TOPMENU

Daily Life *K 【8】

どうしても離れられない



全てが終わって解決したその後は、「さようなら」と言って、終わる――そんなことは分かっていたのに、いざこうしてその場面になると、途端に足が竦むのはどうしてだろう。
元々は、一時的に協力するだけの関係だった。
世間体を気にした厄介払い。ストレートに言えば、ほとんど放逐されたようなものだ。
だから、最初は適当にしていた。それなりに手伝って、おざなりギリギリに戦闘に加入して……世界を救う云々にまで発展してしまった頃には、もう適当に、なんて言ってられなくなった。
目の前の背中が眩しかった。
お互いの背を守りつつ戦闘している間などは、その気配を頼もしく思ったものだ。
協力し合うことの大切さを知り、生真面目で面白味のない男だと思っていた人物の存在が、いつの間にか自分の中で大きくなっていくのを感じていた。

けれど、これは一時的なもの。
暗黒神を倒したら、元の生活にそれぞれ戻るのだと……そこで、この関係は切れるのだと、初めから割り切っていた筈、……なのに。

「ククール? どうしたんだよ、ぼーっとして。」
目の前に立つエイトが、苦笑して俺を見上げていた。
ここはトロデーン城、城門前。俺と皆と――エイトと、別れの場になる場所。
そこに、俺は立っている……否、立ち尽くしていた。

「オーイ。どうした? 感動して動けないとか?」
そう言ってエイトは俺の隣に立つと、胸の前で両腕を組んで、またけらけらと笑った。
「ククールさーん? もう、皆行っちゃってマスケド。」
おどけるようにして屈託無く笑う姿に、胸のどこかに痛みを覚えた。
不快感が込み上げ、苛立った感情が湧き上がる。

――何で、笑っていられる? 

「うん? 何だ?」
俺の音にならない言葉を聞きつけたのか、エイトが顔を寄せてきて首を傾げる。
「何か言い残したことでもあるのか? だったら聞いて……っ」
無防備に近づいたお前が悪い、とでも言うように、その両肩を掴んで近くの陰に押し倒してやった。
豊かに生い茂る草や木々によって他者からの視線を遮るようになっているそこへ倒れこんでしまえば、もう二人きりだ。

「った……何だよ、イキナリ。」
急に地面に押し倒された衝撃に顔を顰めつつも、苦笑ではあるが尚も笑みを絶やさないエイトを見て、ますます気分が悪くなる。
「……で、だ……」
「……え?」
「何で、そうやって笑っていられるんだよ!?」
そんな台詞をぶつけてみれば、エイトの表情から笑みが引いた。
けれど、それは一瞬。
相手はすぐにまた微笑を浮かべると、手を伸ばして俺の頬に触れてきた。
「笑うしか、ないだろう?」
静かで落ち着いた声だった。
「……だから、何でだって聞いてるんだ。」
「だって、さ――」
そこでエイトが目を伏せ、言葉を繋げた。

「泣き顔を見せて別れたくないんだ、ククールとは。」
酷く哀しい声だった。
悲しい言葉を、けれど微笑ったままで告げて。
「お前――」
その妙なアンバランスさに、肩を掴んだ手に力が篭る。それでエイトが顔を顰め、「痛っ」と呻くのにも構わず、地面に肩を押しつけるようにして強く縫い止め――唇を、重ねた。

「……っ。」
唐突な行動に驚いたのか、エイトがぎょっとしたように目を見開いた。
だが、やがて目を閉じ、それを受け入れる。
諦めか、憐れみか。
――分からなくて、いい。分かってなんかやらないから。

「……俺と一緒に来いよ。」
長い口付けの後で、ようやく言えたのは勧誘の言葉。
けれどもエイトは困ったように微笑し、首を振った。
「……駄目だ。一緒には、行けない。」
「何でだ? もう問題はない――」
「姫をあのままにして行けないだろ。彼女の結婚を台無しにしたのは俺なんだから。……責任、とらないと。」
「責任って……なんだよ、それ。」
思わず身を強張らせ、エイトを見る。嫌な予感がした。
「お前、どういう責任の取り方をする気だ? まさか……」
エイトが微笑むのを、俺は見る。

