Daily Life *K 【4】
褒美は掠め取るもの
「よしっと。ようやく片付いたな。」
ククールは掌に付いた汚れをすっかり払うと、顔を上げて少し離れた場所に居る人影に呼びかけた。
「おーいエーイトー。コッチの雑魚どもは、みんな倒したぜ。」
すると、同じようにモンスターを倒し終えた相手が剣を収めながら振り向き、目を丸くした。
「えっ。うわ、早……というか、お前って意外と強かったんだな。」
「意外と、って言葉が引っ掛かるが……ま、良いか。どうだ、見直したか?」
「見直した見直した。素直に言うと、見る目が変わった。」
「そうか、そりゃ良かった。」
満足げに頷いて、ククールが微笑した。
それがどこか奇妙で、エイトは首を傾げる。
「何か嬉しそうだな。どうした?」
「……。」
ククールは微笑むばかりで、答えない。
「……?」と訝しんだエイトが首を傾げて相手の反応を待っていれば、やれやれというふうに肩を竦められた。
「口先の礼だけで、褒美は無しか?」
「は? 褒美?」
短い沈黙の後にようやく返された相手の言葉は、エイトにはいまいち理解が出来ない代物でいた。
褒美も何も、そもそもこれは依頼の討伐でも任務でもない。買い出しの帰りに木々の繁る街道を歩いていたら、人気が無いのが幸いしたようで、突如モンスターに強襲された。
なので、対処するべく剣を振るった。いわばただの防衛戦闘だ。
なのに、ククールは「褒美を寄越せ」と言う。カジノで散財でもして財布が寂しいのかとエイトが首を傾げたまま考えていれば、ククールがエイトにずずいと詰め寄ってきた。
「なあ。俺さ、あれだけ居たモンスターを、一人で片付けたんだぜ? それなのに、お前という奴は言葉の礼だけで済ます気か?」
「……何だよ、その言い方。何か欲しいものでもあるのか。」
「だから、ご褒美が欲しい。」
「具体的に言え、具体的に。」
「これは口で言うよりも、実際に行動したほうが早いな。」
「え? ちょっと待て。何だ、その不敵な笑みは? ……おい、何故、手袋を取ってるんだ……いや、だから……ち、近づいてくるなって……!」
「逃げんなよ。まだ何もしてねぇだろ?」
「お前の場合、今から何かする気なんじゃないのか!?」
「だから、言っただろ?」
ククールがエイトの肩を掴み、囁く。
「ご褒美が欲しい。」
「何、――」
整った顔が近づいてきた――と思ったら。
「――っ!?」
言葉は、重ねられた滑らかな感触に塞がれて。
「……っ!? んっ、ン――っ」
抗議は、開いた口内の中に侵入してきた相手の舌に絡めとられ。
「んっ……、っは、オイ、止め――ん、む……っ」
抵抗は、痺れるような感覚と淫らな水音に緩やかに封じられ。
振り上げようとした腕は力無く下がり、その手の平にはいつしか相手のそれが合わさり、まるで恋人がするように重ねられていた。
――どれほどの時間が経ったのか。
不意に、ちゅ、と軽い音がして唇が離れた。
息が上がり、目に涙を滲ませているエイトを見つめてククールが悪戯気な笑みを浮かべる。
「……ご馳走様。」
艶やかな声音からのその一言で、エイトが我に返った。
「な……なななななっ、……!」
蒼褪めた顔をして自分の口を押えると、わなわなと震えて口を開く。
「お、おおお、お、前っク、ク、ククールっ! お前は何をいきなり……っ!」
「おいおい、キスの一つくらいで言語崩壊起こしてんじゃねぇよ。」
「く、くらいって……お前なぁっ!」
「お? 何だその反応。もしかして……キスすんの、初めてだったのか?」
「~~っ!」
ククールがそんな軽口を叩いた瞬間、エイトの顔が今度は真っ赤になった。
耳まで染まったそれを見て、ククールは苦笑する。
「へぇ――図星か。そりゃ悪いことをしたな。」
謝罪の言葉を口にはするが、表情も態度も全く悪びれてはおらず、むしろ嬉しげな表情をするククールに、エイトが険しい表情をしながら叫ぶ。
「こっ……の――節操無しっ!」
「ははっ。どうせなら”泥棒”って言えよ。」
「はぁ!? なに言ってんだ。」
「キス。――初めてが俺なんだろ?」
そう言って自分の唇を指差し、色気たっぷりにウインクしてやれば、意味を悟ったエイトが絶句し、硬直する。
なるほど。こっち方面は不慣れなのか、この兵士は。
ククールは肩を揺らし、くつくつ笑う。
「良いな、これ。こういう褒美が”頂ける”んなら、幾らでもお前の背中を守ってやるぜ?」
「だ、誰が頼むか! この、このっ……阿呆っ!」
振り上げられたエイトの拳をダンスでも踊るかのようにひょいとかわし、距離をとった先でククールは更に一撃を投げる。
「なぁ。少しは感じたか?」
「んな訳あるかぁっ!」
「ははっ。照れんなって!」
「煩いっ! くたばれ! この色情魔! 変質者っ!」
「どうとでも。――命令、いつでも待ってるぜ。リーダー様?」
「このっ……阿呆――っ!」
「あははははっ。先に戻ってるぜ!」
エイトの絶叫を追い風に、ククールは声を上げて笑いながら仲間の待つ馬車へと駆け戻って行く。
それはまるで、駄賃を貰ってはしゃぐ子供のようで。
遠ざかるその赤い後姿を見つめながら、エイトが唇を噛みしめて呻く。
「こんな、人の気も知らないで……っ、……本気にするだろうが、阿呆。」
悔しげに呟かれた言葉には、怒りとは別のものが混じっていた。
生憎と、その言葉はすっかり先にいるククールの耳には届かなかったが――けれど。
もしかしたら、ククールは既にエイトの気持ちに気づいているのかもしれない。
何故なら、強引なキスはとびきり優しくて甘かったから。
けれど、やはり今は”都合のいい”想像のうちでしかないのだけれど。