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Daily Life *M 【5】

新世界の壇上で、誓約を



新しい世界での、新たな始まり。
盛大な歓声と多大なる拍手喝采が鳴り響く、聖なる式の壇上にマルチェロは居た。
ココに立つ事に、迷いが無かったわけではない。何せ、一度は裏切った世界なのだ。
非難も中傷も、甘んじて受ける覚悟はあった。
けれど――どういった意思が働いたのか、あまりそれも無く。
事は万事、順調に進み。

そして、今。
マルチェロは、ココに居る。
法王着任式の、壇上に。

予め用意した原稿を読み上げ、人々の心を掴む事に成功し、法王の座に就いた。
鳴り止まない拍手、迎える声は今だ尚途切れることは無く、マルチェロを祝う。
そんな人々を壇上から眺めながら、マルチェロは瞑目する。

色々あったが、これからはまともに生きていこう、と。
そんな決意とも言える思考を胸に留め、口端に微かな笑みを浮かべて目を開いた時だった。

「見事な声明だったぞ、マルチェロ。」
目を開けてみれば、胸の前で両腕を組み、尊大とも不遜ともとれる姿勢で立つ青年が一人。
人々の歓声がざわめきに変わり、どよめきと共に拍手が鳴り止む。
静寂。壇上に出現した謎の青年を見て、脇に就いていた兵士が武器を構えて駆け寄ろうとするが――。

「案ずるな、何もせん。そのまま退いていろ。」
マルチェロが何か言うより早く、青年が兵士を一瞥して制した。艶やかな笑みと共に向けられた眼差しは妖しくも抗えないものがあり、兵士たちの動きを止める。
いいや、きっと動きどころか意識までも虜にしたことだろう。
隠れ里の麒麟児。高慢不遜な絶対佳人。
竜人と人のハーフの青年、その名はエイト。
マルチェロは頭痛でも堪えるように額に手を当てると、目の前の相手に声を掛けた。
「……何の用だ。」
「何用と訊くか? この場で? ……言わずとも分かるだろうに。」
「祝いに来た、という大よその見当は付く。――が、出来れば式典が終わってからにして欲しかったがな。周囲の雰囲気が読めない愚者でも在るまいに。」
皮肉を交えてそう言うも、エイトは微笑を深くする。

「すまないな。威風堂々としたお前の姿を見ていると、つい嬉しくなってしまった。」
そうして悪びれないままマルチェロに近づくなりその髪をそっと撫で、言葉を紡ぐ。
「随分とまあ、大きくなった。嬉しく思うぞ。」
その物言いは、まるで子供を育てた母親のようで、マルチェロはエイトの手を払うと、眉間に皺を刻んで唸る。
「……上からの視線で物を言うのは止めてもらおうか。」
「うん? 気に触ったのか? だが、これは本心だ。お前がこうして人々に享受される姿を見るのは、大慶至極、喜ばしい。」
相手の怒りを溶かすように、エイトが悠然と微笑む。あまりに強い至高の微笑に、マルチェロとその様子を見ていた兵士が完全に固まり沈黙する。
そんな彼らを見てエイトは愛しげに目を細めると、不意にくるりと群集の方へと振り向き、口を開いた。
「此度におけるお前たちの声、思いが純粋な喜びで俺は嬉しい。出来ることなら、彼の法王に変わらぬ憧憬と敬愛の情を注いでくれることを願う。」
しんと静まり返った観衆に、エイトが止めの一撃を放つ。

「返事が訊きたい――是か非かで、応えろ。」
それは懇願ではなく、もはや完全な命令。
絶対服従に等しき声音のそれは、非難されてもおかしくない言の葉。
マルチェロが、ごくりと息を飲む。
観衆の反応はというと。

どっ、と一気に声が上がった。
初めよりも大きく、強い喚声が鳴り渡る。それは戦告げる鬨の声よりも大きく、祭りよりも賑やかな声。
全てが、肯定の意思を示したものであった。
それらの声を聞き、エイトは満足げな笑みを浮かべた。マルチェロへと向き直って、言う。

「この声ときたら、どうだ。愛されているな、マルチェロは。」
「……本気で言ってるのか、その言葉を。」
「無論。虚言を吐いてどうなる。――嬉しくないのか?」

扇動したのは、お前だ。
皆の心を虜にしたのも、この喚声も。
世界に楯突いた、この愚かなものに手を差し伸べ、こうして光の舞台へと引き摺り出してくれたのもみんな、お前の仕業なのだ。
そうして御節介にも似た行動を取り続けた結果が、これだ。

一人の愚か者を、高位の存在へと引き上げた。

この至高の君主は、自らの価値を知らない。
自身を知らずに、振舞ってみせる。

「俺がどのような気持ちを抱いているのか、お前は知っているのか?」
はぁ、と疲れた溜め息を吐いて、マルチェロが苦笑した。
その呟きは、有り難い事にエイトの耳には届かなかったらしい。
エイトは一度、マルチェロに怪訝そうな目を向けたが、直ぐに微笑すると寄り添って来て言った。

「どうした、悩み事か? ならば俺に話せ。解決してやるから。」
「……全く。お前という奴は。」
小言の一つでも言い返してやろうかと思ったが、不意に別のことを思いついたのでそれを言うことにした。

「そうだな……俺の補佐でもしてもらうと随分と助かるのがな。」
肩を抱き寄せて囁きかけると、エイトがマルチェロを見上げ、苦笑した。
「何だ、そんなことで良いのか。容易きことだ。傍に居てやろう、マルチェロ。お前の命が尽きるまで。」

永劫の約束、それは素直でない告白。
わあわあと声を上げ続ける民衆と、その騒ぎを静めるために動き出した兵士を、場へ置き去りにして、二人は舞台から降りていった。
そして、そっと――人目を避けた先で、誓約の口付けを交わした。


day after day