空に響く焦がれ唄
7
「……、馬鹿なことを。平和な世界に、何でそんな……。」
突然の事に、平静を上手く装えない。
いつもの微笑さえ造ることも適わず、エイトは狼狽して視線を彷徨わせた。
ククールもまた、些細な反応を見逃さずに、畳み掛ける。
「違うか? 違うこと、無いよな。お前はこの世界に退屈してる……だろ?」
「……。」
「答えが無いって事は、当たってるってことだよな? ……俺も、伊達にお前と肩を並べて戦って来たわけじゃない。それくらい、分かるさ。」
「……何が、分かる。――そう簡単に、お前に俺の何が分かると!」
ククールの言葉に激昂したエイトが、跳ね起きるなりその胸元を掴み上げた。
だがククールは、そんなエイトを冷静に見つめ返しながら言葉を続ける。
「好きなんだろ? あいつが。」
「っ……!?」
エイトの表情が、凍りついた。
「あいつって……――な、なに、馬鹿な……こと……。」
だが反論するそれは弱々しく、エイトはククールの襟首を握ったまま項垂れる。
言葉にしなくとも、ただそれだけで、肯定するのには充分過ぎた。エイトのそんな態度を苦々しく思いながら、ククールは尚も彼を追い詰めていく。
「あいつが好きなんだろ? でももう世界は平和になって、あいつと接する機会も用事も無くなったよな。ま、それでもお前は逢いに行ってるんだろう? 健気な事だな。あいつは、お前の事なんか、これっぽっちも想ってなんかないさ。――きっと、な。」
「……言うな。」
「あいつは俺たちの敵だったんだぜ? お前も、忘れたわけじゃねぇよな。聖地ゴルドの崩壊を。」
見るも無残に崩れた女神像、大きな亀裂の走った大地。
あれは簡単に忘れられる光景ではない。
――けれど。
「……でも、俺は……。……俺は、」
「暗い牢獄にも閉じ込められたよな。ただ、死のみが――死だけが待つような、地下の煉獄島に。そういや、俺たちの他にも居たよな? 無実の人が。」
光僅かな地下牢。咎人でも無いものが明日に待つ死と向き合いながら、それでも生きたいと啼いていた場所。そこで幾人もの人間が死に絶えていったことを知ったのは、平和になってから。
――なのに。
「……俺は、それ、でも……」
「お前がどんなに想ってみせても、完全な一方通行なのにな?」
エイトが小さく首を振る。
「もう、止めろ……聞きたく、無い……。」
声が震える。涙が今にも零れそうになるのを堪えながら、エイトが言い返す。
「お前の言うことは否定しない……が、肯定もしない。」
「――はっ。何だよ、それ?」
ククールが嘲るように笑う。
「お前、ここに至るまでにあいつが何をしたのか、してきたのか、本当に分かってんのか? ――分かってて言ってんのかよ!?」
ククールに強く両肩を掴まれ、エイトが顔を上げた。
「誰もが純粋に生きているわけじゃない。」
そう言って、力無く笑う。
◇ ◇ ◇
「無かった事にしようなんて思ってないさ。俺も、……きっと、あの人も分かってる。過去ばかりを咎めてみても、何もならないだろう……?」
「……そう、だけどよ。」
エイトの表情と言葉に、今度はククールが目を伏せる。
「俺とあの人は敵同士だったし、剣を交えたけど……もう今は、敵じゃない。――お前の言う、退屈な平和になったことだし。」
「……。」ククールが沈黙する。
(……解ってるさ、そんなこと。俺だって、ガキじゃないんだ。)
そうさ解ってる。
これは――単なる嫉妬だ。
ククールは心中でそう呟いてから、苦笑した。狡い言葉を盾にして、自分の嫉妬を剣にして、エイトを理不尽に責めてしまった。分かっていなのは自分の方だ。
やれやれ、といった風に髪を掻き揚げて、一先ず気を落ち着ける。
それからふとエイトに視線を向けると、何かに気づいたような顔をして話の流れを変えた。
「……それにしても、さ。お前って、大胆だよな?」
「……? 何だ、いきなり。何を――」
エイトが首を傾げ、ククールの視線を追う。
そして、気づいた。
気づけば、自分がククールの襟首を掴んだまま、その上に馬乗りになっていることに。
「~~~っ!」
慌てて手を離して飛び離れるエイトを、ククールは可笑しそうな顔をして見つめ、呟く。
「いやー、飢えてるのがありありと見て取れる光景だよなぁ……。」
「……っ、今のは、違う!」
「照れんなよ。言ってくれれば、慰めてやったのに。」
「……五体満足で明日を迎えたかったら、それ以上は言うな。」
「――ハイハイ、了~解。」
そこで、剣呑な空気がようやく消えた。
ククールは置いていたグラスを再び手に取ると、エイトに掲げて見せ、言う。
「じゃ、宴の続きでもやるか」
「あ? ……ああ。そう、だな。このままじゃ、折角の酒が悪くなるしな。」
「もっと俺と話したいから、って言えば良いのに」
「――誰が言ってやるか!」
そして何事もなかったかのように、いや、敢えてそういう風に振舞って。
二人は互いにグラスを重ねた。
今は答えを導かず。
ただ、久方ぶりの再会を楽しむ事にした。