空に響く焦がれ唄
11
「うわー朝っぱらから目覚めサイアク。……つーか、よくココが分かったな。」
とある町から少し離れた場所にある、小さな小屋。
そこを訪ねてみれば、中から出てきた人物に開口一番、毒づかれた。
けれどマルチェロは少し眉を上げただけで、特に何も言い返しはしない。
相手の──ククールのそんな態度には、彼が院に居た頃から慣れていたから。
「私の情報網を甘く見ないことだな。……それよりも、少し聞きたいことがある。」
マルチェロの言葉にククールが僅かに眉を顰めたが、直ぐに苦笑に戻して答えを返す。
「聞きたいこと、ねぇ。あんたの情報網でも、引っかからない獲物はいるってことかよ。……ま、立ち話も味気ねぇよな。中に入って話そうぜ。」
笑いながら、招き入れるようにして戸を開くククールに、マルチェロは従った。
「……大方、察しは付いてるけどな。」
戸を閉めながら、ククールがそんな事を呟いた。
◇ ◇ ◇
「──それで? 聞きたいことってのは何だ、団長殿?」
質素なテーブルと椅子が置かれた居間に通し、そこに座るなりククールが口を開いた。わざと肩書きで呼んでみせるも、相手はそれを気に留めず、話し出す。
「いや、大したことでは無いのだが、な。」
「嘘つくなよ。大したことあるくせに。……で、何だよ。あいつと何かあったのか?」
わざわざ名前を言わずに「あいつ」呼ばわりするのには勿論、他意があってのことだ。そう呼んでみせることで、自分のほうがエイトに近いんだと思わせる為なのだが、さすがにここでマルチェロが反応を見せた。
眉を顰めてククールを一瞥し、顎を少し前に突き出した攻撃的な格好で言い返す。
「そうだ、あいつの……――エイトの事で、訊きたいことがある。」
マルチェロが敢えて名前を呼ぶのを聞いて、ククールが鼻白んだ顔をした。
どうやら、張り合っても仕方ないことに気づいたらしい。
もっとも、最初から勝ち目なんか無いのは知っていたのだ。
エイトが惹かれているのが、誰なのか……なんて。
そんなの、最初から気づいていた。
こちらの想いが強い分、余計に、敏感に――気づかされた。
「はぁ……全く、何でこういう方向を選んだかな、あいつは。」
そう愚痴っぽく呟けば、聞きつけた相手が眉を寄せて。
「何か言ったか?」
「……何でも。ただの遠吠え、さ。」
ククールは自分で自嘲して、肩を竦めた。
そうさ、この勝負は勝てない。
あいつの心が俺に無いのだから。……友情までしか。
俺もたいがい女々しいな、と自嘲して肩を竦めると、気を取り直すように座る姿勢を整えて訊ねた。
「……訊きたい事って、何だよ?」
尋ねれば、マルチェロが顎に手を当てて口篭った。
「……うむ。……エイトが、行方知れずになっている。」
「はぁ!? 何だ、そりゃ。」
眼を丸くするククールを見ながら、マルチェロは眉間の皺を深めて、唸った。
「……知るか。突然、俺のところへ来て泣き出したと思ったら、そのまま意味不明のことを叫んで飛び出していったきりだ。」
「エイトが、泣いた……?」
それを聞いた途端、ククールのこめかみにピシリと青筋が浮いた。
更に、声に怒気を滲ませて言い返す。
「馬鹿野郎! ”泣いた”んじゃなくて、あんたが”泣かせた”んだろが!」
「俺は何もしていない。」
「良く言うぜ。気づいていないだけだろ。……原因は、あんたにあるんだ。」
「俺の? ――……一体、何が原因だと、」
言いかけるマルチェロを、ククールが遮って言った。
「あんた、見合いするそうだな?」
「なっ!?」
マルチェロが、ぎょっとしてククールを見た。その顔を見て、ククールが冷笑する。
「知らないのは本人ばかりなり、ってか? ……はっ。お笑いだな。」
「何故、それを?」
「結構、噂になってるんだぜ? 調べずとも、風に流れて俺の耳にも入るんだよ。嫌でもな。」
「……。」
「院内は、あんたの知らないところで、そんな話で持ちきりだ。マイエラでも、そうだった。」
「マイエラ、でも……。」
マルチェロが押し黙った。
口元に手を当てて、俯きながら眉根を寄せている。何かを深く考え込むように。
「結婚、するのか?」
ククールが、そう問えば。
マルチェロが、眼を上げて。
「……どうだか、な。」
曖昧な返答。
「そのまま、しちまえよ。どうせ、政略結婚だろ。……”上”に、行けるぜ?」
皮肉を込めて笑って返すと、相手も口端を上げて。
「……それも、良いかもな。」
そう答えて、笑った。
どこか痛みに耐えているような笑みに、ククールは黙って眼を逸らした。
相手が、エイトの涙の意味に気づいてしまったのは明白だった。
そのまま結婚でも何でもしてしまえ、と思うくらい、その笑みは痛ましいものだった。