空に響く焦がれ唄
5
決闘以外の方法は、エイトが想像した通りで、見事に疲労困憊させてくれた。
例の馬鹿王子……もとい、チャゴス王子を何とか追い返せはしたものの、彼との会話は非常に気疲れすることになる。
エイトはその最中、何度も自己を抑制させるのと本性を押さえ込むのに気を使う羽目になった。
あの王家の試練場でアルゴリザードに喰わせてしまえば良かったとか、崖からそっと背を押してやれば良かった、とか、アルゴンハート入手後、浮かれる彼の人の背後に忍び寄って、そのまま頭をかち割って夢見心地のまま眠りにつかせてしまえば良かった、とかいった色々黒いことを散々考えて、果てはいっそこのまま完全犯罪に……などということまで思考がいってしまった程だ。
とにかく非常に疲れた一日だった。
階下では、折角飾り付けやら料理を用意したのやら何やらしたのに、このままさっさと片付けてしまうのは勿体無いということになり、そのままパーティー(チャゴス王子撃退記念などと誰かがふざけて言っていた)をしている。
エイトはというと、最初だけ少し参加し、途中で静かに抜け出した。
そして自室に戻ると、気力を使い果たしたのか、どさりとベッドの上に倒れこんだ。
シーツに顔を埋めると、日向の良い匂いがした。
「……疲れた。」
こういう時、側にあの人が居てくれたら……と、思う。
抱きしめてくれなくても――側に居てくれるだけで。
ただ、それだけで随分と違うだろうに。
それで、微笑んでもらって、労わりの言葉をかけてくれたら。
こんな疲れなんか、一気に吹き飛ぶのに。
「……ほんと、側にいてくれたらなぁ……」
その呟きが切っ掛けにでもなったのか、睡魔に襲われたエイトは、そのまま引き込まれるように眠りへと落ちていった。
眠りの間際に願ったのは、せめて夢で逢えたら。
そんな、自分でもおかしい夢見た願いを抱いて――意識を落とした。
◇ ◇ ◇
一方その頃、ククールは何時の間にやら姿を消していたエイトを探しに、城内を歩いていた。
エイト目当てで来たというのに、その彼が輪の中に居ないのでは、あの馬鹿げたお祭り騒ぎに付き合う気になどなりはしない。
最初、テラスで月見でもしているのかと思って覗いてみたのだが、空振りに終わっただけだったので、ククールは暫し考えた後で方向を変えた。
「そういやあいつ、やけに気疲れしてたみてぇだしな……と、いうことは自室か。」
――何で早く気づかなかったんだろうな?
苦笑して、ククールはワイン瓶とグラス二個を片手に、エイトの自室へと向かう。
酒を飲んで、ゆっくり話をしたかった。
久しぶりに声が聞きたかった。
――否……二人きりに、なりたかった。
月光の差す廊下は他に人の気配が無く、静かな中、彼の足音だけがやけに響いた。
エイトの部屋は、最上階の奥にある。彼の階級は元の近衛兵のままだが、これまでの功績も有り、個室があてがわれていた。
こうしてトロデーン城に来たのは、いつ振りだろう。
まだ茨に覆われていた頃は、はぐれメタル目当てなのも有り結構来たものだが、暗黒神を倒して呪いから解き放った後は、来ることも無くなった。
何故なら、来てもエイトとゆっくり出来なかったから。
彼が有能なのは知っていたが、それが災いした。
始終、執務や訓練の手伝いなどで動き回っていた生真面目な兵士長。いや、正しくは引っ張りだこになっていて、二人で話そうとしていても、直ぐ他の人間に呼び出され邪魔されるのだ。
エイトもエイトで、断る素振りを見せず、あの誰もを魅了する微笑を浮かべて優しげに応じるものだから、また人が群がり、彼に執着する。
「……あいつも難儀な奴だよな。」
暗黒混乱を極め、ようやく安定を取り戻したと思ったら、待っていたのは一層多忙な日々。
「……本当に……難儀な奴だ。」
いつまでも仮面を被り続けて、そしてこの忙殺の刻に埋もれて生きるのがお前の望みなのか?
――違うだろ? その為に戦って来たわけじゃ無い筈だ。
あいつが戦っていたのは、多分――……。
「……って! 俺が沈んでどうすんだよ、この馬鹿野郎!」
誰も居ない廊下で一人、自分の発言に突っ込んでから、ククールは再び歩調を軽やかなものに戻し、エイトの部屋があるほうへ進んでいく。
長い人影が廊下を滑る様に流れていく。
足音だけが、静かに響いていた。