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Daily Life *K 【10】

Cryptic Confession



「おーいエイト。エイトは居るか――?」
「ん? ……何だ。誰かと思えばククールじゃないですか。どうしたんです?」
「ちょっと今、良いか?」
「え? ……あー。はい、構いませんよ。」

それは、平凡な日常の最中にある、とある日のこと。
ククールが突然、エイトの所にやって来た。悩みを抱えたような顔をして。
ちなみにここは、トロデーン城。エイトはというと、兵士長だから当然忙しいわけで、その日も執務室で事務処理だの何だのに追われていた。
そこへ、何の約束も無しにククールが会いに来た。忙しい時間帯、書類の山に囲まれている最中に予定のない面会など普通はしない。
けれどもエイトは、素直に相手を迎えてやった。それも、笑顔を付けて。
実のところ「何でも良いから、とにかく一息つきたかった」というのが本音だった。
なにせ、朝からずっと執務室に籠りっぱなし、書類を書き続けっぱなしでいたものだから、流石に肉体的、精神的に疲れがきていたのだ。
切りのいいところで中断して休憩をとろう……と何度か考えてはいたのだが、高給取りである職務についている自覚と部下の手前もあるせいか、妙な責任感が邪魔をしてしまって躊躇ってしまっていた。
そんな時に、降って湧いた幸運。なので、これ幸いとエイトはペンを置き、部下には悪いがその事務処理を押し付け――後でチェックはするが――ククールと共に、戦場さながらの部屋を後にしたのだった。


◇  ◇  ◇


ティーセットを携えて向かったのは、エイトの自室。
ここならば、誰にも邪魔されずに、ゆっくり出来るだろうと考えて。部下には一応、来客の対応中だと伝えてある。
ククールに適当な場所に座るよう言ってから、エイトは早速、持て成す準備に取り掛かる。
(良い機会だし、あの紅茶葉を卸そう。)
棚の奥から取り出したのは、小さくも高級感漂う紅茶葉缶。これは最近、某御仁の護衛をした際に、報酬とは別に貰ったものだった。
世の中には良い団長サマも居るもんだ。……いや正しくは、若干性格の丸くなった元団長サマ、か。
(もうすぐ大司教だっけ。俺以上に忙しくなるだろうけど、まあそれなりの恩恵があるから良いよな。)
根回しを回しまくった、協力者と言う名の黒幕的兵士長は、元団長サマが体験するであろう忙殺の日々に微かな同情をしつつ、てきぱきと茶葉をポットに入れる。
そして湯を注ぎ、色味と風味を確かめ、ちょうど良くなったところでそれを二人分のカップに移すと、ククールの待つ方へと移動した。

「お待たせしました。はい、どうぞ。」
「ん、何だコレ? ……良い香りがするけど?」
「ロイヤリティ・フレーバーって紅茶ですよ。この間、ある任務……って、単に護衛ですけど、その時に貰ったんです。」
「ふぅん……? 何だ。相変わらず人気者なんだな、お前。」
ククールが意味ありげな視線を向けながら、カップに口を付ける。
エイトは椅子を引いて来て対面に座ると、その言葉を聞いて不思議そうに首を傾げた。
「人気者? いや、これは御礼も兼ねてのものなんで。」
「御礼だろうが何だろうが、お前の場合そんなのは関係無いんだよ。」
何者だろうが、魅了する。
そんな性質を持っているくせに、空惚けるのだこの男は。
「はぁ……よく分からないんですが、そういうものなんですか?」
当の本人はそんなことなど知らないし、こうして気づかない。
「……ま、分からないだろうな。自覚ねえみたいだし。まあそこがお前の美徳だし、そういうところが……いや、良い。忘れろ。」
「……はあ。あ。ところで、相談というのは?」
「ん? ……ああ――」
エイトがふと思い出したように今回の訪問目的を訊ねれば、ククールは、そういやそんな事を言ってたな、と、まるで他人事のような顔をして、カップを置いた。
「いや、何と言うか……大した事じゃ無ぇんだけどな?」
ククールは苦笑すると、眼を逸らして足を組む。
そしてその視線を宙に投げながら、口を開いた。

