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空に響く焦がれ唄

14



青い空を、白い雲が一筋流れていく。
羽ばたきさえずる鳥の声。穏やかな光景を温かな日差しが照らす。
平和な、世界。
少なくとも、世界が闇で覆われることは無くなった。

「……なのに、どうしてお前は誇らない?」
空を見上げながら、マルチェロが呟く。
小高い平原の眼下から眺める景色は、晴れ晴れとしていて気持ちがいい。
世界の誰もが知らない、世界を救った者たち――その中の、一人が今。

姿を隠し、消息を絶った。
それも、自ら進んで。

流石は上級兵士長。痕跡すら完全に消し去って、身を隠した。
塵一つ、見つからない。エイトが居たという証拠が、見つからない。
その存在を見事に滅して、消えた。自分の存在の価値を認めないように、完全に跡を残さずに消えきってくれた。
まるで、もうそのままその存在を無かったことにするようにして、居なくなった。
平和の中で、一人だけいつも寂しげに微笑んでいた。
忙殺の日々の中で、それでも自分に逢いに来ていた。
不安定なほどの微笑と、生意気な礼儀正しさで、自らの影だけを押し込めて抱え込んで。

「愚か者め。……何故、一人で抱え込もうとするのだ。」
話くらいは聞いてやったものを。マルチェロは苦々しく呟く。
それとも、自分では頼りにならなかったのだろうか?
役に立てそうに無いから、話さなかった?
無駄だと、思われていた――?

「……阿呆が。」
呟きに微かな怒気を孕ませて、マルチェロは眼前に目を移し、眉間に皺を寄せる。

今までエイトたちが訪れた場所や町などをなぞりながら、マルチェロは旅をしていた。
エイトの痕跡が無いか、探すために。
皆が皆、それなりに幸せそうで、勿論完全ではないけれど、それでも闇を払ったことは正しいのだと思う。
そして、エイトたちと関わったことのある人々とも、話をしてみた。
エイトたちの活躍に気づいている者、気づいていない者、様々だったが、しかし口を揃えて言うのは感謝の言葉ばかり。
その感謝を、気持ちを受け取りながら、エイトは何を考えていたのだろう。

そんなに、この世界が嫌いなのか? そんなに、自分が嫌いなのか?
この世界が闇で覆われた方が良かったのか?
悲劇と恐怖しかない世界の方を、望んでいたのか?

……違うだろう?
お前は、そんな人間では無い筈だ。
陽光の元で輝いて、人を惹きつけ離さず、穏やかな笑みが良く似合う人間なのだろう?
闇を跳ね除けて、毅然と前に進んできたんじゃなかったのか?

――その強い眼差しで、剣を向けたではないか。闇に堕ちかけた俺に。
俺から、世界を――暗黒神から全てを、救ったじゃないか。
知り合ったものたちは皆、お前に感謝しているというのに。

この美しい光景を眺めながら、考えていたのだろうか?
最悪の結末を。
この眩しい世界に居た堪れなくなったから、願っていたのだろうか?
終焉の世界を。
もし、そうだとしたら許せることではない。

けれど、エイトをそうさせた原因が、自分にあるのだと思うと。

「馬鹿なのは、エイトか? ――それとも、俺か?」
空に問うように、呟きかける。
答えなど返ってきやしないことを充分に承知しながら。

――エイトの存在していた跡は、まだ見つからない。
何も。
欠片すらも。