかった。

尤も、ククールとしても返される答えが怖ろしくて聞きたいとは思わなかったので、それはそれでよかったのだろうが。



◇  ◇  ◇



右の建物から城内に入ると、エイトの到着を待っていたのか何人かの兵士たちがわらわらと集まってきた。
「エイト!……よかった、来てくれたか。」
「悪いな、お前休暇中なのによ。」
「ククール殿、ありがとうございます!」
(やれやれ。そんなことより、とっとと現状を伝えて欲しいものなんだがな。)

安堵する同僚を余所に、エイトの表情は暗かった。
思わず剣呑な溜め息を吐きかけたが、此処はトロデーン。
本性を曝け出すには流石にマズイ。
とりあえず深呼吸して気を落ち着けると、表情をいつもの(それは業務用と言っても良い)に切り替え、尚も口々に何やら言いかける彼らの言葉を遮り、質問を投げた。

「再会の言の葉は、後にしましょう。――それで、私はどうしたらいいのですか?」
(……なんつー変わり身の早いこと。違和感すりゃありゃしねえ。)
口調と態度を即座に一転させたエイトに、ククールは感嘆と幾らかの失笑感を抱きつつ、その言葉に答えを与えてやった。

「いや、それがな……聞いたところによると、あいつ、お前と決闘する気で来たらしいんだよ」
「そうですか。――分かりました。」
エイトはにっこりと笑うと、服装を整え、謁見の間に行こうとした。
それを見て、ククールが慌てて肩を引き寄せる。

「いやいや、待てよ!何だよ、その”分かりました”ってのは。何する気だ、お前――」
「何って。」
エイトが肩越しに一瞥し、一言。

「決闘ですが?」
エイトが笑ってそう言い放った瞬間、周囲が一気にどよめいた。

「お、お待ち下さい、エイト様!」
「エイト、それはお前――」
「決闘など、おやめ下さい……!」
非常に驚いた顔をして、皆が一斉にして口々に引き止めるので、エイトは不思議そうに、くっと首を傾げて問うた。
「どうして?」
「危険すぎます!」
ククール以外の全員が声を揃えて叫んだので、エイトは益々首を傾げる羽目になった。

(危険? 誰が?)
眉を顰めかけたところでククールがエイトの頭を軽く叩き、補足するように言った。
「……皆、お前が心配なんだよ。」
そう言われてもエイトは釈然としないが、どうやら実力行使するには何やらこれ以上の面倒ごとが絡んできそうな気配がした。
この方法は諦めた方が良さそうだ。

「……分かりました。決闘以外の方法で、話が進むようにしてきます。」
そう口にすると、皆が安堵したのが伝わった。
エイトはそれ以上何も言わず、苦笑を浮かべるククールと共に、謁見の間へと向かったのだった。