Daily Life *K 【16】
木陰で説教
木陰で。
ククールが、厳しい表情でエイトを見据えながら言う。
「エイト…何か、言う事は?」
「え?…ええ、と…あ、薬草なら、上の袋の中に、」
「――エ・イ・ト?」
「――ごめん、…な、サイ…。」
ばつの悪そうな表情をして、エイトが身を竦めた。
素直に謝罪の言葉を口にしたのは、完全に自分に非があることが分かっているからだ。
その日、エイトは戦闘中に倒れてしまった。
原因はモンスター…などではなく、なんと――「寝不足」で。
「昨日、夜営で見張りの番をしている時に言ったよな?――”お前は、休め”って。」
「あ、ああ、うん…」
「ここ最近のお前は寝不足みたいだから、番を代わってやったんだ。なのに、これは一体どういうこ・と・だ?」
「う、……いや、心配、で」
「――俺の見張りが、か?」
「あ、いや!…そうじゃ、…なくて…その……」
もごもごと言い訳めいた言葉を口にするエイトを見ながら、ククールが長い溜息を吐いた。
「あのなぁ……心配なのは分かるがよ、戦闘中に倒れたら元も子もねぇだろが。」
「…大丈夫だって思ってたんだよ。」
エイトが、そんな事を小さく呟いた。それを聞いたククールは眉を寄せると、手を伸ばしてエイトの顎を掴んだ。
「いっ、た…!」
呻くエイトには構わず、自分のほうへと向かせて言う。
「逃げんな。ほら、こっち向け。まだ話は終わってねぇぞ!」
「う~~…もう勘弁して下さいって。」
「反省してねぇな?」
「反省してます!してるって!」
「そんな風には見えない。」
「~~っ。どうしたら信じてくれるんですか…。」
「そうだな……――エイト。動くなよ?」
「え?」
◇ ◇ ◇
動くなよ?――何が?と尋ねる間もなく、顎を上向きにさせられた。
目の前で、銀の髪が揺れる。
綺麗な顔が間近に迫り、エイトはそのアイスブルーの瞳を深く覗き込むことになる。
――。
一瞬、自分の身に起こった出来事が把握出来なかった。
「んっ……」
何が…起きている?
ぬるり、と。
口中に侵入してきたものが、蠢いている。まるで意思を持った生き物のようにそれが自分の舌に絡み付いてきた時に、ようやくエイトは我に返った。
「んっ…ん――!?」
唇を奪われているのだ!
「っふ…んん、……んっ…!」
押し退けようにも、力では敵わない。
舐め取るように、絡みつく舌。その感触に、堪らず身震いする。
「ん、っ!?…っ…んん…!」
必死に抵抗を試みるも、顎を強く掴まれていて動けない。背に当たる硬い感触が、背後の幹に完全に押さえ込まれていることを教えてくれていた。
体格差があると、こうも不利なのだと――実感する。
肉を屠る獣のように、ククールは口内を蹂躙する。
「ん、ぐ……んんっ…っは…」
眩暈がする。
動悸が早くなる。
熱が上がる。
――意識が混濁して、何も考えられなくなる…。
しかし、解放は突然だった。
「…は、ぁっ…!」
不意に唇が離れた。エイトは水を乞う魚のように大きく口を開け、不足していた酸素を取り込む。
「はぁ…はぁ…は、…はぁ…」
眩暈が治まるのと同時に、動悸が穏やかになっていくのを感じる。
そうして熱が引き、エイトが完全に冷静さを取り戻したところで、口端を上げてコチラを見ている目の前の男に気付いた。
エイトは相手を――ククールを睨みつけると、低い声で凄む。
「今のは――何の、真似だ。」
言葉に、常日頃の丁寧さを取り繕えるほどの余裕はまだ無かった。
それを感じ取ったのか、ククールがくつくつと喉奥で笑う。
「いや、なに。――”仕置き”を、ちょっとな。…効いただろ?」
「…ふ、…っざけんな!何が仕置きだ!」
「んー。言葉で解らないんなら、身体で覚え込ませといた方が良いと思ってさ、お前の場合。」
「――っ!」
――ふざけるな、と。
怒鳴りつけて、その顔を張り倒してやろうかと思った。
けれど。
ああ、そうかもしれない――と、納得しかける自分がいたのだから、行動が起こせない。
悔しいが、冷静に考えてみるとククールのしたことは的を得ていた。
現に、”もう無理はしない”と考えた自分がココに居るのだから。
あんな事をされるのは御免だ、と。
見事に、しっかり学習してしまった。
そんなエイトの心を読んだかのように、ククールが笑って言った。
「”ガクシュウ”、出来たみたいだな?」
「――…っ。」
愉快気に目を細めたその姿は、まるで聞き分けの良い子供を褒めるような親に似ていて。
エイトは眉を顰めながら口元を袖で拭うと、無言で立ち上がって背を向けた。
「…今回の事、は…悪かったと……反省、している。」
本当なら謝りたくは無いのだが、自分に非があるのは認めなければならない。
だから、一応は謝ることにした。
嫌々ながら。
背を向けたままで。
「もう、寝不足にならないよう、気を…つける。」
「ああ。そうしてくれると助かるぜ。」
背後から、笑いを含んだ声が掛かる。それについ振り返って怒鳴りそうになるが、きり、と唇を噛んで湧き上がる怒りを自制した。
そんなエイトに向かって、尚もククールの声が降りかかる。
「おい。みんなにも謝っとけよ。」
「――言われなくても、分かってる!」
まるで子供を諭すような口調に、とうとう振り返って大きな声を出してしまった。
その反応は予想していたのだろう、ククールが哄笑した。
「あっはははははは!お前って、単純!」
「……っ!」
エイトは顔を真っ赤にすると、そのまま馬車の方へと走っていった。
笑い転げるククールを、そこへ置き去りにして。
「くっそ…っ! ――すっごい腹立つっ!」
耳まで真っ赤にしたエイトが走りながら悔しげに呟く。
今回は、エイトの負け。
そして――銀の獣の、不敵な勝利。