Daily Life *K 【17】
争奪戦の狭間で
「なぁエイト。酒場で一杯やらねぇ?」
「エイトっ!買物しよう、買物っ!」
町に着いた早々、エイトは左右から伸びた手に捕まった。――”捕らえられた”というほうが的確かもしれない。
右手にゼシカ、左手にククール。
その、両手に花?な状態は、傍から見れば一種羨ましく感じられるべきものであるのだが、生憎とエイトはそれを楽しめる心境ではなかった。
「あ、あの……」
エイトの戸惑いなど余所に、二人は競い合うように提案を交わしはじめる。
「まだ呑むのは早いか?なら、風呂いくか?」
「そうだ、町を見て回らない?ほら、来たばかりだし。ねぇ、どうかしら?」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ二人とも!そんな突然、それも同時に言われても…。」
(…っていうかゼシカ、思い切り胸が当たってるんだけど…!)
何とか誤魔化して逃げようにも、二人はとにかく勢いよく、その上、絶え間なく話しかけてくるものだから、隙が無い。
エイトはただ赤面しながら狼狽し、逃げる算段にとりかかろうとする。
「…――え、ええと。すいません、私、姫と陛下の様子を見に行かないと…!」
などと、どうにか不自然でない台詞を口にしてみたのだが、それは即座に使えないものと化す。
「それなら、ヤンガスがやってるわよ。」
「そうそう。”たまには兄貴にもゆっくりして欲しいでやす~”とか言ってたな。」
二人から同時に綺麗な返しが入り、エイトは唖然として言葉に詰まってしまった。
思わず天を仰ぎ、目を閉じるほどに。
(…ヤンガス…嬉しいんだけど…今は、貴方の気遣いを恨みます…。)
溜め息を吐くエイト。
そんな彼の心中に二人が気づいてくれる筈もなく、正面に向き直れば、左右からの攻勢が再開される。
「――で、お前はドッチを選んでくれるんだ?俺か?ゼシカか?」
「エイト…あたしと一緒じゃ、ダメかな?」
「え…と。あの、ですね二人とも。三人一緒で町を回るって言うのは――?」
一人きりの休息はもうすっかり叶わぬことを悟ったエイトは、諦めて平穏な妥協策を提案してみたのだが、返された答えはというと――。
「エイトー…優等生っぽい答えは止めてくれよな。俺は真剣なんだぞ?」
「あたしエイトの優しいとこ好きだけど、優柔不断な答えはイヤ!」
「いや、あの……すいません……?」
(何で俺が責められるんだ!?)
エイトはどうにか溜め息を吐くのを抑え、引き攣った笑みを浮かべながら二人のイザコザを納めようと努力する。
時折、口調が地に戻りかけるのに苦心しつつ。
(トラペッタの時みたいに、何か騒動が起きてくれないかな…。)
そんな不謹慎極まりないことを思わず願ってしまったくらいに、途方に暮れた。
両隣は相変わらず賑やかで、暫く拘束を解いてくれる気はないらしい。
それどころか、どんどんエスカレートしてくれているのだから堪らない。
「そうだエイト!今日は一緒に風呂入ろーぜ!背中、流してやるからさ!」
「じゃっ、じゃああたしは添い寝してあげる!ね、エイト!」
「二人とも…ちょっと落ち着いてください。ここ、町の往来なんで…。」
何でこういう日に限って平和なんだ――…!
声無きエイトの呟きが、限りない蒼天に溶けるように混じって消えた。