雪国のAlcohol Trap
・2・
「今年もよく来なさったねぇ、トロデーンの兵士さん。今回は何がご入用ですかな?」
「ええと……そうですね、今日は……。」
声が震えてしまわないよう注意を払いながら、棚に並べられた品々に視線を走らせる。室内なら暖房が効いていて暖かいのだが、生憎とここは室外。目の前に並ぶのが、暖気を嫌う食料品の類であるからだ。
今回の仕事は、地方の特産品の仕入れだった。
外は天然の冷蔵庫。オークニスの人間は寒さにかなりの耐性があるらしく、平然とした顔で品物を手にとりつつ、エイトに優良な点を事細かく説明してくれる。
長々とした話に内心で泣きそうになりながら、どうにか冷静さを装ってそれを聞く。
(丁寧なのは有り難いんだけ、ど……今は嬉しく無いです……っ!)
足元から這い上がる冷気に、じわじわと体温を下げてられていくのを感じる。
指先が冷たい。頬がチリチリする。
果物などの食料品関係は状態を詳細に調べるのに直に触る必要があり、邪魔になる手袋は外しておかなければならないので、素手になる。
ブーツの中では、爪先の感覚が麻痺していた。耐水性ではあるが完全な防水仕様ではないので、寒気と水気が染み込み、冷えて冷えてしょうがない状態だ。
なのでエイトはとにかく早く帰りたくて仕方無かったのだが、相手は意気揚々と語り続け、なかなか解放してくれそうにない。
「で、これが今度の新製品でして。ヌーク草の熱を効率的に利用した、その名も――」
「あはは……は、はは……。」
寒さで笑顔が強張り、形だけの笑い声しか返せない。
(ラプソーンを倒したんだから、ちょっとは何とかしてくれてもいいんじゃないのか!?)
商人の説明を右から左に聞き流しながら、エイトは心の中で”誰か”に向かって叫ぶ。
頼みの先は、見知らぬ神かそれとも早くに逝った両親か。
だが、願い虚しく――日が高く昇った昼時になっても、エイトはオークニスから帰れずに居た。
◇ ◇ ◇
道具屋の店内。
ようやく一息つけたエイトが来客用の椅子に座って、グッタリしている時だった。
「遠方から、まあはるばるようお越しくださった。エイトさんはトロデーンから来たんでしたっけねぇ。ここはお寒いでしょう?」
「あ、はい……――い、いえ! そんなことは!」
「ほほほ。良いんですよぉ、別に素直に言ってくださっても。事実ですから。」
「す、すみません……。」
話しかけてきた相手は、白い髪が美しい老婆だった。
柔らかい方言とその物腰は、どこか老賢者メディを思わせて。そのせいか、エイトの表情から顰め面が引いた。老婆はエイトを上から下まで眺めると、にこりと微笑む。
「まあまあ、お寒そうにしてからに。そうそう、良かったらコレを飲みなせぇ。すぐに身体が温まりますからのう。」
「は、はぁ。」
言われるがまま、老婆から差し出されたグラスを受け取る。オークニスの特産品だろう。厚いガラスの表面に、美しい模様が刻まれていた。
中には、琥珀色の液体がなみなみと注がれていた。
少し鼻を近づけると、良い匂いがする。生薬の類だったらどうしようかと思ったが、悪いものではなさそうだ。
「有難うございます。では、お言葉に甘えて――」
それがまさかとんでもない飲みものだとは露知らず、知る由も無く。
甘い匂いに惹かれたエイトはグラスに口を近づけると、そのまま素直にこくこくと飲み干した。
――さて。
これが一回きりであったなら、どんなに良かったことだろう。
ここの人は親切なのだなぁ、と言う感想を土産にして、素直に帰れたかもしれない。
だが、エイトは一つ忘れていた。
自分の外見に対して、非常に鈍感であったことを。
元々エイトは目立つ方だった。兵士にしては肌の色が白く、顔立ちも中性的であるのに対し、軟弱な印象は抱かせず凛としている風情に、人は惹かれるらしい。更に今回は、寒さのせいで肌は余計に透き通ってさえ見え、長い睫が微かに震えている姿は美をより一層際立たせている。
だから人々は視線を引き付けられ、自然と意識を惹き付けられたのだろう。
寒さに凍えているこの青年を、誰も彼もが放ってはおけず。
その結果、エイトは訪れた先々の家で、優しき人々から同じような酒の歓迎を受けることになる。
ヒトの限界を超えた量を、このうえない善意で。