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Daily Life *K 【14】

MoonKnight's Honey Rabbit



エイトは、数日前から感じるその異変に気づいていた。
その異変とは――ククールの様子。

数日前から、何だか様子がおかしいなと思っていた。
浮き足立っているというか、妙にそわそわしているというか。
それはまるで、楽しいことが訪れるのを待ち侘びている子供のようで。
だから、何となく予感はしていた。
あまり良い予感ではない、何かを。

そしてそれはウンザリするほどの高確率で毎度の如く見事に的中し、エイトを毎度の如く疲労の底へと落とし込んでくれたのだった。


◇  ◇  ◇


その日は朝から晴れていた。だから、今日の月は綺麗だろうなと思った。
案の定、夜の空には曇るものがなく見事な月が浮かんでいた。
それも、真ん丸い満月として。

「うわー、すげぇ空。見てみろよエイト、ほら、満月だぜ満月。」
「……今日は晴れてたからな。」
「何て言うんだっけ、こういうの。あ、中秋の名月だっけ?」
「……正しくは、仲秋の名月だ。」
「あ? 一緒だろ。」
「字が違う。」

トロデーン城の屋上で、ククールとエイトが二人きりで居た。だが、にこにことしているククールに比べてエイトの表情は不機嫌めいている。それを見たククールが、肩を竦めて訊ねた。
「何だよ、こんないい月見日和だってのに機嫌悪いな、お前。どうしたんだよ?」
そう尋ねれば、エイトが顔をぴくりと引き攣らせ。
「……ああ、ようやく訊いてくれたな。じゃあ、言っていいか?」
「ん?」

「月見日和だか何だか知らないが、何で俺がこんな奇妙な格好をしなきゃいけないんだ!」
叫ぶエイト。
その頭上には、大きくて白いウサ耳バンドが装着されている。
勿論、エイト自らがそうしたわけではない。
「何でって。お前、今日が何の日か分かんねぇの? 十五夜だぜ、じゅーごや。」
「……それはもう過ぎたんじゃないのか。」
「法令で、休日にしようってなったんだよ。お前んとこ……つーか、ここにも届いたろ? 通達書が。」
「ああ……届いたさ。重要書類は一度、俺のところへ回ってくるからな。」
「へー、そうなんだ? あ、そっか。お前、兵士長なんだっけ。お疲れー。」
「喧しい!」
笑いながらエイトの肩を労うように叩くククール。その手をバシンと邪険に叩き払い、エイトが言い返す。

「早朝一番に目を通したさ。この、馬鹿げたことが書き並べてある大司教サマ直々の素晴らしき書簡をな!」
言うなりエイトが懐からその問題の書簡を取り出し、外壁に叩きつけて叫んだ。
「一体全体これはまたどういった方向のブラックジョークだククール!」
「うっわ、息継ぎ無しか。いや、それよりも……何で俺に怒鳴るんだよエイト。」
ククールが叩きつけられて落ちた書簡を拾い上げ、それに目を通しながら言い返す。

「これ書いたの大司教サマだろ? 俺は関係ないぜ。」
「……こうなるように根回ししたのは、お前だろ。」
「えっ? ……ははっ、まさか。俺、権力なんか無ぇし、ツテも無いぜ?」
じろりと睨め上げるエイトの視線を、ククールは笑ってかわす。けれど、エイトは尚もククールに詰め寄り、低い声で凄む。

「……ほう? じゃあ、サヴェッラのあの上に居る奴は他人サマか。」
「ま、兄弟っつっても腹違いだからなぁ――」
「何処までも惚けるな阿呆! 調べは付いてるんだよ!」
白々しく惚けようとするククールに、とうとうエイトが怒りを爆発させた。がつっ、とククールの襟元を掴み上げ、首元を締め上げながら問い詰める。
「大司教……てか、マルチェロからの通達書簡に、俺の名前が不自然にピンポイントで挙がってた時点で、お前が絡んでるのは間違いないんだ! あの変な指令が無ければ、こんな愉快な事態にはならなかったし俺もおかしな恥をかかなくて済んだんだよっ!」
怒りのあまり涙目になったエイトが、悲鳴のような声を上げたのには訳がある。エイトの言葉が示す、変な指令が書かれたと言う書簡の内容はというと――。

