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Daily Life *K 【6】

Together Road



「――ここかあっ!」
「な、何だっ!?」
雲一つない青空広がる、ある日のこと。
昼までに済ませる予定を立て終わり、さて仕事に取り掛かるかとエイトが腰を上げたのと、詰所のドアが勢いよく開いたのは同時のことだった。
「おはようエイト。いい天気だし、どっか出掛けようぜ!」
「は、……え、あ?」
突然の訪問者――ククールの登場に、エイトは一瞬、動きを止めるもすぐに立ち直って答えた。
「いや、誘いにくれたのは嬉しいけど、今日は無理だから。」
「ん? 何でだよ?」
つかつかと近づいてきたククールのマントが描く流曲線に少し目を引かれながら、エイトが続ける。
「俺がココにいるのは何の為だと?」
「あー、……清掃?」
「……仕事があるからだ。」
「は? 今日は休みだろ? 何でだよ。しかも、他の奴らは?」
「役職に就いているココの人間は、月二回は出てこなきゃいけなくてな。常に休みなのは、二階級以下の者だけだ。」
「二階級? つーと……将官以下ってことか。お前、そんなに地位高かったっけ?」
「……知るか。暗黒神を倒して以降、気づいたら昇級してた。」
「へーえ。そうなんだ。城勤めってのは大変だな。でもまあ、給料も上がるんだし、良いじゃねえか。」
「……まあな。」
「よし。状況は分かった。――じゃ、出掛けようぜ。」
そう言ってククールが腕を掴んで引っ張ってきたので、エイトがぎょっとする。

「ばっ、待て! お前、人の話を聞いてたか? 俺は仕事だって言っただろ。」
「聞いてた。でも、出掛けちゃいけねぇわけでもないんだろう?」
「……非常事態に備えて、外出禁止だ。」
トロデーンは、基本的に何割かの兵士に週末の休暇が与えられている。これは兵士が健康的かつ気持ちよく働ける為に、数年前に作られたルールだ。
もっとも、城中警備兵や門番に当たっている者は含まれない。でないと城の防衛が丸裸になる。
なので、そうした日は兵士の数が少なく、一見すると防御が手薄になるように見えるのだが、けれどもそこは万事に備え、エイトが特殊結界を敷いているので特に問題はなかったりする。
かといって、役職付きの上級兵士に休みが無いわけがない。前もって申請していれば、他の兵士と同じようにきちんと休むことができる。
それでも、責任感からなのか忠誠心からなのか。
エイトは週末の休暇日はひとりであろうと出勤し、事務や雑用などをしつつ、城内に待機している。
結界の絶対守護があっても、だ。
「用心に越したことはないし、それに上のものがのんびりするのもな。」
「ふーん。良いんだか悪いんだか。面倒くせぇなー。」
「――って、オイ! 何でまだ俺の手を引いてるんだ!? 待てって! どこへ……!」
「いいからいいから。黙ってお兄さんに着いてきなさい。」
「誰がお兄さんだ! 離せ! はーなーせってばーっ!」


◇  ◇  ◇


そうして、エイトが手を掴まれながら連れて行かれた先は、外。
だが、そこは屋外ではあるもののあくまでもトロデーン内であり、しかも城の屋上だった。
強引にどこか”外”へ連れていかれるかと思いきや、何と行き先は城”内”。
ぽかんとしたエイトが、ククールを見る。

「……何で、ココなんだ?」
怪訝そうな顔をして問いかけてきたエイトに対し、ククールはにこにこと笑う。
「だって、お前の性格を考えたらこうなるだろ? 職務に忠実な兵士長サンは絶対外には出ないだろ。」
「いや、まあ……そうなんだけどさ。」
「だろ? それよりもさ、ほら――見てみろよ。」
外壁に腰を下ろし、空を見上げたククールが指を差す。

「すげぇ綺麗だぜ。真っ青。お前、こういうの好きだろ?」
「どれ。」
その言葉を受けたエイトもまた、素直にククールの隣に腰を下ろす。そして同じ姿勢を取れば、成程、そこには彼の言う通りの色彩が広がっていた。
新緑が似合う、透き通った水色の天空。
エイトは思わず、感嘆の息を零す。

