Daily Life *K 【15】
Secret's Sweet
「なあエイト。」
「……。」
「なーエイトって。」
「今仕事中だから話しかけるな、というか仕事中に来るなと何度言えば、」
「質問。エイトって、誰が初恋?」
「……あ?」
時刻は夕暮れ。
ココはトロデーン城にある、エイトの自室。
仕事に集中していたエイトの手が止まったのは、そんな言葉が投げかけられた時だった。
ようやく顔を上げるエイト。
側には先程から一人で喋り続けているククールが居る。
エイトの表情は怪訝――を通り越し、もはや嫌悪すら浮かんでいた。
「勤務時間が終わるまで話しかけるな――というか、撤回だ。帰れ。」
そう言って部屋の入り口を指差してやれば、ククールが頭を掻いて首を振った。
「いや、ふざけてるんじゃなくてさ。真面目な、話。」
言うなりククールは座りなおすと、真っ直ぐにエイトを見つめ質問を重ねる。
「お前の浮いた話は聞くんだけど、初恋の話ってのは聞いたことねぇからさ。」
「――……、……。」
エイトは一瞬、何か言いたげに口を開閉させたが、結局は何も言わず、頬杖をつくと言葉の代わりに重い溜め息を長々と吐き出した。
それから額に手を当てつつ、冷めた視線を向けて言い返すのは答えではなく質問。
「……そういうお前の初恋相手は誰なんだよ?」
するとククールは「よくぞ聞いてくれた」とばかりに手を叩き、ビシッと親指を立てて一言。
「エイト。」
即答。
しかも何故かこれ見よがしに満面の笑み。
エイトが眉間に皺を寄せ、呟く。
「……。……阿呆。」
「言っとくが、今のは正真正銘本気だぜ? 俺の初恋相手は、エイト、お前。」
そう言うと、ククールはまたビシッと指を突きつけて宣言した。
エイトの顔が、赤く染まる。
「人を指差すな! 最上級の阿呆! じゃあ、一体いつ何処で俺に惚れたって言うんだよ!」
照れを隠すように強い口調でエイトが一気に言い返せば、ククールは少し笑って肩を竦めた。
「場所は、夜のマイエラ修道院だよ。」
それから僅かに目を伏せ、後を繋いだ台詞は陰を思い出す言葉。
「何時、つーか、時間は……オディロ院長が死んじまった日の、夜かな。」
「……何で、そんな日に。」
エイトが悲しみで眉根を寄せる。
その上で控え目に訊ねれば、ククールが顔を上げ、エイトを見返して少しだけ笑った。
「あの夜さ……俺が、院長の墓の前で悔やんでた時。お前、後ろからそっと抱き締めてくれただろ? 実はアレ、凄ぇ嬉しかったんだ。」
「……お前、そういうのは慣れてるんじゃないのか。遊んでたんだろ?」
わざと突き放すような皮肉を返せば、ククールは可笑しそうに苦笑した。
「まーな。否定はしねぇけど。つーか、レディたちに抱き締められたりはしてたけどさ、なんつーか、お前のは違ったんだよな。」
「違いも何も……。」
「女は、俺に抱かれたくて抱きついてくるんだ。見返りが欲しくて。」
「お前、そういう言い方――……!」
「まあ聞けよ、エイト。」
抗議を一先ず手で制し、ククールは続ける。
「でも、お前はそういうんじゃなかった。まだ会って間もねぇ頃だったってのに、ただ優しく抱き締めてくれた。……それが、効いてさ。」
「大袈裟……だろ。俺は別に、そんな……何となく、放っとけなかった、から……。」
「ああ。お前の性格上、そうだろうな。でも俺はこれまで、見返りも何も求めず、他人にそうしてやれる奴なんて見たことがなかったんだよ。」
「……。」
「……嬉しかったんだ。」
ククールがエイトをじっと見つめ、微笑する。
「あの日、あの時、あの瞬間。俺はお前に落ちたんだよ、エイト。」
「……単純。」
「ハハッ、言ってくれるじゃねーか。でも事実なんだから仕方ないだろ?」
同じように照れながらも、それを隠そうとはせず正直に打ち明けたククールを前に、エイトは戸惑いの表情を隠せない。
途中で何度も否定したのに、それでも真っ直ぐに進んできたものだから、エイトはもうどうしていいのか分からなくなってしまって。
「……阿呆。」
「そうか? 俺は別にそう思っちゃいねえけど。」
悪態とは裏腹に耳まですっかり赤くなってしまったエイトを見て、ククールは笑う。
素直じゃないのはとっくに分かりきっているから。
「それよりも……。なあ、エイトの初恋相手って?」
にじりにじりと近づいてくると、エイトの伏せた顔を下から覗きこむククール。
まともに合う目。
何かを期待した、子犬のような無邪気さ。
熱望の眼差しは、柔らかくこちらの心を突付いてきて。
自分の意思に背くかのように、つい口が言葉を紡いでしまう。
「……俺、の……相手は――」
「うん、エイトの相手は?」
「俺の……初、恋――は」
じっと見つめてくるククールの眼差しが更に柔らかくなって、エイトに促すのは一つきりの答え。
初恋相手は、俺だよな?
視線だけで問い掛けられて、エイトの体温が上昇したのは言うまでも無い。
「な、っ、ば、……!」
途端に、ハッと我に返るエイト。
それからククールを強く睨みつけて叫ぶのは、正直さの欠片も無い答え。
「誰が言うかっ!この――極大阿呆っ!」
「この期に及んでそう来るかよ!?」
エイトはそのまま全てをはぐらかすかのごとくククールを部屋から追い出そうとしたのだが、相手も相手で食い下がる。
「俺は白状したってのに、ズルイだろそれは!」
「お前が勝手に答えたんだろ!俺が知るか!」
エイトは、ククールみたく素直には言えない。
あの日――ドニの酒場で出会った日。
あの時――手をとられて口付けを落とされた時。
そうして二度目に逢って、恋に落ちた、なんて。
ククールより先に、自分の方から惚れていたなんてこと。
――エイトがそう素直に、言うわけが無く。
「もうお前ほんっっと邪魔だから、帰れ今すぐ帰れ直ちに帰れ!」
「答えを言うまで帰らねぇつーか白状するまで居座ってやるから覚悟しろ馬鹿!」
などと言い合い、結局エイトが答えを明かさぬものだから、日は沈み夜も更けて。
「ちくしょー……絶対、聞き出してやるから……なぁ……。……ぐー。」
「最終的に残業か俺は……――くそぅ!」
傍で寝こけるククールを憎らしげに見つめながら、エイトがぼやく。
そうして仕事の残りを片付ける為に、遅くまで眠れぬ夜を過ごす羽目になったのだが、それは大よそいつものこと。
エイトが素直じゃないのが、どうにもいけない。
ククールの寝顔を見つめ、エイトが呟く。
「俺に惚れるなんて、ほんと阿呆だよお前。……言っとくけど、絶対苦労するからな。」
肩からずり落ちた毛布を丁寧に掛け直してやりながら、エイトは微苦笑する。
「それでも俺と一緒に居てくれるというなら……大歓迎、なんだけど。」
それからエイトは身を屈めると、寝ているククールに向かって言う。
「ついて来れるんなら、来てみろ。最後まで、ずっと。」
そして、頬を掠めるように口付けを一つ落とした。
それはせめてもの前払い。
秘密に対するささやかな答え。
夜の密談はその秘密を保ちながら――甘い囁きで、終わる。