「俺、さ。――好きな奴がいるんだよ。」
「え?」
沈黙が、空間を満たした。
けれどそれも一瞬で、口火を切ったのはエイトだった。

「そう、なんですか? ……ええ、と……おめでとう、ございます……?」
戸惑いながら、拙い祝辞を返してみたものの、何故だか胸が痛んだ気がした――が、それは気のせいだと思うことにする。
妙な違和感は横へ置き、エイトは会話を続ける。
「えっと……それで? その報告を受けた私に、何か頼みでも?」
背中を押せと言うのか。
それとも片思い(?)の手伝いでもしろというのか。
エイトは生真面目な兵士の口調で応じながらも、何だか複雑な胸中でいた。

――なんでまた俺なんかに、恋愛相談なんてものを持ちかけてくるんだ?
こんなこと相談されても全く役に立てそうに無いし、アドバイスすら出来そうにないんだが。
試しに、エイトはアドバイス的なものを考えてみる。

根回し、贈賄、急襲、不意打ち、待ち伏せ。

(……駄目だ。普通に犯罪だ。)
色気どころか違法行為の羅列に、エイトは頭を抱えたくなった。
思わず出掛かった溜息を紅茶を飲むことで誤魔化しつつ、ふと目の前に座る相手を一瞥する。
クールで美形、冗句と恋愛事に長けたその手を取る女性など幾らでもいるだろう聖堂騎士サマ。
対し、こちらは朴訥平凡な兵士長。目の前の男いわく仕事馬鹿で生真面目で、何の面白味も無い男だ。
そんな男に、こんな相談事をしにこなくてもいいだろうに。
エイトは内心で少々ばかりムッとしたが、やはりそれは表には出さない。
とりあえず、祝いの言葉? のようなものを言うことしか出来ないので、そうしたわけだが――相手はあまり嬉しそうな顔をしなかった。
どうやら、言葉を誤ったらしい。
だが何を間違ったのかはエイトには分からない。
ククールは、何かを考えるような顔をしているエイトを訝し気に見るも、ふうと溜息を吐いただけで、話を続けることにしたようだ。

「なぁ。どんな相手だか、聞かないのか?」
「え? あ、その……訊いたほうが、良いんですか? もしかして、私の知ってる人?」
「まあ、お前も知ってるといえば知ってるな。」

ゼシカかな? ……まさかミーティア姫じゃないだろうな。
いやでも、そんなこと聞いても意味が無いと思うんだけど。
何で俺に話を聞かせようとするかな? 
ますます怪訝そうな顔つきをしながらも、エイトはどうにか微笑を返す。

「相手はどんな人なんですか?」
「そうだな……じゃあ、言うぜ?」
ククールが、ニヤリと笑う。
「そいつはな、傍目にはそう見えないんだけど、意外と美人で気立ても良いし、何でも一通りこなせるんだ。……けど、ちょっと真面目でな。うっかり手を出そうものなら爪を立てられる勢いで難しいんだ。まあ、そんなとこも可愛げがあるから好きなんだけどな。」
「……はあ。」
妙に具体的な人物像だ。
誰だろう? どこかの御令嬢か? 
それにしても、女性に対して「こいつ」呼ばわりはないだろうに。……いや、軽口を叩き合う仲なのかもしれない。親しく、気安く肩を並べる――そんな関係の相手?
(いや、まあ、相手のことなんて俺には関係ないんだけど。全然関係ないんだけど。)
首を捻るエイトを、ククールはじっと見つめながら軽快な口調で続きを語る。

「ライバルは有り余るほどいるみたいだが、俺が本気を出せばきっといけると思うんだよな。」
「……そう、でしょうね。」
自惚れるんじゃない――と言いたいところだが、実際にこいつってかなりの美形だしな。
エイトは嘆息する。
確かに、大概の女性は参ってしまうだろう。この男が見せる表面上の優しさや華やかな微笑に。
白馬に乗った王子様――などという言葉があるが、あながち当てはまっていないわけでもないだろう。この男の中身は、そこまでメルヘンでもないだろうが。