――先ず、「各地域の有名どころな街や城・寺院などに団子を配りに行け」とあった。
一見すると、ただの配達の手伝いか、おつかいのような用件に見える。
エイトも最初は、面倒な事を、と眉を顰めて唸ったものだ。
断ろうとも思ったが、さりとて内容は別に難しいものではないし、それに旅をしていた間に出会った人々に挨拶をしに行くのもいいな、と考え直した。だから、その用件を引き受けようと、書面に了解の判を押し、使いの者へ渡したのだ。

そして部屋に戻ろうと、歩きながら複製した書面の文面を最後まで読み進め――……”配達時における服装について”という項目にきたところで、固まることになる。
そこには、信じられないことが書かれていた。

【必須】尚、当日は月見イベントにより、担当者はそれに該当する格好で各所を回ること
 ・頭:ウサ耳バンド
 ・装飾品:うさぎのしっぽ

エイトが早馬を出し、慌てて拒否の意向を伝えようとしたが、時、既に遅く。
一度引き受けた任務を放棄することは、あまり褒められたものではなく、また、自らが仕えるトロデーンの君主にも影響しかねない。

結局、エイトは絶望に打ちひしがれながらそれらの装飾品を身につけ、各所を回った。
行く先々で、再会の喜びとは別の笑顔に迎え入れられたりして恥ずかしい目に遭ったことを、エイトは暫く引き摺ることになるだろう。

ちなみに、午後からの執務は全て放棄した。
それが本日の悲惨な出来事であり、エイトはその羞恥プレイにも似た恐ろしい任務後、それこそ物凄い形相でククールを探し回ったのだが見つからなかった。
――まさか、夜になって本人が会いに来るとは思いも寄らなかったわけだが。

「とにかく……殴らせろ、ククール。」
「おいおい、物騒なことを言うなよ。」
目を据わらせて詰め寄るエイトを片手で制しながら、ククールが言う。
「折角の行事なんだぜ? 年に一回のイベントなのに、何もしないで普通に配達に回るだけじゃ、つまんねぇじゃねえか。」
「祭りごとを開催するのは勝手だが、変な方向で俺を巻き込むんじゃない!」
「いいじゃん。凄ぇ似合ってるぞ、エイト。……いや、この場合はバニーちゃんか。バニー・エイト? それとも、エイト・バニー?」
「~~っ! あああああ、もう! あいつも、なんだってこんな阿呆の言うことをわざわざ聞いたんだ……!」
ククールから手を離し、頭を抱えてエイトが唸る。そのエイトの頭上にある、ふわふわでもこもこした毛並みに目を留めながらククールは笑う。
「俺としては楽しかったんだけどな。お前が赤くなったり青くなったりするの。」
「お前……どこから見てた、つーか……後を付けてたのか……!」
エイトが、ばっと顔を上げて喚く。
「大体! 何で、こんなイベントがある度に! お前は、子供みたいに馬鹿騒ぎするんだよ!」
すると、ククールが静かに笑って。

「だってさ、……俺、子供の頃こんな風に出来なかったから。したことも、無かったし。」
「……っ。」
はっとした顔をして、エイトが動きを止めた。
ククールが頭を掻き、照れくさそうにしながら言葉を繋ぐ。
「はは……馬鹿な理由だろ? つーか、馬鹿だよな俺。今になって、めちゃくちゃ騒ぎたいんだ。もうこんなにデカくなったってのにさ。」
「……。」
「ごめんな、こんな馬鹿野郎で。でも本当、こういう風に騒ぎたくなるんだ。何かがある度に。」
幾許の寂しさを湛えて話すククールを見て、エイトが視線を伏せて呟く。
「……謝るなよ、阿呆。気づかなかった俺も悪い。」
こんな馬鹿みたいな用件に、何故マルチェロが加担したのか。
何故、いつものように冷たく断らなかったのか。
その理由が、分かった気がした。
怒りが引いたのか、エイトが溜め息を吐く。
「まあ、お前の悪ふざけには大体慣れて来たしな……許してやるよ。」
「お前の、そういう優しくて甘いとこ、好きだぜ。」
「……阿呆。」
「じゃ、今度はバニースーツ着た上で、してみようか。」
「……はぁっ!?」
「耳だけじゃ、中途半端だろ? ちゃんと用意してるんだぜ。バニースーツ。」
「~~~っ!」
甘い顔をした俺が阿呆だった……!
エイトが思いきり拳を握り締め――ククールに向かって、放つ。

「月までっ! ぶっ飛べ! 変質者ぁっっっ!」
「ぐはっ……!」

まさに、fly me to the moon.
歌詞の通りの結末では無いが、けれど多分――幸せな、二人。


day after day