「……これは――凄い、な。」
太陽光に気をつけつつ目を細めながら呟けば、ククールがエイトに視線を向けて笑う。
「お前って、普段は城ばっかりに篭りっぱなしだろ? どっかの仕事馬鹿と良い勝負ってくらいにさ。」
「おっ、俺は、あそこまで仕事馬鹿じゃ――」
「休日なのに仕事してんじゃねぇか。ああ、馬鹿じゃなくて阿呆、か。」
くつくつとククールが笑えば、エイトがじろりと睨む。
「阿呆で悪かったな。だって、」
「――”仕事だから仕方ない”か?」
「……。」
ククールに先読みされて、エイトが沈黙する。
気まずそうな顔をして視線を空へ投げるエイトに、ククールが言い継げる。
「お前さ、真面目も程々にしとけよ。身体、壊すぞ?」
「自分の体調くらい、分かって……」
「そう言ってた仕事馬鹿が、この間倒れたばかりだけどな。お前も、見舞いに来ただろ。」
「……ん。」
少しキツイ口調で言えば、エイトがしゅんとして項垂れた。
それを見て、ククールが軽く溜め息を吐く。

「ま、とにかくさ。ちょっとでもいいから、息抜きをしろよ。少しで良いんだ。ほら――例えば、今みたいな感じで。」
「え? 息抜きって――……あっ!?」
そこで、ようやくククールの行動の意図に気づいた。
突然やって来たのも、強引に連れ出しのも。
それは最初からみんな計画されたものだったということに。

「ククール、あの……」
「んー? 礼は要らねぇぜ。ああでも、キスくらいなら受け取ってやる。」
「なっ……!」
顔を真っ赤にして絶句したエイトを、ちらりと一瞥してククールが笑う。
「なーんてな。」
ははっと軽い声を上げて、ククールは空へと視線を戻した。
「冗ー談だよ、じょーだ……ん――……」

ふっと影が差したな、と思った瞬間、言葉がそこで途切れた。
いや、正しくは飲み込まれた、と言ったほうが良い。
飲み込んだのは、口付け。
エイトからの、キス。

「エ、エイ……ト?」
唇が離れた後、ぱちくりと目を瞬かせてククールがエイトを見つめ返せば、視線の先で微笑の花が咲いて、言葉を紡ぐ。

「キスくらいでいいなら、くれてやる。」
それはこの空に良く似合う、太陽の笑み。
蒼天の空に掲げられた太陽よりも眩しく、綺麗な。
呆気にとられていたククールだったが、直ぐに我に返るとエイトの腕を掴んでその身体を引き寄せた。
ぐいと顔を近づけて、囁く。
「前言撤回だ。キスだけじゃ足りねえ。」
「何だ、それ。騎士道精神に反しているんじゃないのか?」
「だって俺、今はただの旅人だし。……と、言うわけで。――お勘定が足りませんよ、お客さん?」
「お前はいつから商人になったんだ。」
くすくすと、エイトが愉快そうに笑って訊ねれば、眼差し柔らかに、ククールが微笑んで囁く。
「お前の為なら、何にでもなるさ。何でもする。この空に誓っても良い。」
「そんな誓いは要らない。」
「不満か?」
「不満も不満。どうせ誓うなら――……」
そこでエイトが、ぐいとククールを引き寄せて囁き返す。

「俺に、誓って。空に捧げるより、俺にその誓いを捧げろ。」
「は、……はははっ! 成程な。じゃあ、お前に誓う。空には――そうだな、証人にでもなってもらおうか。」
ククールが哄笑し、エイトをぎゅっと抱きしめる。
「なあ。俺に何して欲しい? 俺の何が欲しい?」
「……しばらく、このままでいたい。ククール成分を補充しておきたい。」
「了ー解。――じゃあキスをおまけにつけてやる。」
「それはお前がしたいだけだろ、阿呆――んっ……。」
くすくす笑うエイトの顎を軽く持ち上げ、スカイ・ブルーの空の下で交わされたのは甘い口付けと確かな誓約。
それで満足したのか、龍が喉を鳴らして騎士の胸に身を寄せる。

それは、誰も知らないいつもの光景の一端。
二人だけの、煌く幸せの欠片。


day after day