「あー、でもなぁ……。」
「何か問題でも?」
「ああ。……そいつさ、真面目が過ぎるせいなのか結構鈍くてさ。」
「それは……ククールのアピールが足りないとかじゃないんですか?」
「いや、そうでも無いんだけど……。足りてねぇのかな。」
そう言って、答えを求めるように見つめてくるククールに、エイトは困ったように笑う。
「その人に、どういう風に接したんですか?」
「どう、って……」
うーんと思い出すような素振りで、ククーが行動を羅列する。

「そうだな、肩を抱いたり――いや、肩だけじゃなく、勿論身体ごと抱き締めたりしたこともあるか。それと一応、好きだって何回も言ってるんだけど――ああ、そういやキスもしたっけ。これも二、三回。あと、失敗したけど夜這いもしたし、二人きりになった時に押し倒してみたりした。」
「……それって、アピール不足以前の問題じゃないんですか?」
エイトが呆れ果てた顔をしながら自らの額を押さえ、呻いた。
(つーか、無茶苦茶過ぎだろ。特に、後半部分。いや、俺もそれ全部やられたことあるけど、女性にそういうのは……。ダメだろ、ちょっと。)

「エイト? どうかしたのか?」
「いえ……何も。」
「そう、か……。あー、ほんとマジどうしようか。どうしたら良いと思う?」
「――。……何で私に聞くんですか。言っておきますけど、そういう方面に聡いわけじゃないんですよ、私は。」
「知ってる。」
「……じゃあ、何で私のところへ来てこんな話を」
「……。ここまで鈍いとは、思ってもみなかったんだよ。」
ククールが、はあぁ、と深い溜息を吐いてテーブルの上に突っ伏した。
そんな反応を見せられたエイトは眉を顰め、紅茶に口をつける。
「悪かったですね、この手の話に鈍感で。」
「そういう意味じゃ無ぇんだよ。」
「そういう意味?」
「ああもう――」
なにをそう苛立っているのか、ククールが、がりがりと頭を掻きむしる。
どうやら今回の恋について、本気で悩んでいるらしい。珍しい……というか、こんな姿を見るのは初めてかも知れない。
ならば、世界を救った元旅仲間として、少しくらいは協力してやるべきか。
「そんなに落ち込まないで。そうだ、私も出来る範囲で協力しますよ。」
そう言って、相手の肩をポンポンと叩いて協力的な姿勢をみせたのだが、ククールがまた頭を抱えて呻いた。

「全っ然、協力出来て無ぇ――!」
「いや、まだ何もしてないんですけど……。」
エイトが戸惑っていれば、顔を伏せて呻くククールがとんでもないことを口走る。
「何だよ、もう。こんなんじゃ、とっとと押し倒して強引にモノにするしか方法が無いんじゃないのか。」
「や、ククール……それは拙すぎますって。それに、犯罪ですから。」
「……というか、多分、和姦になるっぽいけどな。」
「は?」
エイトがビシリと固まる。
何だか今、凄いことを聞いた気がする。
(和姦、って言ったか? こいつ。女性に無理矢理して……何て事を――!) 
エイトの表情が、怒りで引き攣った。
完全に笑みを引くと、低い声で凄む。

「お前な……何を考えてモノを言っているか、分かっているのか?」
そう言い返せば。
「お前こそ、何を考えて聞かなきゃいけないのか、分かってんのか?」
「……は?」
そんな返され方をしてしまう始末。
結局そうして最後まで話が噛み合わないまま、その日は暮れていった。
そして、その内容も結果も、どうやら一先ず先送りになってしまう気配らしい。

「何だってんだよコレ。どうしたら良いんだよ。」
ククールが重い溜息を吐いて頭を抱える。
それを見たエイトの頭には、ますます疑問符が浮かぶばかり。
「何がしたいんだお前は。」
こうして、彼の騎士の暗喩の告白は当然といおうか見事な失敗に終わるのだった。

教訓:遠回しすぎる告白はダメ。


day after day