「多分、ご名答」
「馬鹿野郎! ……っ殴るぞ、お前!」
けれどエイトの笑みは崩れない。
「いいぞ。餞別に殴られてやる。」
どこまでも穏やかな声で、憐れむような瞳で見つめてくるその姿は、苛立ちを煽る。
「お前、そういう責任の取り方をするのは、最低な行為だぞ!? 分かってんのか!」
「……。」
「答えろ、エイト!」
「……承知してる。」
「……っの、馬鹿がっ!」
――ガツッと。
鈍い打撲音が、静かな木陰に響いた。けれど、それに気づくものなど誰も居ない。
「痛った……、はは。本気で殴られると、結構痛いな。」
エイトが乾いた笑い声を上げながら口端の血を拭い、それから手の甲に付いた血を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……ほら……。俺ってさ、こんな最低な奴だから。……だからさ、お前、俺なんかに執着しないで他を当たれよ。」
「……エイト?」
笑いながら語るエイトの声が震えていることに、そこで気づく。
『そんな顔するなら一緒に来いよ。』――喉元まで出掛かったその台詞はしかし、先に口を開いたエイトによって遮られる。
「離れられないんだ、どうしても。あの人たちは、俺を育ててくれた大切な人だから。……だから、俺は……」
「それでも、お前……他に方法があるだろう!?」
「……。ミーティア……彼女が俺に好意を寄せているのは、知ってる。だから……最良の方法は、一つしかない。」
「……エイト!」

「どうしても、離れられない。」
哀しい瞳で微笑するエイトの双眸から、涙が一筋流れた。

「……馬鹿、それは俺も同じだ。」
首を振って言い返し、エイトを強く抱き締めればで相手が嫌々と身をよじらせる。
「離せよ……俺は……」
「離さない――逃がさない。絶対に。」
「俺は……っ」
続く言葉は、口付けによって飲み込まれた。
口を塞いで強引に打ち切ってやったのだ。それ以上、何も言わせないというように深く舌を絡め、吐息ごと飲み込む。エイトが切なげに眉を細め、それから諦めたかのように、ゆっくりと目を閉じた。
(そうだ。諦めてしまえ。……悪いのは俺なんだ、エイト。だから……)
頬を伝って流れ落ちる涙は見ない振りをして、エイトの髪を撫で、服の下へ手を滑らせていく。

そうして抵抗が無いことを自分の都合のいいように解釈して、俺は腕の中のエイトを深く抱き込んだ。


◇  ◇  ◇


涙で滲む視界にククールを捉えながら、エイトは泣きそうな思いでその行為を見つめていた。
噛みつくようなキス。
無遠慮に服の下に潜り込んでくる手。
なにもかもが強引で無理矢理なのに、そのどれもはこれ以上ないくらいに優しい。
(……馬鹿だな。こんなやつに優しくしてくれなくたっていいのに。)
むしろ、乱暴にしてもらいたいと思った。
酷くしてほしい。
物のように扱って欲しい。
そうすれば、何もかもをククールのせいに出来るから。
ククールもククールで、完全な悪者ぶってくれているのだろうが……滲む優しさが全くと言っていいほど隠せていない。
コチラを見つめる目が、触れる手が、どれも甘く柔らかで――泣きたくなった。
(止めてくれよ、こんなの。)
涙を流しながらも、エイトは抵抗しない。ククールの胸を押し返そうとするも、その手は震えてしまって何の役にも立たない。

突き放せない。
逃げられない。
捕まってしまった。ククールに。

(違う……俺は……)
押し返そうとしていた手でククールの服を掴み、エイトはぎゅっと目を閉じる。

(――離れたくない!)
いつの間にか、好きになってしまっていた。
こんな男なんか絶対に好きになれないという考えは、いつ無くなってしまったのか。
これは気のせいだと何度も思ったのに、思い込んだのに、自分の心はちっとも言うことを聞いてくれなかった。
そのせいで、反応が遅れたのだ。
それが原因で、ククールに引き倒されたのだ。
だから、逃げ遅れたのだ――と、そういう言い訳をいくらでも思いつく自分自身の卑怯さが疎ましいと思った。
綺麗な銀色の髪が目の前で流れ、整った顔が近づいてくる。

「……お前は俺のものになるんだ、エイト。」
だからもう逃げられねぇんだぜ、と脅すような囁きは、だから側に居てくれという哀願にしか聞こえなかった。
エイトは涙を零す。

――捕まえてしまった。ククールを。

(もう、離れられない。)
ククールの背に、ゆっくりと手を回しながらエイトは落ちてくるキスを、行為を、受け入れる。
今だけは、この先のことは何も考えずに……、ただククールだけを感じていた。


day after day